第16話


「何だよ。死人にでも会った顔しやがって。お前のスマホを親切な俺様がわざわざ届けてやったって言うのに」



なんて言いながら、男……いや、周は俺の黒いスマホを目の前にかざした。



「それはありがとう。じゃ」



そう言って引ったくろうとするが、男はさっと手を上げて意地悪そうに笑った。



「これは人質だ。返して欲しくば今日俺の部屋に来い」



「はぁ!」



素っ頓狂な声を上げると、突如腕を引っ張られて俺は周に引き寄せられた。



爽やかな香りが、今日は昨夜より少しだけ甘い香りを含んでいる。



心地良い香りに一瞬眩暈を起こしそうなほど惹かれた。






はっとなって、俺は慌てて周を押し戻した。



「な、何してんだよ!」



「何ってハグ?エレベーター閉まりそうになってたから」



「こんなところで堂々と言い切るな!」



喚きたいのをこらえて、俺は声のトーンを落としながら必死に周を睨んだ。



ここは会社だ。



男とデキてるなんて変な噂が流れたら、それこそ俺の築き上げてきたものが水の泡だ。





「ちっせぇことで喚くなよ。来る?来ない?スマホが欲しくない?欲しい?どっちだよ」




と周は短気そうに腕を組んだ。



なんっで、お前はそこまで自由人なんだよ!



わなわなと肩を震わせていると、



「比奈~、今日は桐ヶ谷主任とデートじゃないの?」と、覚えのある声が聞こえてきた。



「ん~……」



比奈と同期の塩田しおたさんの声だ。比奈の声も聞こえる。



俺は声のする方を振り返った。



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