第89話


ヒロが逃げ出すより早くに、俺はヒロの足首を引っ掛けた。



「ぅわ!」と声を上げ、ヒロはあっけなく床に沈む。



倒れた拍子に床に背中を打ちつけたのだろう、



「痛っ……」と呻いてヒロは顔をしかめた。



暴れなければ必要最小限で済んだろうに、バカなヒロだぜ。



ヒロの顔に俺の影が落ち、ヒロは顔を引きつらせた。




――――


――



ヒロは―――、セックスに対して淡白な方だと思う。相手が男とかそうゆうのじゃなく、こいつはきっと女に対してもこんな風なんだろう。



だけどそれ以上に俺とのセックスがあまり好きじゃない様子。



理由は―――



「っぃて!」



ヒロの中に入れるとき、ヒロはいつも苦しそうに声を上げる。



ぎゅっと固く目を閉じ、酸素を求めるかのように口を開いて。



上から見ると、その表情でさえこっちを煽っているようにしか見えないけど、ヒロはきっと辛いんだろうな。



空調が利いて室内は適温なはずなのに、その滑らかな額に汗を浮かべている。



額に流れる前髪の先が汗で光ってきれいだった。



縋りつくように俺の腕を握ってくる力は結構なものだ。





苛めてやる―――と口で言ったものの、俺はそんなつもり毛頭ない。





俺はヒロに傷つけるようなことはしたことないし(多少強引だけど)したくもない。いつでもヒロを可愛がってるつもりだ(心から♪)



「ヒロ。力抜け。いい子だから……」



苦しそうに表情を歪めるヒロの頬や額にそっと触れ、宥めるように口付けを落とすと、



「ぅー…」と小さく唸り声を上げて、



熱のこもった腕を俺の首に巻きつけてくる。






「……3.14159 26535 89793 23846……」






まるで暗号めいた…呪文のような言葉を俺の耳元で囁いて。




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