第14話
種沢と岡谷は二人揃ってスーツを着ていた。
「なんだお前、七五三かよ」
「うるせえな。人のこと言えんだろうが。お前こそ就活生にしか見えねえよ」
二人は高槻法律事務所への道中だった。
梅雨が明けたばかりで、もう陽は強かった。その炎天の下、着慣れないスーツを着て二人はJR神田駅東口を出たところだった。
高槻法律事務所までは駅からたったの三分足らずだった。
古ぼけ煤けた雑居ビルの三階で、すぐ下には怪しげな金融屋や何をやっているのか分からない事務所が入っていた。
種沢は高槻法律事務所の扉をノックした。
「フォーカスエンジン社の種沢です」
中の人の気配が動いた。
「はい。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
その男は種沢たちと同世代に見えた。スーツを着て、まだ人慣れしていないような童顔だった。おそらく司法試験に受かってこの事務所で修行中の若手弁護士だろう。
事務所内は狭かった。部屋の中央に三人掛けのソファが二つ、その窓際には執務デスクが二つ、壁一面はスチールラックで、ファイルがぎっちり詰まっていた。他には次の部屋へ続く扉が一つ。二〇平米もない部屋は物でぎっしりだった。
執務デスクにいた二人の男が立ち上がり、笑顔で種沢と岡谷を出迎えた。
「お待ちしておりました。さ、どうぞ」
と種沢たちをソファに促した。
四人がソファに座る直前に違いに名刺交換した。
高槻法律事務所
弁護士 高槻治夫
高槻法律事務所
弁護士 高橋三雄
二人とも弁護士だった。名刺はとても簡素な物で、二人の所属と氏名、連絡先の電話番号と住所しか書かれていなかった。
名刺交換が終わると、四人は着席した。
「こう言っては失礼かも知れませんが、こんなにお若いのに取締役なんですね」
と高槻が驚いて見せた。
「ITベンチャーはだいたいそんなものですよ」と岡谷が応えた。
「オーウェンシーズの浦沢さんからのご紹介とのことですが」
種沢が返事をした。
「ええ。お恥ずかしながら弊社には顧問弁護士もいませんし、法曹界に伝手がないもので」
「まあ、そういったお話はまた後日にしませんか。弁護士への相談は三〇分五〇〇〇円からが相場ですから、さっそく本題へ参りましょう」
高槻と高橋はノートを取り出した。
種沢がことのいきさつを説明して、本間との三ツ葉銀行との融資契約の際の音声データと片倉が語ったICレコーダの録音を二人の弁護士に聞かせた。
「先生、どうでしょう。これがあれば三ツ葉銀行の不正を法で裁くことはできませんでしょうか」
高橋が渋面を作った。
「確かにこの証言通りであれば銀行法違反の可能性が非常に高いですね」
種沢と岡谷はやっぱり、と腑に落ちた。
高槻が続けた。
「ですが、証言だけでは実際の裁判なり告発なりには証拠が不十分です。もっと具体的な物、不正融資の契約書ですとか出納帳ですとか、そういった物はありませんか」
「弊社と三ツ銀行、三ツ葉信用調査と取り交わした契約書があります」
岡谷は鞄から二通の契約書を二人に渡した。
高槻と高橋はその契約書を丹念に確認していった。ときおり二人は溜息を吐いた。
二人が契約書を確認するのに七分ほどかかった。それほどこの契約書は普通の融資の契約書ではなく、罠が仕掛けられたものだったのだ。
高槻が口を開いた。
「ただの融資の契約書ではありませんね」
「やはりそうでしたか」
「ですが、法的にマズいところはありません」
種沢と岡谷はその返事は想定内だった。
「では、もっと具体的な証拠さえあれば金融監督庁へ告発できると?」
高槻と高橋はやや仰け反った。
「いや、そうでもないでしょう」
この回答は種沢と岡谷には意外だった。
「この二件の契約は全く別物、ということになっています。一報は三ツ葉銀行さんからの融資の契約、もう一方は三ツ葉信用調査との契約。この二つに法的にはなんら関係がありません」
「その三ツ葉銀行さんと三ツ葉信用調査さんの繋がりが見付けられればよい、ということでしょうか」
「ええ。そこを起点にして何らかの金品の遣り取りが見付かれば、告発は有効になるかもしれません」
三ツ葉銀行と三ツ葉信用調査との金品の遣り取り――これを近藤は本当に追えるだろうか。種沢は心配よりも疑問を感じた。
「確かに社名からその二つの会社は関連があるように見えますが、実際の登記を確認してみないとなんとも言えませんね」
種沢が高槻に言った。
「本間さんによれば、三ツ葉信用調査は三ツ葉銀行の子会社だ、と契約の時に言ってました。だから私もその言葉を、三ツ葉信用調査を信用したんです」
その言葉を弁護士二人が一斉にノートへメモした。
「で、その時の録音はありましたが、書面での記録はありませんか?」
