第17話 『特別な女の子』は必要ないんだよ。
日花里ちゃんは約束の時間ぴったりに僕の部屋を訪れていた。ちょっと天然の千奈津ちゃんとしっかり者の日花里ちゃんは良いコンビだけど、今日は、千奈津ちゃんはついてきていない。さすがに自重したらしい。
「恥ずかしいから、部屋に入って良いかな?」
「う、うん……」
日花里ちゃんは娼館でお姉さまたちが身に着けているような、ボディラインを強調したコルセットとレオタード姿だった。普段からの凛々しい雰囲気と、女らしさをコルセットで強調されたボディのアンバランスさに、僕の理性はのっけからノックアウトされてしまう。
「すごく色っぽいし、可愛いよ」
「良かった。実はね、夏帆ちゃんを通してお願いして、働いていた娼館の女将さんから融通してもらったの」
「この格好で部屋から来てくれたの?」
「うん、今から、タクミくんの女になるんだってことを実感したくて……こんないやらしい格好は嫌いだった? 一応、夏帆ちゃんにアドバイスしてもらったんだけど……」
「いや、そんなことはないよ。とっても嬉しいよ、日花里ちゃん」
千奈津ちゃんみたいに、王道の制服で来るかと思っていただけに意外だった。でも、僕と初体験をするために選んでくれた衣装だし、色っぽさは反則レベルだ。嬉しくないわけがない。でも僕には、日花里ちゃんには伝えなければいけないことがある。
「日花里ちゃん、あのね……今までちゃんと伝えてこれなかったし、くるみちゃんや千奈津ちゃんともセックスして、今さらなんだけど……」
僕の気持ちを伝えようとした唇を、日花里ちゃんの唇が優しく塞いだ。僕たちは至近距離で見つめ合いながら、お互いの肌を優しく撫でまわして、気持ちを伝えあう。何分、そうしていたかは分からない。これまでも『お礼』ではキスを交わしてきた僕たちだけど、このキスの意味がまったく違うことは、お互いに分かっていた。
「んっ……ちゅっ……♡」
「ねぇ、日花里ちゃん。話の続きなんだけど……」
「ダメだよ。みんなで話し合って、上下関係を付けずにタクミくんの女にしてもらおうって決めてるの。そうじゃないと、タクミくんに処女をあげられなかった、夏帆ちゃんとくるみちゃんの立場が弱くなっちゃうから」
「えっ、僕の意思って無視なの?」
「うん。タクミくんはみんなに愛される幸せ者で、平等に愛を注いでくれる優しい男の子なんだよ。そこにね、『特別な女の子』は必要ないの」
日花里ちゃんはいたずらっぽく笑いながら、もう一度キスを求めてきた。僕たちは再び、長いキスを交わす。
「んっ……♡ 好きだよ、タクミくん。ありがとう。でも、ゴメンね」
キスを終えた日花里ちゃんが、僕の耳元でささやいた。
「ずるいよ。日花里ちゃんにそんなことを言われたら、何も言えないじゃん」
「うん……でもね、タクミくんはもっと特別な存在になると思うの。私が独占して良い人じゃないんだよ」
「日花里ちゃん……」
「それにね、嬉しいの。千奈津ちゃんやみんなのおかげで、娼婦として処女を売るんじゃなくて、愛する人とできるんだなんて……本当に、良かった……みんな、がんばったから、やだ、こんなつもりじゃなかったのに……」
日花里ちゃんの目から、ぽろぽろと涙がこぼれる。僕たちが過ごしてきた数年間の辛さが涙の一粒一粒に映し出されながら、胸元へとこぼれ落ちていく。
「もう、なんで私泣いてるんだろ……こんなに嬉しいのに……」
「日花里ちゃん、おいで」
僕は、日花里ちゃんを胸元にぎゅっと強く抱き寄せる。
「大丈夫。僕たちは生きていて、こうやって一緒にいる。だから、無理しなくても良いんだよ」
そして僕は、日花里ちゃんが泣き止むまで、僕の大好きな女の子の背中を撫でてあげたのだった。
「ごめんね、タクミくん。こんなつもりじゃなかったんだけど……」
落ち着いた日花里ちゃんは、いつもの笑顔を取り戻していた。
「じゃあ、もう一度最初からやり直そうか」
僕は向き直って、日花里ちゃんを手を握りながら目をじっと見つめる。百人一首部の日花里ちゃんが、何かの大会で着物を着て出場しているのを見たときに、いつもと違う雰囲気にドキリとしたのを思い出す。
文化祭の展示物をみんなで夜中まで作りながら、一緒に会話をできて嬉しかったのを思い出す。その時に『那須くんって、遥香ちゃんと付き合ってるって噂だけど』と質問されて、慌てて否定したのを思い出す。
「日花里ちゃん、好きだよ。愛してる」
「そこからやり直すの……? ダメだって言ったのに……」
「僕は本気だから」
僕たちは、静かに唇を重ねる。日花里ちゃんは僕の目をしっかりと見つめながら、自分から舌を絡めてくれる。そして、ゆっくり唇を離すと『私も好きよ』と小さくつぶやいた。
「でも、私を特別な存在にはしてほしくないの。セックスをした女の子は、ちゃんと同じように幸せにしてあげて? あのね、好きじゃなかったら、あんな『お礼』なんかしないよ? 千奈津ちゃんもそうだし、リラちゃんもそうだよ。だから私たち、お互いを裏切りたくないの。この辛い世界を、一緒に生きてきた仲間なんだから……」
日花里ちゃんは首筋にもキスの雨を降らせてくれる。動きに合わせて揺れるポニーテールが、とても可愛らしい。
「……痛かった?」
「いや、そんなんじゃないよ。日花里ちゃんがきれいすぎて、見とれてたんだ」
「もう、そんなこと言われたら照れちゃうよ。でも、嬉しいな♡」
「じゃあ、そろそろ……」
「うん、よろしくお願いします」
もう、他の言葉は必要なかった。僕たちは、愛の言葉だけをささやき合いながら、何度も何度も愛し合った。
そして夜明け前、『昨日はお愉しみでしたかねぇ? 日花里ちゃん、ちゃんとタクミくんの女にしてもらいましたかぃ?』とニヤニヤしながら尋ねてくる千奈津ちゃんに対して『うん、最後はタクミくんは気が抜けて寝ちゃったから、私もそのまま、一緒に寝ちゃってた♡』と日花里ちゃんは顔を赤らめながら報告し、『えっ、それって気絶するまで……ってことでは……』とあの千奈津ちゃんをドン引きさせたのだった。
うん、最後は腹上死するかと思った。
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