第14話 バルツァーレクの背に乗って
「すごいわ!」
「まあ! あのドラゴンの背中に?」
食堂。次の日の朝食の席で、私はヴィオとコランティーヌ夫人の二人と一緒に朝食を取りながら、バルツァーレクの背中に乗って王都まで行くことを伝えた。
「乗れたら気持ちよさそうだと思っていたのよ!」
「ふふっ。夫に羨ましがられてしまいますね。常日頃から乗ってみたいと言っていましたから。なんでも、ドラゴンに乗るのは、男のロマンだそうですよ?」
断られても仕方ないと思いながら提案したのだが、二人ともノリノリだった。まぁ、断られたら困るしいいんだけどさ。落ちたら大丈夫かなとか考えてしまう私は、ロマンが足りないのだろうか?
「クロヴィスさん、難しいかもしれませんけど、できるだけ音を立てないようにカトラリーを使ってください」
「はい……」
そんなことを考えていたら、コランティーヌ夫人に指摘されてしまった。
私は左手がないから義手を着けて、その義手の先にフォークを装着しているのだが、この操作が意外と難しい。どうしてもフォークと食器が当たって音が立ってしまう。手首の大切さがわかるなぁ。
義手だからと言い訳はできる。だが、それに甘えたくはない。コランティーヌ夫人にもそう伝えた。だから指摘してくれる。これも練習して克服しないとな。
「ふふっ。お茶会でも話題になるでしょうね。ドラゴンに乗ってきたなんて言ったら」
「ふふっ。そうね、お母様」
王都でのお茶会を想像したのか、コランティーヌ夫人とヴィオが笑っていた。二人の中では、もう王都でお茶会をするのが決定事項なのだろう。きっと私も誘われるに違いない。お茶会の作法も覚えないとな。
ヴィオもお茶会の練習は嫌な顔をするが、王都自体には行ってみたいらしい。ヴィオの婚約者としてちゃんとヴィオをエスコートできるようにならないとな。王都の地理や名物、観光名所なんかも多少覚えないと。
そんなこんなで、同行者の女性二人にはノリノリでドラゴンの旅に同意されてしまった。
これは私も覚悟を決めないとな……。
パラシュートでも作るか?
◇
数日後。
「後は任せたぞ、爺」
「かしこまりました。お帰りを心待ちにしております」
我が家の優秀な使用人たちによって、数日で王都出発の準備が整った。荷物もちゃんとバルツァーレクが運ぶことを考えて大きな木箱に入れられていた。
年配の使用人たちは、こうした準備に慣れている感じだったな。どうやら私が生まれる前は、父上がこうしてバルツァーレクの背中に乗って王都に行くことが度々あったらしい。
「じゃあ、行こうか」
「ええ!」
「ふふっ」
左腕を少しだけ上げると、ヴィオがすぐに私の左腕に抱き付いた。どうやらドラゴンに乗るのが楽しみなのか、目をキラキラさせている。その横では、コランティーヌ夫人が微笑ましそうにヴィオを見て笑っていた。
私たちの向かう先、庭の中央には大きな山ができていた。
陽光を浴びてまるで宝石のようにキラキラ輝く黒い鱗。バルツァーレクだ。久しぶりにバルツァーレクを太陽の下で見たけど、やっぱり大きいな。横たわった状態でも小山みたいに大きい。
『早く乗るがいい』
そう言って、バルツァーレクが急かしてくるけど、どうやって登ろう?
「ご当主様、こちらを」
爺が用意してくれたのは、ちょっとくたびれた様子のスロープだった。使用人たちによってスロープが設置されると、ちょうどバルツァーレクの背中への坂道ができる。
「ありがとう」
使用人たちに手を挙げて労うと、私たちはいよいよバルツァーレクの背中に乗った。
バルツァーレクの背中は、意外にも凹凸がなくツルリとしていた。掴まるところがないんだけど、大丈夫だろうか? 落ちないよね?
「すごい、すごいわ!」
「これがドラゴンの背中なのですね」
わくわくが隠し切れないヴィオと感慨深げにバルツァーレクの背中を撫でるコランティーヌ夫人。二人には不安は無さそうだ。
でも、もしものこともあるし……。
「バルツァーレク、私たちは落ちないよね?」
『当たり前だ。我をあまりナメるなよ?』
べつにバルツァーレクのことを信頼していないわけじゃないんだけど、やっぱり心配になるんだよ。
「それならいいんだけど……」
「もー、クロは心配性ね。もっと楽しまないと」
「そう、だね」
『では、行くぞ』
「おわっ!?」
「きゃっ!」
バルツァーレクが立ち上がると、一段と視界が高くなった。もう屋敷の屋根と同じくらいの高さだ。
そのままバルツァーレクは荷物がまとめられた木の箱を持つと、翼を打って浮き上がる。
航空力学だとか、物理学を無視したような、まるで重力の楔から解かれたような不自然な上昇だ。
「飛んでる! クロ、わたくしたち飛んでるわ!」
「う、うん。ヴぃ、ヴィオ、落ち着いて……」
ヴィオは私の腕に強く抱き付いてはしゃいでいるけど、私はいつ落ちてしまうか気が気じゃないよ。
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