第12話 とうとう訪れた、僕たちの転機。

僕に声をかけてきた男性は、自らをウィードと名乗った。店主のおじさんが代わりに説明してくれたところだと、元々は他国で騎士団に所属していたけど、個人の武を追求するために退役して旅に出ているのだという。


「タクミくん、『神速』のウィードといえば、かなり知られた名前なんですよ」


おじさんはそう話すけど、正直なところ僕にとっては危険そうなおじさんだ。うん、この人って血と戦いに飢えているタイプだよね、ゼッタイ。


「ところで坊主が、刀を探していると聞いたんじゃがの」

「えっ、ウィードさん、刀をご存知なんですか?」

「知っとるも何も、ここに一つ持っておるわ」


ウィードさんは魔法カバンから一振りの日本刀を取り出した。どう考えても間違いない、これは紛うことなく日本刀だ。


「こういう珍しいもんはのう、いきなり出現するんじゃ。多くは迷宮で見つかるがな。坊主たちは仲間ごとこの世界に落っこちてきたんじゃろう? この刀と呼んだ武器も、その一つじゃろう」

「ウィードさんも拾った時にはよく分からずに、博物館へ持ち込んでようやく分かったそうですよ」

「なるほど……実は、僕の仲間が日本刀を探し求めているんです。その女の子は刀を持たないと、本来の実力が発揮できないそうで……」

「ほぅ。そういうのを待っておったんじゃ、ワシは」


ウィードさんがニヤリと笑う。この笑顔が意味するところについては、どう考えても嫌な予感しかしない。


「それで、お幾らで売っていただけたりしますか?」

「金はいらん。その娘っ子にやるわ。ただし、条件が一つだけある……その刀好きの娘っ子と果たし合いをさせぇ」


うん、そうですよねー。僕はあまりにも予想の範囲内な発言にある意味ビビりながらも、迷宮にいる千奈津ちゃんたちを呼び戻すべく、迷宮への連絡手続きを取るのだった。


*******


千奈津ちゃんは拠点に神速で戻ってきた。それはもう、拠点に向かって走っている音が1km先からでも聞こえてきそうなくらい。


日花里ちゃんたちを置き去りにして駆け込んできた千奈津ちゃんは、息を切らしつつも、喜色満面といった様子でウィードさんの手を取った。


「私の刀を探し出してくれる方が現れるなんて……神様、仏様、あなた様ですねぇ」

「おう、神じゃ。ワシは神なのじゃ」


千奈津ちゃん、それは違うと思うぞ。でも、ウィードさん的にはそれで良いらしいので、僕は黙っておくことにする。


「私は朝倉千奈津と言います。神様、早速ですけど刀を見せてほしいんですよぉ」


ウィードさんから受け取った刀を押し頂くようにして、千奈津ちゃんは鞘から刀身をゆっくりと引き抜いて……あれ、これって、何か禍々しいかんじがするんだけど?


「千奈津ちゃん、これって」

「うん、妖刀だねぇ、間違いなく」


千奈津ちゃんが断言した。やっぱりそうなのか……僕の目から見てもヤバい逸品だということは分かる。


「チナツ、妖刀とはどんな代物なんじゃ?」

「そうだねぇ、基本的には持ち主を狂わせちゃうって言われるよ。だけど、ただ血と命を吸い取りたいだけなんだよねぇ。そうか、お前の名前は『千雨』っていうんだ。えっ、『血雨』? でも『千雨』の方が可愛いから改名しようねぇ。千の字をあげるよぉ。うん、良い子、良い子」


あのー、千奈津さん。人差し指を傷つけて血を垂らしてるのって、黒魔術の契約か何かですか? 刀身に垂れた血が消えてるんですけど、怖っ。それよりも、当たり前のように妖刀と会話して手懐けてるっぽい千奈津さんがガチ怖いんですけど。


「ほぅ、やはり意思を持った武器じゃったか」

「うん、おじさんでも悪くなかったみたいだけどね。そっちの得物の方が得意なんでしょう? 千雨も女の子だからね、2号さんは嫌だったみたいだよ」


刀なのに性別まであるのか……それを聞いたウィードさんはますます嬉しそうな顔をする。


「そうか、そうか。そこまでそいつを掌握できとるなら、不足はないわ。チナツ、その刀はお前にやるから、代金代わりにワシと果し合いをせぇ」

「うん、良いよ。この子に最初に吸わせる血は、やっぱり強者じゃないとだもんねぇ」


千奈津ちゃんは刀身に頬ずりしながら凄みのある笑みを浮かべて即答する。さっきから背筋に寒気が走りっぱなしだ。やだ、この人たち戦闘民族を通り越して殺戮民族なんですけど。


