第2話 日花里ちゃんはいつもの「お礼」をする。★

食堂でご飯を食べながら情報交換をすると、あっという間に夜になる。そしてお楽しみの入浴の時間だ。この世界で生きる人たちは、基礎的なスキルで、ある程度火や水を扱える。異世界から転移してきた僕たちも例外ではないので、全員でお湯を張る。


この世界では、身体能力や技術よりもスキルの方が戦闘力を決定づけていく。そのために女性も兵士として働くことが珍しくないので、兵舎だったこの建物には大浴場が男女用の2つある。


「あぁ、やっぱり八橋くんの作るメシを食って風呂に入ると、生きてることを実感するなぁ」

「これと娼館のために生きてるよなぁ……なぁ、今日は行くか?」

「いや、1軍のお前と違って、4軍の俺の小遣いは少ないから……堂本だけで行って来いよ」

「那須、お前はどうする?」


僕は不意に声をかけられて、答えに詰まる。ちなみに、那須というのは僕の名字で、本名は那須内匠という。


「僕は……」

「ほら、那須は長井さんのために節約してるんだよ」

「あぁ、そうだな……いや、買ってあげないと可哀想なのは分かってるんだけど……」

「長井さんなぁ……どうしても、お店で他のお姉さまに誘惑されるとそっちに……」

「分かる。分かるぞ……そう言えば、夢幻通りの高級娼館『夜蝶』にはエルフのお姉さんが入ったらしいな」

「マジか。エロフが同じ世界にいるのに、俺たちじゃ手が出ないとか、生殺しすぎるわ」

「クラスの女子、誰かヤらせてくれないかな……」

「俺、アリアさんのためなら死ねるわ」


どうしてもお小遣いに違いはあるけど、基本的に1軍だから5軍を下に見るようなことはない。これは、元からのクラスの連帯感の強さに加えて、1軍パーティのリーダーでクラスの絶対的エースでもある、紀藤銀河くんの控えめな性格のおかげでもある。


みんなはあえてバカ話をして、死の恐怖を抱きながら過ごしてきた1日の緊張をほぐしていく。こういう時は、非戦闘員である僕と八橋二郎くんは少しばかり肩身が狭い。


そして入浴を終えて、明日の買い出しのリストをまとめていると、僕の部屋がノックされる。声をかけると、日花里ちゃんが入室してきた。


「お待たせ、タクミくん」


日花里ちゃんは白いリボンを付けたポニーテールと、クラスで多分3位のサイズのお山が特徴の、とても可愛い女の子だ。凛々しい雰囲気ながら優しさも持ち合わせていて、5軍のリーダーを任されている。


クラス転移前は百人一首部に所属していた彼女も、今では槍を手にして、安全に殺害できそうな弱めの魔物を探し回る日々だ。


「悪いね、日花里ちゃん。いつもこんなことをしてくれて……」

「ううん、タクミくんの援助に釣り合わないのは分かってるけど……私たちにはこんなことしかできないから」


そう言いながら、日花里ちゃんは服を脱いでいく。以前、サイズを聞いた時には顔を真っ赤にしながら『多分、Hカップだと思う……』と教えてくれた。ベッドに腰掛けた僕の前に跪いて、いつものように準備を進める。


「ごめんね。本当はセックスもさせてあげたいんだけど、知っての通り、私たちってまだ処女だから……」

「分かってるよ。いざという時のために残しておきたいんだよね」


援助のお礼として奉仕をしてくれる日花里ちゃんが、いや、日花里ちゃんだけではなくクラスの多くの女子が処女だ。それはとても切実な理由からで、もし『何か』あった際には自分を売らなければならない。


でも、処女かどうかで値段が随分と違ってくるので、いつか身を売るときのために女子は処女を守っている。だから、この宿舎で恋人関係なんて甘いものは、単独で収支を確保できる1軍と2軍パーティーで1組ずつ存在しているだけだ。


男子はムラムラしたら、なけなしの現金を握りしめて下級の娼館に行く。そしてそこでは、かつてのクラスメイトだった長井夏帆ちゃんが身体を売っている。


これでもまだ、僕たちが住んでいるマクガレフは戦争が起きていないだけ平和な都市なのだ。クヴァル皇国自体は、あちこちで戦争をしている。僕たちはこの過酷な世界に、否応なく順応させられていた。


そして、僕はいつも通り、日花里ちゃんからのお礼を受け取った。最初は拒んでいた5軍パーティの女子たちによる『お礼』を、僕は流されるままに受け入れている。


彼女たちだって、好きでやっているわけではない。生きていくのに必死なのだ。真田詩織ちゃんみたいに才能を認められて養子に迎え入れられるなんて奇跡は、多分もう、僕たちには起きない。


「どうだったかな。気持ちよくなれた?」

「うん。すごく良かったよ……ありがとうね、日花里ちゃん」


僕は感謝の気持ちを込めて、日花里ちゃんの頭を撫でた。こんなに可愛らしい女の子も、朝になったら使い古しの革鎧を身に着け、槍を手にして命を懸けて戦うのだと思うと、切なくなってしまう。


「ごめんね、日花里ちゃん。君たちばっかり危険な目にあわせて」

「そんなことないよ、タクミくん。適材適所でやろうって、最初の頃にみんなで話し合ったんだから。タクミくんたちがいてくれるから、私たちは時間いっぱいまで外で活動できるんだし」


朝日と共に門をくぐるので、夜遅くまで起きずに僕たちは寝る。そして夜明け前には動き出して、パーティーは城門を出て命を張って魔力石やその他の成果物を獲得していく。そして僕は買い出しをして雑用をする……変われない日常が、また始まるのだ。


でもきっと、僕はこの現状をいつか打破してみせる。僕は改めて心に誓いながら、いつものように2時間だけ就寝したのだった。

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