第16話 謁見へ

 アルノーに馬車を用意してもらい、私、ヴィオ、コランティーヌ夫人の三人は、昼食までの時間、王都観光に出かけることにした。


「お屋敷がいっぱいね」

「そうだね。他の貴族たちの屋敷じゃないかな」


 この辺りは王宮にも近く、大きな屋敷が並んでいる。たぶん貴族の中でも上位の者たちの屋敷だろう。


「この辺りにユニヴィル伯爵家のお屋敷もあるのですよ。それに、周囲は王国の北方に領地を持つバルバストル辺境伯家の派閥の者たちのお屋敷です」

「なるほど」


 私はコランティーヌ夫人の言葉に頷く。たぶん他のところも派閥ごとに固まって屋敷を建てているのだろう。


「ねえ、クロ。あれ!」

「どうしたの?」


 ヴィオに引っ張られて馬車の窓から前方を見ると、大きな古い城壁が見えた。上空から見えた街を区分けするように走っていた城壁だろう。


「わあ!」


 城壁を超えると、景色は一変した。延々と続いていた屋敷が姿を消し、立派な作りの大店が姿を現す。


 そして、一番の変化はたくさんの人が道を歩いていることだろう。中にはかけっこしている子どもたちもいた。


「この辺りは大店や王都の人々の中でも富裕層が暮らす区画ですね。気になったお店があれば後で屋敷に人を呼ぶこともできますよ」


 なるほど。それでどの店も大きな看板を付けているのだろう。あれは店なりの貴族へのアピールなのかもしれない。


 貴族は店に品物を買いに来るというのはほぼないからね。だいたいの場合、自分の屋敷に店の人を呼ぶのだ。


「わたくし、王都のドレスが気になるわ。あれがお店かしら? えっと、えんでー?」


 ヴィオが馬車の中から服飾店を見つけようと躍起になっていた。


「クロヴィスさんさえよければ、ユニヴィル伯爵家で贔屓にしているお店を屋敷に呼びましょうか?」

「本当!? ねえ、クロ。お願い」


 ヴィオが私の手を両手で握って上目遣いで見つめてくる。


 いつの間にこんな技を……! かわいいと言うよりも綺麗系の顔をしたヴィオがやると、かわいいと綺麗が合わさって破壊力抜群だ!


「わ、わかったよ」

「やった!」


 つい頷いちゃった。


「あちらに見えるのが、王立の劇場です。今日は時間もありませんし、チケットもないので目の前を通るだけですね」

「ほう……」

「素敵……」


 コランティーヌ夫人の指す先に見えたのは、まるで神殿のように荘厳な白亜の建物だった。壁や柱には見事な彫刻が為されており、外から見ているだけでも十分楽しめた。


「王都ではいつも観劇が流行っています。役者の質も高いので、デートにもお勧めですよ」


 そう言って私にウィンクしてくるコランティーヌ夫人。暗にヴィオを連れて行けと言っているのだろう。


 私はあまり観劇には興味がないが、一度試してみるのもいいかもしれない。アルノーに劇のチケットを取ってもらおう。



 ◇



 王宮への招喚は三日後に決まった。


 つまり、あと二日は暇がある。そう思っていたのだが、そんな余裕はなかった。王族と謁見するのに相応しい衣装を見繕ったり、屋敷の中で事前に練習したり、宮廷作法を隅々まで洗練していく。


 ヴィオを放置してしまうことになるので申し訳ないなと思っていたけど、ヴィオはヴィオでコランティーヌ夫人にお茶会の作法を何度も叩き込まれているらしい。


 聞いた話では、四日後にはバルバストル辺境伯家主催のお茶会を催すことになったらしい。もちろん、私も出席する。


 たぶん、私とヴィオのお披露目を兼ねているのだろう。ヴィオも王都の服飾店を総動員する勢いでドレスを王都風にお直ししているみたいだ。


 そんなバタバタの二日間を超えて、ついに王宮に行く日がやって来た。


「行ってきます」

「がんばってね」

「あまり緊張せずに。クロヴィスさんならきっと大丈夫です」


 ヴィオとコランティーヌ夫人に見送られ、私は馬車へと乗り込む。今まで見上げてきた白亜の王城に向かうのだ。


「ふぅ……」


 やはりどれだけ練習しても緊張するな。一応、ゲーム知識で国王陛下のお姿は知ってはいるけど、お会いするのは初めてだし。


 そんなことはないのはわかっているけど、無理難題を言われたらどうしよう?


 バルバストル辺境伯家は王国の五大頂とも称される有力貴族だ。この機会にバルバストル辺境伯家の影響力を削ごうと考えられたら、かなりマズい。できるだけ陛下の心証を良いものにしたいのだが……。


「ご当主様、到着いたしました」

「ああ……」


 そんな心配事ばかりしていたら、アルノーに声をかけられ、いつの間にか王宮に着いてしまった。


 そして、そのまま待合室に案内されると、そう時間を置くことなく謁見の時間となった。


「ご当主様、あまり緊張なさらずに。いつも通りのご当主様でよろしいのです」


 あまりに私が緊張しているからか、アルノーが笑みを浮かべて言った。


 アルノーに気を遣われているな……。


「ありがとう。では、行ってくる」


 私はアルノーを待合室に残し、謁見の間へと入場するのだった。

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