幼馴染の彼女が転校生に寝取られていた。ウナギを釣り上げた、そのあとに。僕はあまりにも惨めだった。

ネムノキ

第1話 うなぎを釣っただけなのに

 ヤマタノオロチみたいなHNのユーチューバーがうなぎを釣っている動画を見て、僕はなんとしてでも、ウナギを自分で釣ってみたくなった。


 釣りなんて、生まれてこのかた、したことがなかったけれど、どういうわけかその立派な黒光りした一本の棒を液晶越しに見てしまってから、僕はそれの虜になってしまったのだ。


 中学の同クラで隣の席の男子に、そのことを話してみたところ、『一本の棒』と『虜』という言葉の組み合わせが駄目だったらしく、変態のレッテルをなぜか貼られてしまった。世の中、むっつりスケベが多くて困るものだ。こちとら、それを狙って言っているわけではないというのに。


 しかし、いざ釣りを始めるとなると、金がいる。中学生のお財布事情は知っての通り厳しいわけだから、おいそれと釣り竿やリールが買えるわけではない。100均で釣り具が買えるようになった昨今であっても、中学生にとって痛い出費であることは変わりない。


 そこでまずは手始めに、手元にある材料でウナギを釣ってみることに決めた。


 そのための情報収集に関しては、現代はさらに簡単(?)になったものである。


 ウナギ釣りに関係するユーチューブのおすすめ動画を怠惰に見ていれば、それなりに『ウナギを釣るための準備』が幅広く知れるわけだから、便利な世の中になったものだ。自ら求めて、必要な情報をサーチしなければならなかった時代ははるか昔へと流れ去ってしまったということか。。。


 時間は比較的かかるかもしれないが、ひたすらに動画を垂れ流しにしていれば、いつかは必要な情報に巡り合うわけだから、いやはや、これは受動的すぎる情報収集といったところか。


 僕はウナギ釣りの動画をほとんど、見尽くしたあとに、ぼんやりと頭のなかに残っている『ペットボトル釣法』という言葉を頼りに、適宜こまかい情報は調べて補足しながら、なんとか仕掛けを完成させることができた。


 なんと、釣り竿やリール無しで『タックル』を準備することができた。その準備のなかで、しっかりと釣り業界の用語も少しづつではあるが、覚えることも出来た。久しぶりに趣味の世界へ入り込んで、少しづつその世界を開拓していく楽しさを実感している。


 そのなかで、糸の結び方は奥が深く、たくさんの方法があることを知った。漁師結びやブラッドノット、FGノットなどの基本的な結び方をまずは覚えることになった。


 糸の結び方の奥深さを、幼馴染の彼女にビデオ通話越しに実演混じりで話したところ、かなりの興味なさげな対応をされて、同じ人間であっても趣味の違いの激しいことを実感することとなった。


 とまぁ……。


 ここまでは、前置きで。


 僕はこうして、いま。ウナギ釣りの準備を済まして、仕掛けをテント用のピックでしっかりと固定しているところだった。餌のミミズは、家の畑から採取した。家庭菜園をしている母親に感謝しかない。ありがとう。


 太陽が地平線の向こうへと沈んで、辺りがオレンジ色にぼんやりと染まるころ、夕マズメの頃合いだった。


 あたりはシンと静まり返り、人影は何もない。あるのは、自分の少し息のあがった呼吸の音と、靴底の地面にすれる音、川の流れが岩にあたりちょろちょろと静かにたてる水の音、鬱蒼とした草木の擦れる音、くらいだった。


 全てが自然。あるのは、自然。普段は踏み入れない場所で、ひとり、ウナギを釣る男。


 僕はその状況に思いを馳せ、空を見上げた。空は雲一つなく、紺色の夜が辺りを覆い始めている。


 僕は仕掛けを4か所ほど、距離をおきながら、全てを設置した。


 すっかり暗くなったあたりを、僕はスマホの微かなライトで照らしながら、やっとのことで自転車を止めてある場所までたどり着く。


「ウナギ、釣れるといいな」


 接触式の少し古い発電ユニットを搭載した通学用自転車の、ギシギシと鳴る音を響かせて、僕は帰路についた。




★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★




 翌日の放課後。


 僕はバケツを右手に、左手を自転車のハンドルに乗せて、ふらふらしながら、彼女の家まで必死の思いで自転車を漕いでいる。


 バケツのなかには、少しの水と、なにやら黒い一本のにょろにょろとした棒がひとつ、入っている。



「はぁ、はぁ……やった!釣れた!初めてのトライで釣れた!!!!」


 

 僕は見事、ウナギを釣り上げていた。しかも、かなりいいサイズのウナギだった。かば焼きにして食べたら、かなりのボリュームになるだろう。


 幼馴染の彼女は、虫や魚が苦手な人であることは理解していたが、少しだけなら見せにいってもいいだろう、という誰かに自慢したい心が、胸をいっぱいに満たしていた。



「彼女の家ではさすがに捌けないだろうから、見せるだけ!見せるだけ!ちょっとだけだから、いいよね」



 正直、彼女の嫌がる悲鳴を少しだけ聞きたかったからという、邪な考えがなかったとは言い切れない。そのあたりは、少年の幼い心を捨てきれないままの、中学生としかいえない。


 でも、そういうのも含めて、青春だよなって、僕は思うんだ。


 そういうことで、じゃれ合うことのできる君が、僕は好きだと思うんだ。今までも、そして、これからも。



「でっかい、ウナギ!!!!釣ってきたよーーーーー!!!!!!」



 僕はそう言って、彼女の家を、インターホン無しでいつものように入っていったのだった。


 そして、そこで……


 入った目の前のリビングへとつながる廊下の真ん中で……


 僕が釣り上げたウナギよりも大きなウナギにかぶりついている君を、見てしまったんだ。



「えっ……なにこれ」



 よくみると、そのウナギの持ち主は一か月前にこっちへ来たばかりの、東京の転校生だった。イケメンで、女子からは黄色い声を浴び続けていた、あの転校生…だった。



「あ、え、うそ……。なんで、友樹ともきがここに……」



 幼馴染の真理愛まりあは、ウナギから口を離して、僕を驚愕の顔で震えながら見つめている。



「……え、ああ、ええっと。僕の釣ってきたウナギも食べます?」



 僕は、あまりの出来事にふざけることしかできなかった。そう。怒りより前に、現実を認めたくない防衛本能が、精神を支配してしまっていた。




「ほら、こんなに大きなウナギ、釣れたんだよ!すごいでしょ!」



 僕はバケツからウナギを手づかみで取り出し、そして掲げた。



「すごいでしょ!」



 ウナギが僕の手から、ヌルリと滑り出し、そしてドテッと彼女たちの前に落ちて、体をくねらせている。



「……」

「…………」



 幼馴染と転校生は身動きが取れないまま、そのウナギをじっと見つめている。

 僕もまた、ウナギを見て、沈黙している。


 次第に涙がこみ上げてきた。


 ウナギを初めて釣った達成感のあとに、唐突にやってきたNTR。


 僕はやっと状況を理解し始めて、現実を受け入れつつある。



「なんで、こんなこと」

「……」

「…………」


 二人とも何も答えない。発しない。空気と化している。

 何も言い訳しない。何も、何も、必死にならない。

 あるのは、ただただ通り過ぎていく時間だけ。



「うなぎと僕が惨めすぎるだろ……」

「……」

「…………」



 僕の釣った大きなウナギが、未だ収納されていない転校生のウナギの下で、くねくねと体を動かしていた。



【続く】 

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