清濁濁濁濁併せ吞む

 「残念ながら兄上はで今朝亡くなられてしまった。お父様もこの通りだ」


 ヘイリオはゴクリと唾を飲み込んだ。ルカが言っているのはロンヴァル家の次を、次期ロンヴァル伯爵家当主をどうするかという事。

 ロンヴァル家の現状ならば縁戚から養子を引き取りロンヴァルの名を継がせるというのが本来の形なのだろう。もしデレイルに何かあればセルゲイはロンヴァルを残すならばそうしたはずだ。しかし、それを判断するはずのセルゲイは呆けてしまっており、ヘイリオから見てもおそらく元に戻る事は無いように見えている。


「兄上は亡くなり。父上は隠していた僕を表に出さなくてはならなくなった」


 ルカはその場で手を広げ踊る様にくるくると回る。


「秘密裏に産まれていたロンヴァルの子。流行り病に侵されていた母親から産まれた子。もし知られてしまえば母と共に火の中にくべられてしまうかもしれない」


 ルカは機嫌が良さそうにヘイゼルの周りをまわる。ルカの口から饒舌に語られる自身の誕生秘話。


「この子を失ってはと思った父と仕える執事は一計を案じる。へこんだ母の腹。腹を裂いて藁を詰め、火の中へ」


 まるで物語の様に語るそれを、ヘイゼルはただただ立ち尽くし聞く事しか出来ない。


「ほとぼりが冷めた頃に表に出そうと決めていた父。しかし、その子に亡き妻の面影を強く感じてしまう。禁忌ともいえる情欲」


「…… それ以上は」


「おやめください」ヘイリオは絞り出す様に口を開く。ルカが語るのは自らの主を貶める内容。しかし、ルカはヘイリオを一瞥すると何事も無かった様に物語を語る。


「誰にも渡してなるものか。父はその子を隠すために王都を後に辺境へ。しかし、悲劇が父を襲う。母の死と隠されていた弟の存在を偶然知ってしまい心を病んでしまった長男は不幸にも事故により儚くなってしまう。更に自らの体調の悪化を察し、隠していた子を表へと出す事にした」


 そこまで語るとピタリとルカはヘイリオの正面で止まる。


「そうだろ?ヘイリオ」


 じっとヘイリオを見つめるルカ。ルカの口元は微笑んでいるがその瞳は一切笑っていない。ヘイリオは大きく息を吸い込み瞳を閉じ、天を仰ぐ。


「…… はい。その通りでございます……


 ヘイリオはまるで悪魔との契約を交わした様な気分だった。ルカはヘイリオの言葉に楽しそうに笑う。


「安心するといい。ヘイリオ、後悔はさせないさ」


 そう言ってルカはベットに腰をかけ、ヘイリオに笑いかける。


「ヘイリオ。そろそろ服を持ってきてくれないか」


「かしこまりました」と一礼をし部屋を出ようと振り返ったところで、ルカの呼び止める声が耳に入る。


「ついでに屋敷の皆を集めておいて」


「挨拶しないとね」そう微笑むルカに再び一礼をするとヘイリオはセルゲイの寝室を後にした。その足取りはまるで寝室から逃げる様であった。



 屋敷のエントランス、二階へ続く大階段を望む、一階部分。そこに屋敷中の人間が集められていた。ヘイリオに集められた使用人達。その顔には今朝の騒ぎを知って不安の表情がみて取れた。


「皆集まって頂きありがとうございます。お話しさせていただなければならない事があり皆には集まってもらいました」


 現れたヘイリオ。その言葉にやはり何か、デレイルの身に何かあったのだと口々に周囲の者達と話し始める。


「静かに!」


 ヘイリオの声に肩をびくりと震わせ皆押し黙る。その姿をヘイリオは確認すると一歩下がり二階、使用人達から見えない場所にいる人物に頭を下げた。その姿に使用人達は頭を下げる。ヘイリオが頭を下げ迎える人物、セルゲイが姿を見せるのだろうと緊張感が走った。


「頭をあげよ」


 聞こえる声に使用人達は戸惑う、予想していたモノと違う声。戸惑いながら顔を上げると使用人達は声を失う。そこにあったのは見た事のない少年の顔。しかし、その顔は何処か既視感のあるものであった。


「オリビア…… 様」


 誰かがそう口にする。それは肖像画で知る名。亡き伯爵夫人の名前。皆がそれに小さく声を上げる。ざわつく様子にヘイリオが声をかけようとするとルカがそれを手で制す。


「皆、忙しい所集まってもらい感謝する。僕の名前はルカ。ルカ・ロンヴァル」


 良く通る変声前のソプラノの声。ルカが声を上げた事で静かになった使用人達、しかしその名前の意味を理解した者達が再び口々に声を上げる。ざわつく使用人達、それをルカもヘイリオも止めようとしない。しかし、自分達を見つめるルカのルビーの瞳に気が付くと一人また一人と口を閉ざし背筋を伸ばす。その姿にルカは一度小さく頷くと口を開く。


 ルカから語られる内容は使用人達にとって驚愕のものであった。デレイルの事故死。セルゲイの不調。そして詳しく語られなかったがある理由から隠されて育てられてきたルカの存在。それらをルカは表現豊かに語る。兄の事を語る時は悲し気に、父の事を語る時は不安げに。まるで演劇を見るようなそれに、使用人達は時折小さく声を上げるも静かに聞き入っている。


「ヘイリオに補佐をしてもらいながらではあるが、僕が…… いや、私、ルカ・ロンヴァルがこの地を守っていくと皆に誓う」


 少年が大人になろうとする小さな輝き。決意を込めた言葉に使用人達はごくりと息をのんだ。


「そして、皆にも頼みたい。この地を!この領を!皆の親を!皆の子を!守るために力を貸してほしい!」


 ルカはそう言って使用人達に深く頭を下げた。貴族の子女が、貴族家を継ぐ者が使用人にこうして深く頭を下げるなど考えられなかった。唖然とした空気、しかしその空気は直ぐには大きな拍手にかき消されるのだった。

 

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転生貴族は微笑む 珈琲飲むと胃が痛い @datth

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