第13話 王都からの使者

 爺や担当官に領地の経営について学びつつ、剣の修行をがんばる日々。


 私もそれなりに剣の腕が上達したが、ヴィオの成長はもうすごいの一言だ。元々才能があったのか、ヴィオはメキメキと剣の腕を上げていった。


 そんな日々が一か月ほど経った頃、私の元に王都からの使者がやって来た。正式に辺境伯になりたければ、王宮に参上せよという内容だ。


 使者の要件は予想通りのものだった。今の私は、バルバストル家の当主ではあるが、まだ正式な辺境伯ではないのだ。


「さて、王都まで行かなくてはいけないが……」


 荷造りを爺に頼み、私はヴィオの部屋へと急ぐ。私が行く以上、ヴィオにも付いて来てもらいたいからだ。


「ヴィオはいるか?」

「ご当主様、ヴィオレットお嬢様は今、コランティーヌ様のお部屋です」


 ヴィオの部屋にいたメイドに尋ねると、そんな答えが返ってきた。


 せっかくの母娘水入らずの場所にお邪魔するのは申し訳ないが、コランティーヌ夫人の所に行くか。


 私はさっそく行き先を改めると、部屋の前にいたメイドにコランティーヌ夫人への面会を求めた。すると、すぐに入室が許可されて、部屋に入ることができた。


 バルバストル屋敷の本館。そのもっとも日当たりのいい客室がコランティーヌ夫人の部屋だ。部屋の中には柔らかな日光が女性的な家具たちを照らし、どこか花のような匂いの中にお茶の香りが混ざっている。なんだか無性に母上を思い出した。


「失礼いたします。お話があり、クロヴィスが参上いたしました」

「クロヴィスさん、そんなにかしこまらないで。さあ、こちらに」

「失礼します」


 私はコランティーヌ夫人とヴィオの座るテーブルへと案内された。


「今、ヴィオとお茶会の練習をしていたの。クロヴィスさんもいかがかしら?」

「お話が終わればお願いします」


 ユニヴィル伯爵が後見すると言っていたのは本気のようで、コランティーヌ夫人は、両親の葬式が終わってもここバルバストル屋敷に残ってくれている。今の私では対応できないようなことは、彼女がユニヴィル伯爵夫人として代理で処理してくれているのだ。もう頭が上がらないよ。


「そうでしたね。それで、お話というのはわたくしに? それともヴィオにかしら?」

「お二人です。実は先ほど王宮からの使者が参りまして、王宮に参上するようにと要請がありました」

「まあ! おめでとうございます、クロヴィスさん」

「おめでとう、クロ!」

「お二人ともありがとうございます。それでですが、実は王都にヴィオを連れて行こうと思っていまして……、コランティーヌ夫人は賛同してくれますか?」

「王都!」

「ヴィオをですか? そうですね……」


 王都に行ける可能性にヴィオの目が輝き、コランティーヌ夫人は少しだけ考えるように瞳を伏せた。


「わたくしも同行してもよろしいでしょうか?」

「コランティーヌ夫人もお越しいただけるのですか? 心強いです」


 王都なんて、小さい頃に一度行ったくらいしか記憶に残っていないほとんど知らない土地だからな。王都を知っている夫人に来てもらえるのはありがたい。


「その時にですが、王都での社交を実戦で学んでみましょう」


 なんてことを頬に手を当てておっとり言ってのけるコランティーヌ夫人。さすが、教育ママとしてヴィオどころか周囲の貴族家にも恐れられたお人だね。


「そうと決まれば、さっそく特訓いたしませんと。さあ、ヴィオちゃん、クロヴィスさん、わたくしが完璧な紳士淑女にしてさしあげますわ!」

「お、お母様!?」


 コランティーヌ夫人が完全にやる気になってしまったな。ヴィオなんてもう震え始めてしまったよ。


 これは逃げられないなぁ……。


 私とヴィオは、こうしてコランティーヌ夫人の特訓を受けることになったのだった。



 ◇



「ふぅ……」


 爺の持つランプの光の中、日も暮れた屋敷の庭を歩く。


 三時間にも及んだコランティーヌ夫人の特訓が一段落すると、私は一人抜け出した。部屋を出る時、ヴィオが恨めしそうな顔をしていたが、見なかったものとする。


 そして、私がやって来たのはバルツァーレクの屋敷だった。


「お邪魔するよ」

『……クロヴィスか。何用だ?』


 威厳のある男の声が頭に響いた。


 闇の中、キラリと輝く黒曜石のようなきらめき。バルツァーレクが身動ぎするのが空気の揺れとして伝わってくる。


「実は報告がある。近いうちだけど、私は王都に行く必要ができた。しばらく屋敷を留守にする」

『……ふむ。また馬車とやらで行くのか?』

「そのつもりだ」

『……心配だな』

「バルツァーレク?」

『クロヴィスよ、汝はアルフレッドの忘れ形見だ。我の背に乗ることを許そう』

「え?」


 背中に乗る? たしかに、小さい頃は父上と一緒に乗ったこともあるが……。


「本当にいいのか?」


 ドラゴンは誇り高き生き物だ。滅多に人を背中に乗せることはないと思ったのだが……。


『よい。また死にかけたら事だからな』

「ありがとう、バルツァーレク」

『……うむ』

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