EP6 細声の少数派
「今から君には黙秘権が適用される。つまり、君が話したくないことは話さなくていいんだ。君の意志が最優先に尊重される。その上で聞こう。君は、あの事件をどこまで知っているんだ?」
取調室はグレーを基調とした落ち着いた空間で、僕の他には刑事さんが二人居た。
「うむ……聞き方が悪かったか。では簡単な質問にしよう」
そう言って、刑事さんは何枚かの写真を見せてきた。
「これは君のクラスメイトの写真だ。左から順に『清水大成』『高木健』『木下倫太郎』『遠野秋』だ。これは合っているかな?」
合っている。だが、答える気はなかった。僕は原因の究明に非協力的な立場だった。というのも、もし事件が解決し、全てのバックグラウンドが明らかになったところで、事件前に戻れるかと言ったら、そうではないだろう。つまり、事件の解決なんて、所詮は警察の自慰行為に過ぎない。それが僕の考えだった。
「俺達はな、こいつが怪しいと思っているんだ」
そう言って刑事さんは一番右、つまり遠野秋の写真を指さして言った。
「君も知っていると思うが、こいつは君の家が全焼する様を見に来ている。これは他の三人にない特徴だ。————『犯人は事件現場に戻る』なんて根も葉もない噂があるが、俺達にとっちゃどんなものでも大事な情報だからな。まぁ、つまりだ。俺達は『遠野秋』を中心に、その仲良しグループのメンバーだった他三人が怪しいと思っているんだ。どうだ?」
そう言って、刑事さんは目線を上げ、僕に返答を求めてきた。勿論、回答はノーコメント。ただ、刑事さんの推理は「半分」当たっていた。しかし、同時に「半分」、しかも大事な方の「半分」が抜けていた。
「うーん、困ったな。うんともすんとも言わないんじゃ、話が聞えているのかも分からん。————そうだ、もう一つ話したいことがあった」
そう言うと、刑事さんは写真をしまい、ペットボトルの水を飲み、大きく息を吐き、そして僕に面と向かってこう言った。
「君、家族が死んでどう思った」
その瞬間、世界が凍ったような気がした。その質問は想定外だった。てっきり学校生活でも訊かれると思って身構えていたら、予想外のところからパンチを喰らってしまった。
「別に確証がある訳じゃない。刑事の勘ってやつだ。その上で言わせてもらうが————君は————————————————————じゃないのか?」
その言葉を聞いてハッとした。そうだ、それだ。それこそが真実で、そして僕が前々から抱えていたこの気持ちを、この心に焼き付いた謎の文字を唯一説明できる答えだった。
「別に、全人類にそういうことを強要するわけじゃない。そうじゃない人だって、この世界に居るはずだ。ただな、君がどうしてそうなったのかが知りたい。それだけだ」
僕は沈黙を貫き、そして考え事に耽った。その内に取り調べは終わった。同席していた二人の刑事は、我先にと外へ行ってしまった。僕は刑事さんと一緒に外へ出た。
「君は確か、叔母に引き取られるんだったな。ああ、でもその前に祖母か。まぁ、次会う時は夏休み明け、叔母に引き取られてからだったな。それまでに気が変わって、何かを話したくなったら電話をしてもいい。喜んで出よう。だから、祖母に引き取られている間、考えていてほしい。じゃあな」
そう言って、刑事さんは去っていった。そして、僕もホテルに帰った。
ホテルのベッドにダイブする。未だにベッドというものに慣れないが、このベッドにダイブするという行為は、何とも止めがたい行為だった。体を捻らせ、天井を見上げる。刑事さんの言葉を反芻して、飲み込もうとする、が、それは上手くいかなかった。
もし、僕がマイノリティで、かつそれが悪だとしたら、やはり僕は死ぬべきだと思う。死ぬべきだったと思う。死ぬほどのことなのかと思うかもしれないが、これは社会的に必要な行為であったし、同時に僕にとっても必要な行為であった。
新学期からは知らない生活が始まる。僕の素性を知らない生徒達ならまだしも、僕の素性を知った叔母はどうしようか。ベッドに入っても、悪い思考は止まらず、意味の無い寝返りを繰り返すことしか出来ずに、そのまま夜が更けていった。
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