第3話 僕はクラスカーストで最底辺である。
僕は相変わらず、雑用と買い出しで日々を過ごしている。
みんなの買い物の内容は多岐に渡る。城塞都市マクガレフは、およそ50万の人口を誇る大都市だけど、冒険者向けの店がそんなに多いわけではない。だいたい、登録している冒険者は3,000人くらいだろうか? 実に不人気の職種だけど、魔力石は重要な資源でもある。なので、僕たちは生かさず殺さずで社会インフラ維持のための採取に従事させられているというわけだ。
そして買い出しを通して多くの店と仲良くなっていくと、店の性質というのも見えるようになってくる。僕も、アンネさんというおばあちゃんと仲良くなることで、世の中の仕組みを教えてもらった。
例えば、盗賊のような連中と裏でつながっていて盗品を平気で売りさばいている店や、高利貸しとグルになって食うに困っている郊外の農家から搾取し、最後には娘を連れて行く奴隷商人などだ。死が身近にあるこの世界では、人の本性というものもあっさりと表に出てしまうものらしい。
「……そんな感じでね、千奈津ちゃんはやっぱり刀が欲しいみたいだよ」
「そうねぇ……私もお義父さんにお願いしてはいるんだけど、見たこともないって言われたわ」
僕が『キンベーン商会』で話し込んでいる相手は、真田詩織ちゃんだ。魔力の影響で青くなった髪をお団子にして、アイドルみたいに可愛らしい容姿をしている。彼女はクラスメイトの中でも稀有な勝ち組である。お山のぺったんこ具合は、稀有な負け組だけど。
「あれ、何か失礼なことを考えなかった?」
「いや、そんなことは……ないよ?」
薬品に必要な化合物を抽出するスキルの有用性と、隠しスキルの発現に伴う異常な才能が見出されたのだ。そして、キンベーン商会を経営し、5人しかいない評議員でもある有力者の家に養子として迎え入れられた。普段は研究室にこもっているけど、今日は息抜きのような感じで店番をして、僕の相手をしてくれている。
「ところでタクミくん、熟練度は上がったの?」
「うん、まだみんなには内緒だけどね、95%までは来てる」
僕が値引きスキルの秘密を共有しているのは、詩織ちゃんだけだ。全国模試でも上位だった彼女の明晰な頭脳は、スキルの熟練度の上昇効率を格段に引き上げてくれた。そして、僕のスキル構成にノイズがあり、それが恐らく隠し要素であることに気付いてくれた人物でもある。
「多分、99%まで到達したらこのスキルは解放されると思うのよ。理屈を言語化することは難しいけど、私と一緒でタクミ君のスキルはかなり特殊なの。私が『組成改良』を解放して、薬自体の改良ができるようになったみたいにね」
そう、詩織ちゃんのスキルはかなりぶっ壊れで、すでに既存の傷薬などは詩織ちゃんの功績で効果が増加している。数パーセントの強化でも、トータルで見ればすさまじい効果を生み出しているのだ。養子に迎えられたことで拠点は離れたけど、間接的に僕たちの生存に貢献してくれているし、今でも裏から援助をしてくれている。
「じゃあ、日課をしましょうか。ところで、その……私を奴隷として買ってくれないかしら?」
「もちろんだよ。幾らで詩織ちゃんを売ってくれるの?」
「そうね、金貨100枚でどうかしら」
「分かった。じゃあ95%割引で、金貨5枚で良いね」
僕は詩織ちゃんから預かった、詩織ちゃんの全財産である金貨5枚を差し出して、詩織ちゃんを購入する。日本円にしたら金貨1枚が10万円と思ってもらえば良い。
「うん、でもやっぱり良いや。クラスメイトを買ったなんて知られたら、女子に嫌われちゃうしね。所有権を放棄するよ」
僕は奴隷として購入した詩織ちゃんを即座に解放する。別に遊んでいるわけではなくて、これも立派なスキルの熟練度を上げるための作業だ。
僕のスキルの熟練度は『値引きをして買い物をした回数』と『高価な割引を成功させた回数』の2つの要素に依拠していると推定している。前者は普段の買い物で、後者は詩織ちゃんの疑似売買でこなしているというわけだ。
なお、僕の『値引きスキル』は値付けされているものにしか効果がない。購入する対象が詩織ちゃんなのは、変に誰かに相手をしてもらってこのスキルの真価がバレるわけにもいかないのと、適当なものに値段をつけてもスキルの熟練度が上がらなかったためで、僕の趣味というわけではない。そこは間違えないでね?
