第7話 『砲台ちゃん』はまじめすぎて悩みが多い。
食堂には、3軍リーダーの伊達遥香ちゃん、4軍リーダーの御堂健太郎くん、5軍リーダーの門倉日花里ちゃんの3人と僕、詩織ちゃん、そして調理担当の八橋二郎くんが集まってくれていた。当面は、このメンバーで色々なことを決めていくことになる。
「ついに、こうなっちゃったわね……」
真っ青な顔で今にも吐きそうなのは、3軍リーダーの伊達遥香ちゃんだ。転移前は僕と一緒にクラスのまとめ役をしていたけど、こっちでは影が薄かった。元々責任感が強いし、自分が残った14人の命を守っていかなければならないと考えているのだろう。
貴重な魔法スキルの持ち主なんだけど、戦争でしか役に立たない、燃費が最悪レベルの儀式魔法が得意分野のため、宝の持ち腐れとなっている。
「ごめん、私が砲台ちゃんなばっかりに……」
自虐的に口にした『砲台ちゃん』は、千奈津ちゃんの命名だ。正式には『発射したくても発射できない砲台ちゃん』が正しい。
刀がないために真価が発揮できておらず、似たような境遇を抱えた千奈津ちゃんだからこそ言えた軽口だけど、正直なところぴったりである。
「とりあえず、予算のところは島崎さんが考えてくれたの。かなり切り詰めた生活になるけど、当面は我慢して」
島崎くるみちゃんはそろばんで全国大会にも出場した経験があるそうで、こういう計算が得意だ。示された予算表を見て、八橋くんが顔をしかめる。
「マジか、この予算で飯を作るのか……なるべく味と量は減らさないようにするけど、質は我慢してくれよ。高田さんが採取してくれるキノコと野草たっぷり雑炊が定番かな、これは……」
高田ほのかさんは5軍パーティーに所属していて、食べられる野草を見分けるサブスキルを持っている。『食べられる』だけで『美味しい』を判別できないのは玉に瑕だけど、そこは調理スキル持ちの八橋くんがカバーしてくれているのだ。
特に『米っぽい何か』を工夫して『米みたいなもの』に昇華させ、おにぎりにしたものは迷宮でのお昼ごはんでは大好評らしい。
「ごめんね、八橋くん。武器と防具のメンテナンスはケチれないから、どうしても他のところに皺寄せが……」
「分かってる。お前らが死ぬ気で稼いだお金で食べさせてもらってるんだから、俺だって死ぬ気で工夫するよ。しっかし、レストランからはバイトの誘いももらってるんだけど、スポット以上のバイトとなると、政府の許可が出ないからなぁ……闇バイトして相手に迷惑をかけるわけにもいかないし……」
八橋くんの調理スキルは確かなものがあるので、本来なら一流のシェフとして腕を振るえる。でも、マクガレフの自治政府は僕たちに魔力石採取をしてほしいから、就業の許可が出ないのだ。
「あのね、今後の生活のことなんだけど、タクミくんと私から提案があるの。聞いてくれる?」
「もちろんよ。詩織ちゃんとタクミくんの提案なら、聞く前からオッケーって答えても良いわ」
「あぁ、お前らなら信用できるからな」
「右に同じ。タクミくんにはこっちに来たときから、ずっと助けられているからね」
オブザーバーとして参加している詩織ちゃんが、話題を切り出してくれた。残る4人が、もろ手を挙げて歓迎の意を示してくれる。こんなことを言われるほど大した人間じゃないけど、信用してもらえるというのはとても嬉しい。
「今までは秘密にしていたんだけど……タクミくんのスキルは熟練度の上限に達していなくて、私たちはそれを育成しているの。まだ、ここだけの話にしてね。もしかしたら、タクミくんの熟練度が最大値になると、私みたいに新しいスキルが発生する可能性があるの」
知らなかったみんなが、一様に「えっ?」という表情を作る。スキルの一部には熟練度の設定があることは周知の事実だし、僕の値引きスキルもそのタイプだ。だけど、これまでは5%で打ち止めだと秘匿していたので、結構な外れスキルだと思われていたのだ。
「上限に達していないって、今はどんな感じなの?」
「うん、今は96%だよ」
「えっ、じゃあタクミくんの値引き率って、わざと5%で止めてたりするの? それって必要なくない?」
素っ頓狂な声を上げたのは、4軍リーダーの御堂健太郎くんだ。ちょっと楽天的……物事を軽く考えるところがあるけど、リーダーを任されるだけあって、協調性もあるし悪い奴ではない。
「止めてたのにはちゃんと理由があるんだよ。割引率が高まると、お店の人の印象も悪くなるだろ? 赤字になるようだと、売ってくれなくなるし。5%くらいなら、お得意様価格で気持ち良く値引きしてくれるんだよ」
「そっか、そうだな。俺だったら出禁にするわ」
御堂くんはあっさりと引き下がってくれた。むしろ、みんなが何となく抱えていたもやもやを解消してくれた分、助かったかもしれない。遥香ちゃんが会話の続きを引き取ってくれる。
「それで、私たちにその大事にしていた秘密を教えてくれた理由は何なの? これからはリスクを承知で大幅割引での買い物をしてくるから、経済的には安心してって話じゃないんでしょう?」
「そうだね。盗品や裏取引なら一回限りで大きく儲けられるかもしれないけど、恨みを買ってみんなが危険にさらされるかもしれない。だから、それは本当に最後の手段だと思ってる」
僕の説明に、遥香ちゃんは大きくうなずく。これまでにみんなを騙すような感じでスキルを隠していたというのに、誰もその点を咎める人はいない。内心ではビクビクしていただけに、ほっとする。
「私たちは、安全にスキルの熟練度を高める方法を続けているの。こうなった以上は早く限界まで熟練度を高めたいんだけど、効率を高めるためにはもっと現金が必要で……私たちのことを信じて、みんなが貯めているお金を貸してほしいの。あとは……ご主人様のことは、後で女子だけに話すね」
詩織ちゃんがここで顔を赤くする。待って、その言い方や表情だといろいろと誤解されるから。現に遥香ちゃんは、つられて赤面している。
ゼッタイ、あれは何かを誤解した表情だ……ちなみに誤解じゃない部分も実はあったんだけど、この時点で僕は日課クエストの『奴隷売買』の副作用について気付いていなかった。
「分かったよ。じゃあ、メンバーのみんなからお金を出してもらってお前に預ければ良いんだな?」
御堂くんが非常に単純化してくれた。意外と助かるコミュニケーション能力だ。
「それなら、私も協力するわ。詩織ちゃんとタクミくんなら、信用できる。私たち、このままだといつかは破綻するし……」
「私も、タクミくんには助けてもらいっぱなしだから、もちろん協力するよ。でも、あんまりお金ないかな……」
「それはそうね。私たち、1軍と2軍パーティにおんぶにだっこだったものね」
遥香ちゃんと日花里ちゃんが、顔を見合わせて苦笑する。
「ごめんね、タクミくん。ゆっくり進める余裕がないところで、私が養父母から多額の援助を引き出せれば良かったんだけど……値引きスキルのことを秘匿してだと、説明がつかなかったの」
「大丈夫だよ。みんなで乗り切っていこう」
そして僕たち、取り残された14人は改めて一致団結してこの苦境を乗り切る覚悟を固めたのだった。
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