第53話


30分経っても周は部屋から出てくることはなかった。



でも……ここは……周の香りで溢れている。



どこにいても周に抱きしめられてる感覚に陥る。



たとえあいつが意味不明でも、俺にはあいつが全てで―――こんな気持ち初めてだ……



なんて乙女チックな考えを浮かべていたものの、肝心の本人に会えなきゃ意味がない。



諦めて今日は帰るか?なんて思い始め、ソファに置いた上着を羽織ろうとしたが手が滑って上着が床に落ちた。



中から定期券とか家の鍵とかが散らばった。



あーあ…やっちまったよ。のろのろと拾おうとして、俺の手が止まった。



あれ?俺のIDカード(社員証)がない。



どっかに落とした??



いやいや…あんな大事なものを落としたら一大事だ。



会社に忘れてきたか?



あのIDカードを備え付けてあるスキャナーでスキャンがなければ会社を出ることはできても入ることはできない。その他にも会社の極秘データを扱うときなんかも必要だ。



ヤバイな……



そう思って立ち上がった。



まだ作業が続いてるだろう寝室のドアをノックして、



「周、悪いけど俺会社に戻るわ。IDカード忘れたかもしれないから」



一言断りを入れ、身を翻すと、



「IDカード?」と周が顔を出した。



直線的なフレームのメガネを外すと、周は少しだけ眉をひそめた。



見慣れないメガネ姿だったのか、その仕草に…その表情に、ドキリと胸が鳴った。



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