種沢が応えた。
「先ほどお聞かせしたものが全てです」
高橋が「他に同様の契約を結んだ会社さん、いませんか?」と尋ねた。
岡谷が「いいえ、他社さんのことはちょっと……」と応えた。
弁護士二人はあくまで毅然としていたが、諦めの顔を隠していた。
「この録音がもし全て正しかったとして、他に物証がないと動きづらいですね」
種沢が訊いた。
「それでは改めて本間さんに契約内容を確認する態で、三ツ葉銀行の子会社が三ツ葉信用調査である、という証言を引き出せばよいでしょうか」
高槻が諫めるように言った。
「確かにそうかもしれませんが、それは誘導尋問になりかねないですし、後で本間さんが『あれは錯誤だった』と証言すれば全てご破算になります。重要なのは物証です。証言だけでは勝てません。おそらくですが、その本間さんは裏帳簿か何かつけているでしょうから、そういったものがないと、こちらとしては弱いですね」
高橋が言葉を継いだ。
「しかし、本来なら一〇〇〇万の融資のご希望だったとのことですので、上乗せされた五〇〇万と三ツ葉信用調査への契約は錯誤だった、ということはできそうですね」
種沢が食い付いた。
「つまり、五〇〇万は払わなくてよくなりそう、ということでしょうか」
「その線で攻めることはできます。ですが満額五〇〇万というわけにはいかないでしょう」
種沢にはそれが不満だった。
種沢の不満はフォーカスエンジン社への不当な融資と裏金作りに加担させられたことへの憤懣であって、自社の保身ではなかった。本間の行っている不正義を正すのが種沢の本心だった。
だが「物証」となると、さすがに近藤を使っても確保するのは難しい、あるいは不可能だということはすぐに予想できた。
種沢は二人の弁護士に訊いた。
「その物証なのですが、裏帳簿以外にはどんなものがあればいいんでしょうか」
高槻が応えた。
「まずは三ツ葉銀行と三ツ葉信用調査とを結びつける証拠が必要です。おそらくですが、登記上はこの二社は全く別物となっているでしょう。ですが事実上、繋がりがあれば何らかの書類があるはずです。それと本間さんがその二社に関わっている証拠です。三ツ葉銀行さんですと副業禁止の条項が変更されて、副業自由になりましたから、その副業の線を調べてみるのもいいかも知れません。それに三ツ葉信用調査ですが、そもそも株式会社なので株主がいるはずです。そこをあたってみてはいかがでしょうか」
種沢と岡谷はその言葉を一文漏らさずメモした。岡谷が高橋に言った。
「ありがとうございます。現状では証拠不充分ということは分かりました。これから我々で独自に調査してみます」
その「調査」という言葉に高槻が反応した。
「調査するのはいいんですが、くれぐれも合法の範囲内にして下さいね。こう言っては失礼かも知れませんが、その『独自調査』というのは、興信所で行うものですか」
種沢が「いいえ」と応えた。
「それでしたら充分ご注意ください。もし違法に得られた証拠は逆に裁判で不利に働くこともあります。できればプロにお任せするのをお薦めします」
「そうですか。ですが相手が相手ですから、中々尻尾を出さないと思うんですよ」
「その考え方は危険ですよ。我々弁護士にできることは法の範囲内のことです。もし法を逸脱した行為があれば、我々はご協力できなくなるかも知れません」
「大丈夫です。こちらも普通の会社組織です。無理なことはしません」
「そうですか。ぜひそうして下さい。ところで、今後のことなんですが」
「なんでしょうか」
「われわれ高槻法律事務所と正式に契約しますか? 今回の事案はひょっとすると、こういった簡単な法律相談だけでは解決できなさそうですが」
岡谷が即答した。
「はい。ぜひ契約させてください」
種沢も頷いた。
「事案としては三ツ葉銀行と三ツ葉信用調査との間に結ばれた契約が不当である、過剰融資を強いられた、ということでよろしいでしょうか」
「それでお願いします」
高槻法律事務所との正式な契約は思いのほか簡便だった。
種沢はこんなことなら近藤に調査させるよりも正面切って弁護士を立てて三ツ葉銀行に楯突けばよかったかも知れない、と思った。
高槻法律事務所との契約書の交換が終わると、種沢と岡谷は真っ直ぐ恵比寿のフォーカスエンジン社に戻った。
種沢は近藤に会社の電話で連絡した。
「もしもし」
「種沢さん、お疲れ様です」
「今どこにいます?」
「片倉の自宅アパートのすぐ近くです。片倉の部屋の出入り口が見えるところで車で駐車しています。この数日、片倉は家を出ていませんね。不審な行動はありあせん。あ、それとですね」
「何ですか」
「私、尾行されてるみたいです」
尾行? 誰が? なぜ?
