パパとお話

 セルゲイ・ロンヴァルにとって妻オリビアは全てであった。セルゲイとオリビアの出会いは貴族の子女が通う学園であった。父の急死により早くにロンヴァル家を継いだセルゲイ。フリード王国にてロンヴァル家が担っていたのは拷問と処刑。どちらも王国にとって欠かせないものであったが、若いセルゲイの心をすり減らすには十分過ぎるものであった。そんなセルゲイを救ったのが同じ伯爵家であるマクマナス家の次女であったオリビアだった。二人の婚姻は決して祝福されたものではなかった。マクマナス家は武門の一族であり、ロンヴァル家を決して良く思ってなかった。ロンヴァル家の性質上から一部の貴族家から距離を置かれているのも一つであった。マクマナスの反対の中、オリビアは半ば絶縁の様な形でロンヴァル家に嫁いだ。性根の穏やかなセルゲイが責務の中、あがいているのを支える為に。

 長男のデレイルが産まれ、数年後にオリビアは第二子を妊娠。次の子は女の子が良い等と幸せの中、突然セルゲイは絶望に落とされた。出産間際のオリビアの死。王都を襲った流行り病によりオリビアは命を落とした。最愛の女性と産まれる筈だった子の死。それはセルゲイを狂わせるには十分であった。オリビアを忘れる様に一心不乱に責務に取り込むセルゲイ。気が付けばセルゲイは人を傷つける事を厭わなく、むしろ楽しむ様になっていた。

 それはセルゲイだけでなくデレイルも同じであった。むしろセルゲイよりもデレイルの歪みは大きなものになっていた。偶然知ってしまった、デレイルの異常性癖。既に数人の娼婦を手にかけていた事をセルゲイは知ると王に暇を願い、下賜された領地へ引きこもる事にした。

 オリビアの残した宝、セルゲイはデレイルに強くでる事が出来なかった。王国西端の地、王の目の届かぬ場所でデレイルの凶行は歯止めが利かなくなってた。


「オリビア……」


 セルゲイの口から亡き妻の名が漏れた。突然現れた少年にその面影を見てしまった。


「お父様……だと?」


 少年に父と呼ばれセルゲイは目を見開く。目の前のオリビアの面影を色濃く残す少年。全身を真っ赤に濡らす少年の身体がなまめかしく見えてしまい思わず息を飲み込んだ。


「えぇ…… 見て分かりません? そっくりでしょお母様に」


 自らのベットに腰をかけ目を細める少年。その姿が自分をからかう時に見せたオリビアの表情に重なり、思わずセルゲイは少年に手を伸ばす。少年の柔らかな頬、夜の闇を織り込んだような髪。ルビーの様な瞳に淡く色づいた唇。どれもがオリビアと重なり、セルゲイの男の部分を刺激する。少年の頬に触れる手、そこに少年の手が重ねられる。温かな体温がセルゲイの身体を上気させる。


「あぁ、オリビ」


 少年の肩に手を伸ばした時であった。少年の手の平がセルゲイの頬を叩いた。言葉の途中で叩かれたからか、セルゲイの口に血の味が広がる。突然のそれにセルゲイが声を荒げようとした時であった。


『𠮟責のくつわ』


 少年の声が聞こえたと同時にセルゲイの声が奪われる。正確に言えばセルゲイの舌の自由が失われた。舌を下あごに押さえ付けられ、セルゲイの口から洩れるのは言葉にならない呻き声だけ。 


「どうです?お・と・う・さ・ま。ほら、ロンヴァルに相応しいスキルでしょ」


 少年の手がセルゲイの指先に触れると、ふれた指先の爪がはじけ飛ぶ。その痛みにセルゲイは飛び上がり、壁にかけた剣を手に取り少年に向ける。


「こわい、こわい。いいんですか? ロンヴァルにはお父様を覗いたら僕しかもうのに」


 少年はベットのシーツで身体を包み微笑む。真っ赤に汚れた身体。そして自分しかいないという少年の言葉の意味を理解してセルゲイは目を見開いた。トーガのようにシーツを巻いた少年。ゆっくりとセルゲイとの距離を詰める。


のあの様な姿見ていられませんでしたから」


 一歩一歩近づく少年。少年に向けた剣先がかたかたと揺れている。


「また、僕を殺すんですか?あの時みたいに」


 シーツが地面に落ちる。再び裸体を晒す少年の身体にぽっと火がともる。


「あつい、あつい。ご病気だったお母様とお腹にいた僕を燃やした時みたいに」

 

 フリード王国では戦場で命を落とした等の特別な理由がない場合、本来は土葬である。死体を燃やす行為はその魂まで燃やしてしまうとされていた。神の御前に向かう魂を燃やすというのは、死後の尊厳を奪うとされ忌避される行為の一つとされている。戦場や旅先で焼く場合でも髪等の身体の一部を持ち帰るのが常であった。オリビアが亡くなったのは王都内であったが死因が流行り病によるもの。人へとうつるとされたその病で無くなった者の遺体は感染を防ぐために貴賤卑賎関係なく燃やされる事になった。その際、万全を期すために身体の一部を切り取る事すら許される事はなかった。


「あっ…… あっ」


 燃え上がる少年の身体。不思議とその炎は少年だけを燃やし、周囲に広がる事はない。その光景にセルゲイの手から剣が滑り落ちる。


「ダメだ!ダメだ!」


 駆け寄り少年を燃やす炎を手で払う。頭では目の前で炎に包まれている少年が自分の子の筈がないと分かっていた。分かっていたのに、セルゲイの身体は勝手に動いていた。肉の焼ける匂いがセルゲイの鼻をつく。かつて何度も嗅いだ匂いだが、自分が焼かれている匂いは初めてだった。どれだけセルゲイが炎を払っても少年をセルゲイ自身を包む炎は消える事はなかった。

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