EP3 へんか

 村に来てから一週間が経った。朝六時に起きて、ご飯、味噌汁、魚、お新香をちまちま食べ、祖母が病院に行ってから、僕も神社に行く。御社殿の近くにはきつねさんが居て、会えば他愛もない話をする。最近の会話内容は、僕は現代の日本についてで、きつねさんは昔の日本についてだった。

 しかし今日、神社に行くと、きつねさんが大きな麦わら帽子を被っていた。そして、僕が来るのに気付くと、駆け寄って来てこう言うのだった。

「将暉、今日は麓を探検しよう!」


 麓を探索する、ということは、当たり前のことではあるが、まずは麓に行く必要がある。

「むりぃ〜おうちかえる〜」

 約三百の石段を下るという第一ミッションで、既にリタイアしそうになったが、なんとか下り切ることができた。

「まってぇ、はぁはぁ、いかないでぇ」

 息切れ切れに待ってくれと懇願する神様を見て、神としての権能も、人間の運動能力も無いこれを、どうして人々は信仰するのだろうと疑問に思えてきた。

「見て、きつねさん。これが麓だよ」

 そう言って僕が指差した方には、地平線まで広がる向日葵畑があった。

「実際に見てみると、綺麗だけど。どこか悲しいなぁ……」

 と、きつねさんは言った。確か、この辺は昔田んぼだったらしい。しかし、人口が減って、田んぼが維持できなくなったため、稲作を止めてしまい、土地が余ったのでその土地に向日葵の種を植えたのが始まりらしい。

 きつねさんは麓を歩きながら昔話をしてくれた。向日葵畑の向こう、今は向日葵で隠されているが、実は水路があり、昔はそこで水浴びをしたり、生き物を探したり、水車を使ったりしていたらしい。ただの向日葵畑の上にも、昔は人が住んでいたらしく、家の跡地に行くときつねさんは昔の住人との思い出話をしてくれた。バス停に着くと、それが昔と同じ姿で残っていることに驚き、そこである少女と出会い、今の名前である「きつねさん」と名付けられたのだと言う。

 どこまで行っても向日葵、その中に過去の姿を見出すことが出来るのは、やはり神様の仕業なんじゃないかと思い始めた。ただ、全ての思い出が向日葵で覆われてしまうのは、何とも言いがたい悲しい感じがした。

 日が暮れ始め、いざ石段三百を登らんとしたが、どうもきつねさん疲れ果ててしまったらしく、おんぶして、と要求してきた。仕方なくおんぶする。その軽さに驚き、きつねさんに訊いてみようと思ったが、きつねさんはすぐに寝てしまっていた。やはりきつねさんは神様なのだろうか。確かに少女、言ってしまえば幼児体型であるものの、大きな尻尾も持っているし、流石にここまでは軽くないんじゃないかな、なんて思いながら御社殿へ運んだ。

 御社殿に着いてもきつねさんは起きなかった。試しに揺さ振ってみたが、一向に起きる気配がしなかった。好奇心から尻尾を触ってみた。まるで本物の狐のようにモフモフだった。触っていると、きつねさんが起きた。

「うわぁ! どこ触ってるの!」

 僕はすぐに手を離し、謝罪をした。するときつねさんは

「神様の尻尾をモフるなんて、そんなこと普通ならダメなんだからね! まぁ、今回は運賃ということでチャラにしてあげるけど」

 と言った。どうやら、僕は許されたらしい。もしかしてきつねさんってチョロいのでは……?

 それから多少の雑談をし、気がつけば日も暮れてしまった。外に出て、いつものように手を振り、別れの挨拶をする。石段をトントン拍子に降りる。途中、木々の隙間から見える麓の向日葵畑を見ると、どうしてもきつねさんのことを頭に思い浮かべてしまった。帰り道はいつもより寂しく感じられた。


 家に帰り、いつものルーティーンを済ませる。夜十時、一人のリビングでワイドショーを見る。内容はまた例の事件についてだった。しかし、今日は新情報があるそうで、その話題で持ちきりだった。偉そうなコメンテーターは語った。

「『加害者の少年四人、保護処分へ』という終わり方はいい気はしませんね。いくら少年法が守ってくれるとはいえ、もう少し厳しい処分でもいいんじゃないですかね。だって二人が————いや、三人でしたね。三人も死んだんですよ。普通だったら死刑なんですよ。これは世間が許してくれませんよ」

 死者三名の顔と名前が映し出される。一方、加害者は「少年A(13)」としか映し出されない。今、この瞬間、僕の他にテレビを見ている人は、この少年が誰を指すのか分からないだろう。しかし、僕はその少年の顔も名前も声も思い出すことが出来たし、交友関係についても詳細に言うことが出来た。

 画面は変わり、燃え盛る家が映し出される。僕は「何を思えばよかったのか」について考えた。ただ、結局のところ、僕はその光景をずっと見ていることしかできなかった。

 床に就いても同じことを考えて、思考の渦に囚われて、寝ることも出来ず、ただ天井を眺めるだけ。時間はあっという間に過ぎていき、気が付けば朝になってしまった。

 朝のルーティーンを、いつものように消化する。そして、昨日そうしたように神社へと家を出た。

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