第13話 絶対的エース(可愛いけど超怖い)
千奈津ちゃんは刀をタダでもらった見返りとして、ウィードさんと果し合いをして、瞬殺していた。
僕たちはポカンとしてその光景を見ている。刀の間合いからまったく外れたところで、ウィードさんの首は宙を舞っている。10メートル以上は離れているだろうか? 『剣豪』スキルを所有して序列30位、元騎士団の副団長だという、この世界では絶対的強者であるはずのウィードさんを、千奈津ちゃんは一瞬で葬り去っていた。
「えへへぇ、タクミくん、ちゃんと見てたぁ?」
千奈津ちゃんはいつもの様子で、のほほんと僕に声をかけてくる。
蘇生が開始されたウィードさんの死体が光の粉末となって消え去り、そこで初めて時間が動いた。唖然としていた5軍のみんなと八橋くんが、ワァッと歓声をあげながら千奈津ちゃんの元へ駆け寄る。
「すごいよ、千奈津ちゃん」
「うん、凄いよ。私なんて目で追えもしなかった」
「千奈津ちゃんって、こんなに強かったんだ……」
褒められて照れくさそうにしている千奈津ちゃんの雰囲気は、殺伐としたものからいつもののんびりした感じに戻っている。
「ねぇ、さっきのってどうなってたの? 気が付いたら終わってたんだけど」
「うん、あれはねぇ、居合で斬っただけだよ」
いや、説明下手か。千奈津ちゃんってこういうとこあるよな……僕は、事の成り行きをもうちょっと分解して説明してもらうことにする。
「えーとね、まず千奈津ちゃんは居合で抜刀したんだよね」
「うん、そうだね」
「でもさ、ぜんぜん間合いの範囲じゃなかったように見えたんだけど」
「うん、そうだよ」
「……なんで?」
「それはねぇ、刀の間合いの外からでも斬れるからだよ」
「うん、だからどうして間合いの外でも斬れるの?」
「あっ、それはねぇ、『武器強化』スキルのおかげだよ。武器の性能を高めたから、斬撃が飛んだんだよ。千雨はすごい子だし、わがままな食いしん坊さんなんだねぇ」
……よく分からないけど、千奈津ちゃんと妖刀の相性が良いことはまぁ分かった。
千奈津ちゃんは刀をよしよししているけど、最後のセリフって普通に変換すると『持ち主の意図とは関係なしに血肉を求めたがる』ってことだよね。うん、まぁ、妖刀だしね……
「ねぇ、タクミくん。私って強いでしょう?」
「う、うん。そうだね」
僕はちょっと引き気味になりながらも、千奈津ちゃんを褒めることにする。この強さは正直ヤバいと思う。
だって世界ランキング30位を瞬殺したんだよ? 5軍でゴブリン相手に泣き言を言いながら苦戦していたのに、いきなりチートキャラ化したんだけど。
そんな感じで会話をしていると、教会で蘇生されたウィードさんが戻ってきた。
「いやー、久し振りに死んだわい。チナツ、お前は強いのぅ。序列5位のあのメスゴリラに匹敵するわい」
「ありがとう。おじさんも強かったよ。千雨じゃなくて普通の刀だったら、私が袈裟斬りにされて、タクミくんに身体の中身を見られちゃうところだったろうねぇ」
相変わらずのぽややんとした顔をしながら、千奈津ちゃんが不穏なことを言う。
「しばらくはワシもマクガレフに滞在して対策を練って修行するから、良かったら、また果たし合ってくれんかのぉ。それとお前さんたち、金に困ってるようじゃからこれを使うとえぇ」
「えっ、いや、それは悪いです。刀をもらって、教会への供託金まで払っていただいたのに……」
「いや、ええんじゃ。チナツほどの強者がそんなボロの革鎧では、ちとカッコがつかんからの。いや、気にせんでえぇぞ。お前さんの腕なら、こんなもんはすぐにはした金になるわい」
ウィードさんは魔法カバンから革袋を取り出すと僕に手渡し、そのまま立ち去っていった。ずしりとした重さで、大金だということは分かる。
「……ねぇ、日花里ちゃん。あの人ってまた来るのかな……」
「うん、そうだね。明らかに千奈津のこと気に入ってたし……」