「いや、待って千奈津ちゃん。教会に払ってる蘇生費用の供託金、1人分しかないから、千奈津ちゃんと向こうに同時に何かあったらまずいって」


僕は大事なことを思い出して、慌てて千奈津ちゃんを止める。蘇生にはいろいろと条件があるけど、24時間以内という時間制限が一番ヤバい。今2人以上に同時に死なれたら、女子の誰かが奴隷になって売られないと、費用を賄えない。


「えーっ、大丈夫だよ。首が飛ぶのは私じゃなくておじさんの方なんだから」

「何じゃお前ら、そんなに貧乏なのか。仕方ない、ワシが金を出しちゃるから教会へ連れてけ。ついでにワシも復活地登録をここにしておくわい……まぁ、地面に内臓をまき散らして止めを願うのはお前さんの方じゃがなぁ」


にこやかな会話の中身が物騒過ぎて怖い。千奈津ちゃんってこんなに好戦的な性格だったんだ……神様からおじさん呼ばわりになってるし。それとも妖刀の影響なのかな? うん、そういうことにしておこう。


僕たちは置き去りにされていた5軍のメンバーが到着してから雑談をして時間を潰し、教会が開くのを待ってから、千奈津ちゃんの供託金の支払いとウィードさんの復活地登録を終わらせた。


「さて、じゃあ果たし合おうかの」


ウィードさんが自分の剣を抜いて、構える。その佇まいだけでも、ウィードさんが超一流の剣士であることは伝わってきた。


「まずは名乗らねばの。エンディード龍国が護国騎士団、元副団長で二つ名は『神速』のウィードよ。『剣豪』スキルを持っておる。今の序列は30位じゃ」


序列30位? 見学している僕と5軍のみんなが、思わず目を剥く。この世界には強さランキングみたいなのがあって、半年に1度ほど更新される。どこかにそういうスキル持ちの人がいて1000位まで公表しているらしいんだけど、もちろん僕たちには無縁のものだ。でも、人間ってやっぱりそういうのが好きなので、100位まで掲載されているダイジェスト版に目を通したりする機会はある。


「へぇ、それは凄いねぇ」

「チナツよ、お前は何位なんじゃ?」

「私は序列外だよ。でも、この千雨と一緒なら、おじさんより上なのは確実じゃないかなぁ?」

「そうか、そうか。刀がなかったんじゃもんなぁ」


30位という相手の格にも動じることなく、にこにこと千奈津ちゃんが答える。ウィードさんもまた、千奈津ちゃんの挑発にも動じることなく、冷静に受け答えしている。


「ねぇ、日花里ちゃん。千奈津ちゃんがめちゃくちゃ自信満々なんだけど、実際に強いの?」

「いや、分からないんだよね……千奈津の実家は居合術の道場をしていて、とってもカッコ良かったよ? でも、剣道部に所属していたわけじゃないから、他の人と試合をしているのは見たことないんだよね……」


うーん、親友である日花里ちゃんも不安そうだ。いくら復活できるとは言え、目の前で同級生が斬り殺されるのはあまり見たくないんだけど……「タクミくん、私の最初の活躍をちゃんと見ててねぇ」とほっぺにキスをされながらおねだりされたら、見るしかない。


「じゃあ、私も名乗るねぇ。朝倉流抜刀術皆伝、朝倉千奈津。スキルは『武器強化』だよ。日向鵜戸にて神託を得た抜刀の極意、その首で味わってね」


2人がお辞儀をして、構える。ウィードさんは剣を抜いて構えているけど、千奈津ちゃんは刀を鞘に納めたまま、テレビとかでよく見る居合の抜刀の構えを見せている。


「スキルが『武器強化』か……惜しいのぉ、構えだけでも分かるその技量でありながら、そのような弱スキルとは」

「いやぁ、私にとっては最高のスキルだと思うよぉ」


2人の間に緊張が走る。少し離れた場所で眺めているだけの僕たちまで、背筋がぞくぞくと震えるほど怖い。これから殺し合いをするというのに、2人とも笑っているからだ。


「うらぁぁぁぁぁっ!」


ウィードさんが裂帛の気合いとともに、『神速』のウィードの二つ名に相応しいすさまじい速度で距離を詰めていく……


千奈津ちゃんの手元で、チン、という鍔鳴りの音が静かに響いた。


そして、あり得ない距離で、ウィードさんの首は宙を舞っていた。

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