「私を尾行しているということは、三ツ葉銀行の誰か、まあ、本間さんと笹沼さんしかいませんが、そのどちらかが手配したんでしょう」
「どうして尾行されてると分かったんですか」
「いや、私の車の後ろにずっと足立ナンバーのプリウスがいるんですよ。しかも常に誰か乗車してるんです。おかしいでしょ? 最初は我々以外の誰かが片倉を見張ってるのかとも思ったんですが、私がコンビニへおにぎりを買いに行ったとき、そのプリウスから人が出てきて付かず離れずなんですよ。もう、笑っちゃうぐらい分かり易い。あれ、本職の探偵なんですかねえ。あまりにも分かり易い」
近藤は微笑した。
「それは分かった。こっちは高槻法律事務所へ行って正式に弁護の契約を交わしてきました」
「ほう、これから本格的にドンパチが始まるんですね」
「それが弁護士先生が言うには、証言だけじゃなくて物証が欲しいそうなんだ」
「物証? 物証ですか。そんな物が本当にあるんでしょうか。相手は銀行員ですよ。まさか銀行に忍び込んでPCをクラックするわけにもいきませんし、第一、そんな映画みたいなこと、現実にはできませんよ。そもそも物としての証拠があるかどうかが疑わしい。なんせ相手は銀行マンですからね。証拠そのものがそもそも存在しないかも知れない」
「三ツ葉銀行と三ツ葉信用調査との繋がりが見付けられればいいんです。何か手はありませんか?」
「うーん……片倉のスマホの通信履歴を見るとか、電話帳を見るとか?」
「それぐらいしかできないでしょうが、やってもらえませんか」
「ええ。いいでしょう」
近藤は車を降りて片倉の部屋へ向かった。
近藤は片倉の部屋のチャイムを鳴らした。
「フォーカスエンジンの近藤です。片倉さん、いらっしゃるんでしょ! こっちはずっと見張ってたんですから分かってますよ! 下手に居留守を使うなら一一〇番しますよ!」
ややあって扉が開いた。
「また近藤さんですか」
「ちょっとお邪魔しますよ」
近藤は強引に片倉の部屋に入った。
「今日は何のご用件でしょうか」
「片倉さんの身元調査ですよ」
「身元調査?」
「いえ、大したことじゃないんです。今の仕事のことと連絡先を教えていただければ結構です」
「……はあ」
「あ、これは動画で撮影しておきますね」
まずは片倉の履歴からもう一度教えてもらった。高校卒業から安いサラリーマンを経て運送会社を建てて独立したこと。そして資金繰りが悪化して三ツ葉銀行の融資を受けたこと。そして本間との出会い。現職の三ツ葉信用調査の社長に就任した経緯。
「こんなものもありますよ」
と、片倉は三ツ葉信用調査の社長の委任状を持ち出した。近藤はそれをスマホで撮影した。
「そう言えば、片倉さん、ご親戚は?」
「遠縁の親戚が三軒あるだけで、今は音信不通です。兄弟もいませんし両親はとっくの昔に亡くなっております」
「もうちょっと詳しく教えていただけませんか」
片倉は自分の親戚縁者の氏名と繋がりを語り出した。近藤はそれをメモしていった。
「いや、片倉さん。あなたは本当に苦労人なんですね」
「そう言っていただけると、なんだか気恥ずかしいようで……」
「こう言っちゃ何ですが、片倉さんが三ツ葉銀行の本間さんに見出されたのは、ごく自然の流れのように感じます」
「そうでしょうか……」
ここまでは近藤が張ったブラフだった。実際、片倉の経歴などどうでもよかった。近藤は片倉に自分の人となりを見せて少しでも緊張感や敵愾心を持たせないための作戦だった。近藤が片倉に少しでも親近感を持たせるための詐術だったのだ。その手にまんまと片倉は乗ったのだ。
近藤の欲しい情報はこれからのことだった。
「それじゃあ、次は現在の生活状況を教えて下さい」
「はい」
