クラス転移で底辺だった僕は「値引き99%」スキルで世界を制する。~お姫様? ダークエルフ? 買います!~
柚子故障
第1話 僕たちの「変われない」朝が、今日も始まる。
僕たちがクラス丸ごとこの異世界に転移してから、数年が経つ。食うや食わずのような生活でかなりの苦労もしてきたし、紆余曲折もあったけれど、僕たちの結成したクラン『タクミくんと愉快な仲間たち』は順調な成長を遂げていた。
なお、この壊滅的なネーミングセンスは、我がクランの絶対的エースである朝倉千奈津ちゃんによるものだ。機会があるたびに改名しようと申し出ているけど、却下されている。
とにかくほんの少し前までは、右も左もわからないまま、明日を生きるのに必死だった。飢えて野垂れ死ぬか、あるいは迷宮で魔物に殺されるかという恐怖は僕たちを常に支配していたし、実際に何人もクラスメイトが死んでいった。
そう、僕たちが笑い合えて、ちょっぴりエッチな生活を送れるようになったきっかけは、あの日の出会いに遡る……。
*********
城塞都市マクガレフは、僕たちが籍を置くクヴァル皇国でも2番目に人口の多い都市であり、5つの迷宮を領内に抱えて、その歴史性から自治政府によって統治されている。それと、実は夜の街としても有名である。
夕陽の影が街並みに伸び始めたころ、朝日と共に出て行った冒険者パーティーは迷宮に入り、今日の稼ぎを確認しながら専用門をくぐる。稼ぎの良かった者たちは笑顔で、悪かった者たちは渋い顔であり、門番はそれに応じてかける声を変えていく。
そして、僕は門を出ることもなく、日々を過ごしていた。
「ナッシェルお姉さん、今日はこれだけよろしくね!」
「あいよ、タクミちゃん。あんたが買い出しを金額を含めてわかりやすくまとめてくれるから助かるよ。あの子たちがバラバラに来てた時は、そりゃもう酷かったからねぇ……」
僕が訪れているのは、マクガレフにある薬店の中でも最大の規模を誇る『キンベーン商会』である。店番のおば……お姉さん、ナッシェルさんとは毎日のように顔を合わせる関係だ。口を開くとおばさんだけど、見た目は妙齢のなかなかの美人さんだ。
「ほら、あそこに100本ずつまとめてるから、買わない分を避けてくれるかい?」
「うん、これとこれと……あ、毒消し薬を10本追加だね」
僕は事前にクラスのみんなから取りまとめた注文票を手に、購入していく商品をチェックしていく。
「じゃあ、これで。ごめんね、5%の割引は先に入れさせてもらってるよ」
「良いんだよ、タクミちゃんだから。こっちも助かってるからねぇ……言いたかないけど、昔はあんたのお仲間たちには手を焼いてたんだよ。やたら細かい割には、『出世払いで』なんて言い出す子がいたりしてねぇ」
僕はスキル『5%値引き』を発動させながら、お会計を済ませる。かなりの量になるけど、割れたりしないように丁寧に魔法カバンに収納していく。ここを怠ると、取り出す時にうっかり割ってしまうのだ。外では、薬の一本の有無が命取りになる場合だってある。
「じゃあ、また明日もよろしくね」
「あいよ。次はいつもの日課をするんだろう? シオリちゃんなら奥の研究室にいるから、入って良いよ」
「うん、わかったよ」
「しかし、毎日わざわざ顔を合わせるのに、恋人同士じゃないなんてねぇ。変な子たちだよ。やっぱり、違う世界から来た子ってのはちょっと違うところがあるよねぇ」
そして僕はシオリちゃんを相手に日課のクエストを済ませると、さらにいくつかのお店を回って買い出しを済ませて拠点へと戻る。ここまでが午前中で終わる。八橋くんが作ってくれる軽い食事を済ませると、午後からは預かっている武具の手入れをしたり、パーティごとの収支の計算をしたりと、主に家事以外の雑用をしながら過ごしていく。でも、いつもながら、収支の数字は残酷だ。
そして太陽のオレンジ色が濃くなった頃合いを見て、みんなを出迎えに行く。最初に顔を合わせたのは、門倉日花里ちゃんがリーダーを務め、女子だけの4人で構成されている5軍パーティーだ。みんなクタクタの顔をしていて、いつも通りではあるけど首尾はあまり良くなかったようだ。
「お帰り、千奈津ちゃん、それにみんな」
「ただいま、タクミくん……もうダメだよぉ、私たち」
顔を合わせるなり、先頭を歩いていた朝倉千奈津ちゃんは泣き言を言ってきた。
「今日もスズメの涙の魔力石しか取れなくて、あとは、ほのかちゃんセレクトのキノコだけ……晩ごはんは食べられるけど、真っ赤っかの赤字だねぇ」
後ろを歩いている門倉日花里ちゃんたちも、同じように暗い表情だ。装備もボロボロになってきているので、それを見るだけでもパーティの実力と言うのは分かってしまう。修繕費用が足りないので、まだ使えるレベルではあるから、僕が手入れをして延命しつつ辛抱して使っている感じだ。
「タクミくんたちがやりくり上手だから生きてるけど、夏帆ちゃんみたいに娼婦に転職した方が良いかなぁ。やっぱり、蘇生費用が足りない状態で死んだら元も子もないもんねぇ……」
