第3話
いや、名前なんて聞いてないんだけど…
「おたくは?」
「……え?」
「名前。なんてぇの?」男はグラスに入ったビールを一口飲むと、香りと同じぐらい爽やかな笑顔を浮かべた。
あんまりさらりと聞かれたから、
「ヒロ。桐ヶ谷 ヒロ」
なんて普通に答えてしまった。
「ふぅん、ヒロね」
男は意味深にふっと口の端に笑みを浮かべると、椅子を寄せてきた。
「あの?」怪訝そうに目だけを上げると、
「何でおたくの話に突っ込むのかって?あんな大きな独り言漏らされれば、ツッコんでくださいとしか聞こえねぇよ」
と男は薄く笑う。
俺……そんな声でかかった?今更ながら恥ずかしい。
思わず顔を俯かせると、
「まぁまぁ失恋ぐらい、どうってことねぇよ。そのルックスだったら引く手数多だろ?」と男はにやにや。
俺は目を細めて、それでも男からちょっとだけ視線を外した。
まぁそれなりにモテる……のかなぁ。
社内の女の子たちからは時々食事に誘われる。
これはモテてる内に入らねぇだろなぁ…
だけど比奈(さっきまで俺の恋人だった女)に悪いと思ったから、その時々でさえ全部断ってきた。
こんなことならもっと遊んでおけば良かった、と後悔するも、それでもやっぱり俺にそんな器用なことが出来るはずもなく、
結局のところ、俺にはそれだけの勇気がなかった。
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