第15話 王都へ

「わー!」


 バルツァーレクの背の上、私の隣でヴィオが嬉しそうな声を出していた。


 私? 私はもうガチガチだよ。もしかしたら、今まで気が付かなかったけど、私は高所恐怖症なのかもしれない。さっきから冷汗が止まらないよ。


 でも、バルツァーレクによる飛行は快適と言えば快適だった。


 危惧していた冷たい空気に揉まれることもなく、それどころか、空を高速移動しているはずなのにそよ風一つ感じない。これもバルツァーレクの魔法なのだろうか?


 意外にもといったらバルツァーレクに失礼かもしれないが、彼は私たちのことを気遣ってくれているようだ。


「うひー……」


 下を見ると、まるで景色が溶けたように見えて、恐ろしい高速で移動しているのがわかった。


 こんな所から落ちたら……今度こそ助からないだろう。私は隣ではしゃぐヴィオが立ち上がらないように彼女の手を強く握った。


 そんなドキドキの空の旅行も一時間ほど経って少しずつ慣れてきた頃、バルツァーレクが飛ぶスピードを緩めたのがわかった。


「バルツァーレク、どうしたの?」

『そろそろ着くぞ』

「えっ!? もう!?」


 馬車で二週間はかかる距離をたった一時間で!?


「バルツァーレクってすごいのね!」

「そうですね。この速さは驚きです」

「いやいやいや!」


 驚きを通り越してもはや怖いほどだよ!


 だけど、バルツァーレクの言葉を証明するように、向かう先には大きな街の姿が見えた。たぶん、あれが王都なのだろう。


 なるほど。さすが最強の生物と言われることのあるドラゴンだ。こんな速さで飛び回ってドラゴンブレスによるゲリラ戦でもされたら堪ったものではない。魔王もドラゴンだけは敵に回さなかっただけのことはある。


『降りる場所はいつもの場所でいいのか?』

「いつもの? 王都のバルバストルの屋敷に降りてくれると助かる」

『わかった』


 だんだん王都の街並みが見えてくると、本当に王都に来たんだと実感が沸いてきた。


 王都は中心にお城があり、その周りをぐるりと城壁が囲んでいる造りだった。街を区切るように四つの丸い城壁が走っているのが上空からだとよくわかった。


 その中でも一番城に近い中心の丸の中へとバルツァーレクは飛んでいく。周りの屋敷よりも一際大きな屋敷。これが王都のバルバストル辺境伯家の屋敷なのだろう。


 バルバストル屋敷の隣には、領地でも見た大きな倉庫のような建物が建っていた。きっとあれが王都でのバルツァーレクの屋敷だ。


 そして、バルツァーレクの屋敷の前に広がる広場へと着地する。まるで重力を無視したふわりとした着地だった。


『着いたぞ』

「ありがとう、バルツァーレク」


 私は感謝の印としてバルツァーレクの背中を撫でる。


 そうこうしていると、隣のバルバストル屋敷から走って来た一団がいた。


「この黒い鱗、間違いない、バルツァーレク殿だ!」

「乗っていらっしゃるのは……。まさか、若君!?」

「坊ちゃんがいらっしゃったぞー!」


 さすがのバルツァーレクの速さに先触れが間に合わなかったようだね。急な訪問になってしまった。


 その時、集まった使用人たちがまるで波が引くように二つに割れた。そして現れたのは、四十代くらいの執事服の男性だ。


「ご当主様、並びにヴィオレットお嬢様、コランティーヌ伯爵夫人、ようこそおいでくださいました。ご挨拶が遅れました。私は王都の屋敷の管理を任せられております、アルノーと申します。以後お見知りおきを」


 この人がアルノーか。爺の息子で王都のバルバストル屋敷の責任者らしい。


「出迎えご苦労。さっそくで悪いが、部屋を準備してくれないか? それと、爺より手紙を預かっている」

「かしこまりました」


 私たちは、アルノーに屋敷の広間に案内された。立派な部屋だ。バルバストル領の屋敷に比べると、装飾が豪華な気がした。


「ご当主様、昼食はどちらで取られますか?」

「屋敷で取ろう。それと、王宮への使いも出してくれ」


 屋敷の中は静かだが、どことなく慌ただしい気配がした。先触れもなく、いきなり当主が来たからいろいろと準備が大変なのだろう。


「すまないな。先触れを出したんだが、バルツァーレクがあまりにも速すぎた」

「いえ、父ドナルドの手紙にそういうこともあるかもしれないと書いてありましたので」


 ドナルドというのは、爺の名前だったな。いつも爺と呼んでいるからたまに忘れそうになる。


「それに、この屋敷の者たちは慣れておりますので」

「慣れている?」


 どういうことだろう?


「最近はありませんでしたが、昔はよくアルフレッド様がバルツァーレク殿に乗って王都にいらっしゃったので」

「そうなのか」


 たしかに、馬車で二週間かかる道のりを一時間だものなぁ。父上がバルツァーレクでよく移動していたというのもわかる気がする。


「ねえ、クロ。ご飯まで探検しましょ」

「うーん……。今はみんな忙しいから後にしようか」

「ちぇー」

「まあヴィオ、はしたないわよ」

「はーい……」


 ヴィオが退屈そうにしているな。昼食まで時間がかかるだろうし、ちょっとだけ王都を観光しよう。

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