「お、熟練度が96%に上がったよ」
僕は詩織ちゃんから金貨を返金してもらいながら、頭の中でスキル状態を確認して、詩織ちゃんに熟練度の上昇を告げる。スキル情報を閲覧できるスキル持ちは超がつくほどに希少なので、基本的に自己申告制なのだ。だから、僕の本当のスキル能力は知られていない。
「じゃあ、僕は拠点に戻るね」
「上がって良かったわ。また明日も、日課をこなしましょうね」
僕は『キンベーン商会』で買い物をするたびに、詩織ちゃんの研究室に立ち寄ってこの日課クエストを消化している。まぁ、詩織ちゃんがその度に恥ずかしそうに顔を赤らめるのが、こっちとしても気恥ずかしいんだけど……『私を奴隷として買ってくれないかしら?』みたいな感じで、売り物となる意思を明確に示してもらわないといけないのだ。
そして僕がお店の入り口を出たところで、長井夏帆ちゃんに出くわした。黒髪を結い上げていて、普通の町娘といった感じの服装だけど、いつもの能天気そうな雰囲気とは違って暗い表情をしている。
「あっ、こんにちは。夏帆ちゃんもお買い物?」
「えぇ、こんにちは、タクミくん。……その、今日は避妊薬を買いに……お姉さまたちの分も含めて……」
夏帆ちゃんは声をかけられて初めて僕に気付いた様子で、少し恥ずかしそうにしながら答える。クラスメイトで唯一娼婦になった夏帆ちゃんの買い物なんて予想はついていたのに、デリカシーに欠ける質問だった。
「ごめん、変なことを聞いちゃって」
「ううん、良いよ。それよりタクミ君、君も久し振りにお店に来てくれないかな……? サービスするから……」
手を振って別れようとした僕の手をつかんで、夏帆ちゃんが潤んだ目でこちらを覗き込んでくる。
「私、今月も売り上げが下から数えた方が早くて……ほら、この世界って美人やスタイルの良い人がすごく多いでしょう? 私みたいな普通の子はあまり相手にされないの。あぶれたお客さんや、みんなに買ってもらわないと……それに実はね。今朝、娼館のお部屋にも限りがあるって女将さんに言われちゃったの」
夏帆ちゃんは決して可愛くないわけではない。転移前と今ではかなり雰囲気が違うけど、どちらかと言うと美少女の部類だろう。
だけど、この世界に美女が……特に大きなお山の持ち主が多いのも事実だ。クラスメイトの男子も半ば義理で夏帆ちゃんを買ってあげていたけど、他の娼婦のお姉さんを指名するようになっている。他の女子が娼婦に転職しないで命がけの生活を続けているのも、夏帆ちゃんが苦戦しているのを知っているからだ。
「そっか……じゃあ、買い出しが終わったら行くよ」
「うん、ありがとう。無理言っちゃって、ごめんね」
僕はなけなしの貯蓄をはたいて買ってあげる約束をしてあげると、夏帆ちゃんと別れた。そして拠点に戻りながら考える。
この異世界に転移してから数年が経過して、僕たちの状況は少しずつ悪くなっている。正確に言えば、悪くなっている人が多い。装備の充実度が異なるにつれて1軍や2軍パーティへの依存度がどんどん高まっているのは、口にしないけど皆が気付いている。
「やっぱり……いつか、そんな日が来るよな……」
値引きスキル『5%』での貢献度がそれなりに高いとは言え、戦闘をしない僕はクラスでは底辺の存在だ。僕は拠点に戻りながら、溜息をつかざるを得なかった。
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