近藤はスマホを片倉に向けた。
「片倉さん、現在の交友関係を教えていただくために、スマホの電話帳を見せていただけませんか」
「ええ……はい」
「その一人一人との交友関係も教えて下さい」
「はい」
片倉は「あ」の段から始まる電話帳に記載された人物を一人ずつ紹介していった。総勢で二六人分しかなかった。その中にはもちろん三ツ葉銀行の本間・笹沼もいた。しかし三ツ葉信用調査の株主、谷屋・狭間の名前はなかった。近藤はその点を片倉に指摘した。
「ええ。連絡先は知らないんです。なんせ株主ですから、直接お会いすることはないんです。顔を見るのは株主総会の時だけです」
「そうですか。それでは次に通話記録を見せていただけませんか」
「ああ……はいはい」
片倉がスマホを操作して近藤のスマホへ映るように見せた。
通話記録もそれほど多くはなかった。時折、馴染みの飲み屋で知り合った連中と電話するだけだった。
「いや、一緒に吞まないか、とお誘いが来るんです」
「ほう」
近藤は興味を持った振りをした。その子細を片倉に問い、片倉は笑顔でその時の話題を口にした。近藤はいちいち頷いて話しを促した。
そんなことはどうでもいい。早く本間か笹沼との記録を見せろ、と近藤は内心で思った。
「あ、たまに三ツ葉銀行の本間さんから電話が来るんですね」
近藤は目敏く本間の名前を指摘した。
「ええ。本間さんは月に二回か三回、電話をいただきます」
「ほう、どういったご用件なんでしょう」
「ええ。本間さんのことですから三ツ葉信用調査の件ですね」
ようやく欲しい情報に辿り着いた。
「とすると、本間さんは三ツ葉信用調査と密に連絡をとっていると?」
「ええ。実際の三ツ葉信用調査の業務は本間さんが行っていますから、その作業報告とか決済の報告なんかを連絡いただいてます」
これだ! やっと本筋を掴んだ!
「で、銀行さんのことですから、お金に関する報告があると思うんですが、その記録はありますか?」
片倉は困った顔をした。
「ところがですねえ、実際、三ツ葉信用調査のことは本間さんに任せっきりで、確かに数字の報告はあるんですけど、メモしてないんですよ」
なんという杜撰な、と近藤は思ったが、それぐらいの手抜かりは片倉ならやりそうなものだ、とも思った。
「じゃあ、実際の三ツ葉信用調査のことは本間さん一人きりで切り盛りしていると?」
「私の方ではそこまでは知りません。少なくとも社長の私との連絡係は本間さん一人でやってます。三ツ葉銀行さんの内部で、本間さんの部下に手伝わせているかもしれませんねえ」
そんなことはあり得ない。裏金作りのペーパーカンパニーの存在を行内で知られてしまっては、そもそも本間も笹沼もやっていけない。
片倉はどこまでもお人好しだ。だからこそ本間も笹沼も、どこまでも片倉につけいるのだ。
「そうでしたか。いやあ、何と言っても社長さんですから、全部の数字をご存じなのかと思ってましたよ」
「いえ、面目ない。私がチェックしているのは毎月二五日に振り込まれる給料の五〇万と弁済の三〇万だけなんです」
「そうでしたか。でも手元に二〇万しかないのなら、生活も厳しいんじゃないですか」
「ええ。正直、厳しいです」
「給料の振り込み名義は三ツ葉信用調査からですか?」
「いえ、本間さん個人の名義の口座からです」
「あの……難しいのは承知でお願いするんですが、その通帳、見せてもらえませんか?」
片倉は驚いた。
「いや、そこまではちょっと……」
「預金残高を知りたいんじゃないんです。片倉さんと本間さんが繋がっている、ということを知りたいんです」
「でも……」
「これは本間さんの犯罪を暴露するために必要なことなんです。片倉さんも薄々気付いてるんじゃないですか? こんな裏稼業、早々長続きはしないって」
