第2話 うなぎを喰らう
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前回のあらすじ(11/19更新)
ウナギを釣ったので幼馴染の彼女に自慢しようと家を訪ねたら、なぜか彼女は転校生のウナギを頬張っていたという次第。いろんなウナギがメタファーとなり、互いに交錯し合うなか、そこには3本のウナギが独立して存在していた。ウナギが新たなウナギを呼び寄せ(?)、そして右手に馴染んだウナギは複雑な感情を抱かずにはいられない状態。果たして、ウナギたちはどうなってしまうのか?
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【続き】
唐突な不幸ほど、人生を狂わすものはないと思っている。それは、前もって準備されていた、要するに、予期できる不幸とは次元の異なる領域にある。
深い悲しみが襲うのは後者。
前者は……。とてもじゃないが、形容などできない。できてたまるものか。この感情をそっくりそのまま他人に、いや……
『自分という存在に』であってさえも、伝えることなんて不可能なのだから。
これが我を失うという感覚か。
文字通りという言葉の使いどころが、これほどしっくり来たのは初めてのことだ。
離れていく。心が二つに。まるで、一つの肉体に二つの魂が宿っているみたいに。
空虚になる。
激しい嗚咽。
「おえええええええええええええええええええええええええええぇぇぇっぇぇぇ」
時間差で来た。目の前で踊りくねっている『ウナギ』の上に、僕は夕方の、ほとんど昼食が消化されて何も残っていない、薄黄色の胃液を大量にかけた。
『ウナギ』はさらに激しく踊り狂った。苦しみが脳天を貫き、脊髄の至るところから痛みの信号が、痛みという現象が、それを苦しめていた。
「おっおえええええええええええええええええええええええええ」
二回目。
頭では何も何も、事が進んでいないように思えても、実際のところ、体ではこれほどまでの反応が生じている。
「苦しい、苦しい……」
僕はそのとき、初めて『苦しい』といった。心より先に体が苦しいといったようだった。
「なんで、どうして……」
さっきまでの現実逃避の余裕が、ふつふつとこみ上げてくる激情により洗い流されているかのように。
心が体の生体反応を入力とした関数の出力でしかないといったように。
体が全てで、心は仮初の、僕たちが感じていることだけが存在としての根拠であるただの二次的な虚構なのかもしれない。
「友樹……」
真理愛がやっと口を開いた。
ずっとずっと僕の声だけが空しく響き渡っていた空間に、いつもの聞き慣れた、しかし焦燥しきった声が静かに響き渡った。
「これは虚構よ」
しかし、そこから発せられた言葉は、あまりに予想外なものだった。
「…………何を言ってるんだ、お前は?」
僕は真理愛を、ほとんど変質者を見るかのような目で捉えている。それほどまでに、彼女の言葉が信じられないほど愚かな弁明に聞こえてしまったからだ。
「だから、これは虚構なの。正確には、存在しないものを存在せしめるための仕組み……」
真理愛は、おそらくは、この世で一番、訳の分からない開き直りをしている人物なのかもしれない。それこそ、TOPを競えるほどの……。
僕はそのような印象を真理愛に受けた。要は、もう真理愛とって僕はどうでもいい存在なのかもしれないと、そう感じとった。
いま真理愛は言い訳をしてはいけない状況にある。これは紛れもない事実だ。しかし、真理愛は信じられない論理の『言い訳』を披露している。それも、転校生のウナギを放置したままだ。
このままでは、転校生も虚構で、僕も、真理愛も、ウナギも、この世界も、全てのものが虚構だったと言わんばかりの勢いである。
そんな馬鹿な話があってたまるものか。なんだ、このふざけた話は……。
「ふざけた話ですって?」
真理愛の態度が、少しづつ好戦的になってきている。
しかし、どういうことだ?
なぜ、僕の心のうちがわかる?
なぜ、ふざけた話という言葉が、真理愛の発した言葉の「文脈」から生じる?
繋がっている?
何と何が?
僕と真理愛が?
いや、実際に繋がっていたのは、僕ではないじゃないか。
転校生だ。
転校生のウナギと真理愛の口が繋がっていたんじゃないか。
「ねぇ、友樹」
真理愛が僕の傍まで、やってくる。
僕の胃液とウナギを踏みつけて。
そこには、非現実的なまでに、生々しい光景と感情があった。
「虚構と事実の違いってわかる?」
「えっ……」
押されている。真理愛に、何もかも、押されている。
言葉も、目の前の光景も、この状況も、そして僕の思考も……
流されていく。彼女のペースに。
なんだ、この感覚は。
なんだ、この現象は?
なんなんだ?????
「それはねぇ……」
真理愛はそう言うと、チャックをジジジと開けた。
そして、ボロンと僕のウナギは飛び出した。
ウナギのメタファーが全面に飛び出して、もはやそれは意味を為さなくなった。
「ちっちゃいウナギ」
真理愛はそう言うと、うなぎを食らった。
そして、僕はそのとき悟った。
「ああ、これは虚構だ。紛れもない……」
「何言ってんの、これが事実だよ」
真理愛がウナギから口を離して、はっきりとそう言った。
虚構と事実が融合して、区別のなくなった音がした。
僕はその瞬間、意識を失った。
真っ白な無が僕を襲った。
【続く】
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