千奈津ちゃんは両手剣の柄に手を置きながら溜息をつく。僕たちがクラスごとこの世界に転移してから数年が経った。別の生き方を選択するクラスメイトたちも出始めているけど、ほとんどのクラスメイトは現状から抜け出せないでいる。
「刀さえあれば……迷宮の深層の魔物だって瞬殺する自信があるんだけどねぇ。この両手剣、絶望的なまでに私に合わないんだよぉ。かと言って、他に合うものもないし……」
「うん、あっちにいる頃の千奈津の居合ってカッコよくて素敵だったもんね。でも諦めよう、これだけ探しても流通してるのすら見たことないんだから……」
日花里ちゃんが千奈津ちゃんの肩をポンポンしながら慰めている。僕たちは暗い気持ちを振り払うために雑談をしながら、拠点へと戻っていくのだった。
********
クラスごとこの異世界に迷い込んできた僕たちのために国が用意してくれたこの建物は、以前は兵舎だったそうで、古いけど作りはしっかりしている。僕たちはここで、ほぼ唯一の職業として許された冒険者稼業をしながら、クラス全体で生活している。すでにかなりの数のクラスメイトは死ぬか行方不明となっており、違う生き方を選んだクラスメイトもいるけど、僕たちは何とか絆を保ちながらこの世界で生き続けている。
「よっ、ただいま。パシリ担当、お疲れ!」
比較的明るい表情で帰還しながら反論のしようがない軽口を叩いてきたのは、2軍パーティーに在籍している吉塚我津くんだ。防御を専門としており、大盾を抱えている。これもだいぶ年季が入っているけど、盾役の存在は重要なので、年に一度は新調している。
「ちょっと、ダメだよぉ? タクミくんの割引率ってバカにならないんだから」
千奈津ちゃんがすかさずフォローしてくれる。向こうにいるときにはそんなに親しくしゃべる間柄でもなかったけど、今は悪友のような関係になっている。
「分かってる、わかってる。ちょっと言ってみただけだって」
こんなことを言うけど、吉塚くんも悪いやつではない。というか、クラスメイトをいじめるくらいに横暴だったり、俺様だったやつは残らずお墓の中に入った。この世界は、スキル持ちでもソロで生きていけるほど甘くはないのだ。
「しかし、5%から成長しないよな、タクミのスキルって。1%のときはみんなで大爆笑だったけど、せめて消費税くらいになってほしいよなぁ」
「あぁ、うん。なかなか上がらないから、きっと上限に達してるんだろうね」
実際には、僕の値引きスキルは95%まで熟練度が上がっている。100円のものを5円で買えるという、猛烈なお得感だ。それでも5%に発動を抑えているのは、このスキルには『必ず値引きを成立させる』という強制力があるものの、相手は値引きした事実を覚えているからだ。
最悪、すぐに追いかけられてボコられるだろうし、良くても次からは品物を売ってくれなくなる。だから、僕は自分のスキルの現状を内緒にしている。
そうこうしているうちに、1軍から4軍まで、すべてのパーティが帰還してきた。今日も全員が生還したことにほっとしながら、手入れが必要な武具を受け取り、換金ができる収穫物を受け取っていく。稼ぎによってお小遣いには差が出るけど、クラス全体で収支を合わせているのだ。今回も収支トントンだなと、頭の中で大まかにソロバンをはじいていく。
「じゃあ、僕はみんなの部屋に個別の注文を届けてくるから。また後で、食堂で会おうね」
慣例によって、明日の冒険のための打ち合わせは1軍から先に行っていく。最後に5軍パーティとの打ち合わせを終えて別れた僕を、日花里ちゃんが追いかけてきた。
「あの、タクミくん。悪いとは思ってるんだけど……」
「わかってるよ。日花里ちゃんたちのパーティーには、注文よりも多めに傷薬を届けるから。収支は赤字になり過ぎないように、少し調整するよ」
「ありがとう。じゃあ、また『いつものお礼』はするから……今日は私が当番なの」
配達を終えた僕は、ついでにその他の御用聞きをしていく。雑用の買い出しでの5%割引のうち、2割が僕の手数料だ。つまり、1%にしかならない。お小遣いの原資となるわずかな個人収入のかなりの割合を、僕は4軍と5軍パーティへの援助に回している。
まぁ詩織ちゃんからも、裏で援助してもらっているおかげなんだけど……正直なところ、4軍と5軍の収支は大赤字であり、1軍と2軍の稼ぎで僕たちは生活を維持している。
本当なら、命の危険がある冒険者以外の仕事をして生きていきたい。でも僕たちには娼婦などの例外を除けば、冒険者稼業しか許されていない。市民権を持たないから、選択肢が極端に少なく、冒険者という3K職場しか用意されていない。兵士として採用してもらうほどには信頼されていない。
そして、職業の自由が得られる市民権は高額の納税によって付与される。
この世界はとっても世知辛い。僕たちはこの仕組みのせいで今の生活から抜け出せないまま、それでも何とか数年を過ごしている。これは、そんな僕と、僕のクラスメイトたちの物語だ。
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