僕は手渡された革袋の中身を日花里ちゃんと確かめる。中には金貨が20枚も入っていた……マジか。これがはした金になるくらい、千奈津ちゃんの実力って価値があるのか……
「ねぇ、日花里ちゃん。もう一度迷宮に行こうよぉ。千雨にたっぷりと魔物の命と血肉を貪らせてあげたいなぁ」
日花里ちゃんが困って僕を見る。僕はにっこりと笑って『行ってらっしゃい』という視線を送る。
意を悟った千奈津ちゃんは、嬉しそうに日花里ちゃんを引きずっていく。
『この裏切者ぉ……』という視線を日花里ちゃんが送ってくる。
ごめんね、日花里ちゃん。今の千奈津ちゃんについていけるのは、多分君だけだ。
********
夕方になり、千奈津ちゃんは迷宮から上機嫌で戻ってきた。疲弊し切った5軍の皆さんと、呆れたような、怯えたような表情の3軍と4軍パーティも後ろをついてきている。
「……ねぇ、タクミくん。一応日花里から話は聞いたんだけど、君の口からも、何が起こったかを教えてほしいな」
「……あぁ、俺もだ。地獄だったぜ、もちろん俺たちにとってではなく、魔物たちにとってだけどな……」
みんなを代表して、伊達遥香ちゃんと御堂健太郎くんの両リーダーが僕を問い詰めてくる。その表情から、迷宮で何が起きたかは想像に難くない。
「あー、うん。千奈津ちゃんはだいぶハッスルしたみたいだね」
「ハッスル? タクミくんは魔物の命が芝刈り機で刈られる雑草のように刈り取られる様をハッスルという言葉で表現してるの?」
遥香ちゃんの語気が荒くなる。それはそうだよねぇ、僕だってそんな現場に居合わせたらドン引きするもん。
「あ、いや、ごめん」
「お前……あれはヤバいぞ、あれは。出くわした他の冒険者パーティや自治政府軍の皆さんもドン引きだったぞ。『あははっ、楽しいっ、楽しいよぉっ』って叫びながら手あたり次第に殺して回ってたんだぞ、朝倉さん」
「うん。私たちの仕事って、千奈津が暴れた後に散乱してる魔力石を拾い集めて回ることだけだったし……俺たちの狩る獲物まで横取りされてるってクレーム受けて、魔力石を分けてあげたりもしたし……私たちのこれまでの苦労って……」
「とりあえず、朝倉さんは上層には置いとけない。3日も経たずに、絶滅させるぞ? 一度魔物が絶滅すると再生に時間がかかるから、厳禁なのはお前も知ってるだろ?」
ハイテンションが少しずつ醒めてきた千奈津ちゃんが、にっこにこで近付いてくる。
「タクミくん、私やったよぉ。やっと、みんなのお役に立てるねぇ」
「う、うん。かなり頑張ったみたいだね」
「そりゃそうだよぉ。ゴブリンなんて、私と千雨ならミジンコだもん。アルマジロワームがダンゴムシくらいかなぁ」
確か、アルマジロワームって、上層の下部では物理系防御が硬すぎてトップクラスの難敵だったはずでは……銀河くんの魔法剣と加納くんの剛剣くらいしか通用しなかったはずだ。それをダンゴムシ扱いって。
「あ、あとね、これねぇ」
千奈津ちゃんが魔法カバンから取り出したのは『アギラウスの杖』と呼ばれる長尺の杖だった。遥香ちゃんと健太郎くんは驚きで目を見開く。
「え? それ、あの『アギラウスの杖』だよね……なんで持ってるの?」
「うんとねぇ、みんなと一度はぐれたでしょ? 日花里と迷宮を探索してたら、宝箱がいっぱいあったんだよ。その中に1本入ってたのぉ」
「いや、そこって上層の下部の宝物部屋では……守護者は?」
「あぁ、あいつ? 鈍かったから、待てずに17分割しちゃったけど。一応、二手は必要だったからそれなりに強かったかなぁ」
僕たちは思わず天を仰ぐ。1軍と2軍パーティが合同でも勝てずに撤退した魔物なんだけど……そいつ。
「……ねぇ、多分ね、今日の千奈津の稼ぎって、私たちのこれまでの数年間のトータルを超えて……」
「言うな。それ以上言わないで……」
嬉しさ以上に、何とも言えない虚しさがこみ上げてきた僕たちは、しばらく顔を見合わせた後で、思いっきり笑ったのだった。
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