第17話 謁見
謁見の間。中央に赤い絨毯が敷かれ、その左右には質の良い服を着た品の良い者たちが整然と並んでいた。おそらく、この国の中枢に名を連ねる貴族たちだろう。
そして、赤い絨毯を進んだ奥。三つだけある階段を上った先に見えるのは、豪華な椅子に座った一組の男女だ。
でっぷりとした威厳のある三十歳ほどの男性と同じく三十歳ほどの女性。この国の王様と王妃様だ。
一歩、謁見の間に入る。部屋にいるみんなが私に注目していて、緊張が高まってしまう。足元の絨毯もふかふかし過ぎていて、なんだか心許ない。
だが、ここで止まることはできない。
私は半ば自棄になりながら絨毯を歩き、階段の三歩ほど前で足を止め、跪く。
「クロヴィス・バルバストル。陛下のお呼びと聞き、参上いたしました」
「うむ。面を上げよ」
「はっ!」
顔を上げると、優しそうな顔をした陛下と目が合った。その横では、少し辛そうな笑みを浮かべた王妃様がいる。
「苦しゅうない、近こう寄れ」
「はっ!」
私は一歩分陛下に近づいた。
「もっと」
「はっ!」
「もっとだ」
「いえ、しかし……」
もうこれ以上は階段があって進めない。さすがに階段を上るのは不敬になるだろう。
「そうよな。儂が近づけばよいか」
「陛下!?」
何を思ったのか、陛下が、王妃様が立ち上がる。そして、私の元に歩いてきた。
さすがにこんなことは予定になかったのだろう。背後から貴族たちのざわざわと困惑する気配が伝わってきた。
「もっと顔をよく見せておくれ。やはりアルフレッドの面影があるな」
「目元はリュクレースによく似ていますね」
「おお、そうだな。確かに似ている」
陛下と王妃様に顔を覗き込まれる。完全に予想外の事態に私は固まってしまった。
「クロヴィス、そなたの両親にはだいぶ世話になった。その恩を返さぬうちに……。今回のことは残念でならない。早過ぎるお別れになってしまった。アルフレッドたちもさぞ心残りであっただろう」
陛下の眼には、確かに涙が浮かんでいた。私も目頭が熱い。
「クロヴィスよ、なにかあった時は遠慮せずに儂らに言えばよい。それが、返しきれなかったアルフレッドたちへの恩返しになるだろう。クロヴィス、一人で悩まず周りを頼れ。立派な辺境伯になるのだぞ」
「……はっ! 必ずや立派な辺境伯となり、この国を支えてみせます!」
「うむ、うむ!」
「立派な覚悟です」
私は流れる涙をそのままに、深く頭を下げた。
父上、そして母上は、これほどまでに頼りにされていたんだ。私も人に頼られるような立派な辺境伯になりたい。
こうして、普通ではありえない謁見が終了した。
泣いてしまったのは恥ずかしいけど、泣いたからかスッキリした気分で私は屋敷に戻ったのだった。
◇
次の日。我が屋敷はてんやわんやの大騒ぎだった。今日は我が家の主催するお茶会の日なのだ。
お茶会の参加者が予想以上に集まったため、屋敷は朝から甘ったるい空気に包まれていた。参加者全員分の茶菓子を用意するために、厨房がフル稼働しているのだ。
お茶会の参加者は五十人を超える。会場も広間から庭へと変更になった。庭に椅子やテーブルを並べるだけでも一苦労だろう。使用人たちが朝からバタバタと忙しそうに動いている。
「マメール子爵は、バルバストル辺境伯領の東に領地を持つ貴族です。本日いらっしゃる子爵夫人はとてもマメな方で、後日お茶会のお礼のお手紙が必ず届くでしょう。お手紙を書くのに困らないように、しっかり覚えておくとよいですよ。次はシャイエ男爵ですね。シャイエ男爵は領地を持たない法衣貴族です。とても優秀な方で、陛下の信頼も厚いのだとか。本日は奥様と一緒にいらっしゃるようですね。シャイエ男爵はとても恥ずかしがり屋で有名ですので、こちらから積極的にお話を振ったりする必要がありますわ。次は――――」
そして、私とヴィオもお茶会前の作法の最終確認やコランティーヌ夫人の話を聞いて参加者の名前をできるだけ覚えるのに忙しかった。
そんな忙しい午前中を過ごし、昼食を済ませた午後二時。続々と本日のお茶会の参加者を乗せた馬車が屋敷にやって来る。
今日の参加者は全員で五十六人。私にはかなり多いように思えるけど、コランティーヌ夫人の話では、社交シーズンではないため、これでも参加者は少ない方らしい。
その証拠というわけでもないが、今回参加する貴族たちはそのほとんどが領地を持たず、普段から王都に住んでいる法衣貴族だった。
「お初にお目にかかります。マメール子爵が妻、コンスタンスにございます。本日はお招きありがとうございます。」
「初めまして、コンスタンス夫人。クロヴィス・バルバストルです。ようこそおいでくださいました。知っての通り、今回は私が主催する初めてのお茶会です。至らぬ点があってもご容赦ください」
「お初にお目にかかります、コンスタンス様。わたくし、クロヴィス様の婚約者のヴィオレット・ユニヴィルと申します。本日はようこそおいでくださいました」
次々と来る参加者から挨拶を受ける。その時にできるだけ名前と顔を結び付けてインプットするのを忘れない。
しかし、この挨拶攻勢はどこまで続くのだろう……。
ちらっと見ると、挨拶の列はまだまだ続いていた。
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