「まあ、それはそうですが……」
「本間さんは片倉さんの名義を使って何をやっているかご存じですか? 不正融資なんですよ。三ツ葉信用調査はそのトンネル会社なんです。もし金融監督庁にバレたとき、そのトンネル会社の社長が、無事で済むと思いますか?」
片倉は押し黙った。策を練っているより動揺で体が止まってしまったのだ。
片倉はタンスの中から三ツ葉銀行の通帳を一通取り出した。
「これになります」
「それじゃあ失礼して」
近藤はその一ページ一ページを撮影していった。
確かに毎月二五日に五〇万円の三ツ葉信用調査名義で振り込みがあり、月末に三ツ葉銀行へ三〇万円の送金が記録されていた。
「ご協力、ありがとうございます」
それ以降は片倉の生活苦の愚痴が始まった。近藤はそれも逐一聞いてやった。これも片倉の信頼を勝ち取るためだ。はっきり言って時間の無駄なのだが、近いうちまた片倉が思わぬ情報を提示してくれるかも知れない。そのために今はこのお人好しの間抜けに付き合ってやるのが一番の得策なのだ。
一通りの片倉の話を聞いてやると、近藤は「またお会いしましょう。今度は一杯やりがらでもいいですか」と言った。
「ああ。これも何かのご縁かもしれませんから、その時はよろしくお願いします」
「それでは私は社の方に戻りますから、何かありましたら私のスマホの方でいいのでご連絡ください」
「ええ。よろしくお願いします」
「それでは失礼します」
近藤は笑顔で片倉の部屋を出た。
停めてあった車に戻ると、背後のプリウスの人物が電話をかけているのが見えた。
近藤が片倉の部屋を出たことをどこぞへ報告しているのだろう。
近藤は岡谷のスマホに電話をかけた。
「もしもし、近藤です」
「お疲れ様です」
「いま、片倉との面会が終わりました」
「どうだった?」
「証言だけですが、本間が三ツ葉銀行と三ツ葉信用調査の仲介役になっているのが動画で撮影できました」
「おお! 他には?」
「本間が実質的に三ツ葉信用調査の業務を取り仕切っているという片倉の証言を撮影できました」
「書類か何かは?」
「いえ。それが全然。片倉の社長委任状があるだけでした」
「そうでしたか」
「ですが三ツ葉信用調査から毎月サラリーが振り込まれているのが確認できました。本当に片倉は名義を貸しているだけで、毎月のサラリーを貰っているだけでした。しかし片倉という男は本当にどうしようもないやつですね」
「まあそう言わないでください。片倉さんは本間さんに首根っこを掴まれてるんです。しかし、本間さんもやり方が酷い」
「でも三ツ葉銀行のやり口を白日の下にしたいんでしょう?」
「まあ、それもある」
「それもある? ということは他にも何か?」
「いや、ただこの件が元でうちへの銀行業界の風当たりが不利になるんじゃないかと思ってね。丁度いい落とし所がまだ見えないんだ」
「全ての落とし所を三ツ葉銀行の手の内だけでは済まさないと?」
「そういうことです」
「分かりました。これから帰社しますから、動画で確認してください。余計なお喋りも多いですが、ネックはちゃんと押さえてます」
「分かりました。じゃあ、待ってます。そんなに急がなくても多分大丈夫ですよ」
「いや、急いだ方がいいでしょう。私がまた片倉に接触したのを本間はすぐ連絡を受けるでしょうし、どんな手を打ってくるか分かりませんから」
「じゃあ気をつけて社へ戻ってください」
「それじゃあ後ほど」
そこで電話を切った。
近藤は車を発進させた。後方のプリウスは着いてこなかった。
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