第12話 義肢と訓練と限界

「待たせたな」


 私が応接間に入ると、二人の男が跪いた。私の仮の義手と義足を作った木工職人と鍛冶職人だ。


「顔を上げてくれ」


 私はさっそく椅子に座ると、二人に声をかける。


「二人の作ってくれた義手と義足だが、義手はいまいちだが、義足の調子はいい。私は満足している」


 二人は少しホッとしたような表情をみせた。だが、その顔はすぐに険しくなることになる。


「そこで、私は二人に新たな義手と義足の製作を依頼したい。爺」

「はい、ご当主様。お二人とも、こちらをどうぞ」


 爺から紙を渡された二人の職人は困惑顔だ。


「あの……」

「こちらは……?」

「ああ、私が考えた新しい義手と義足の設計図になる。他言無用だぞ?」


 所詮、十歳の子どもが書いた物と侮るなかれ。これは前世の知識を総動員して作ったオーパーツだ。


 まず、この世界での義手や義足というのは、あまり実用的ではない。とくに貴族用の義手や義足となると、無駄に装飾が為された飾りのような物しかない。私はそんな物を求めてはいない。


 そこで、私は自重を投げ捨てて異世界の知識満載の義手や義足を作ることにした。それも戦闘用の義手や義足だ。


「これは!?」

「なるほど……!」


 設計思想から違う異世界の義手や義足。その設計図を見た職人たちは、次第に食い入るように設計図を見始める。


「できそうか?」


 私が問いかけると、二人の職人たちはまるで今が謁見中だと思い出したと言わんばかりに体をビクリとさせていた。


「挑戦してみたいと思います。ですが、技術的に可能かと問われると……」

「なかなか難しいです」

「そうか。私もこれをこのまま作れるとは思っていない。変更や改良も必要だろう。実現可能な範囲でいい。挑戦してみてくれ」

「「かしこまりました」」


 二人の職人が頭を下げるのを見ながら、私はわくわくしながら新しい義手と義足の完成を夢見るのだった。



 ◇



「なかなか上手くいかないな」


 バルバストル屋敷の自室。豪華な調度品の中で浮いている質素な作りの装置の前で私は頭を抱えていた。


 装置は木の板が三センチほどの隙間を開けられて平衡に並んでいるだけの物だ。これがエンゾが作らせた剣の訓練用の装置だ。


 やることは簡単だ。手に持った木の棒をこの木の板の隙間に通せばいい。それだけである。


 だが、実際にやってみると、これがなかなか難しい。ゆっくり木の棒を動かすならばできるが、剣を振り下ろすように木の棒を振り下ろすと、どうしても狙いとズレてしまう。


「クロは考え過ぎなのよ」


 そう言ったヴィオは、私の隣でまるで踊るように手足を動かしている。


 しかし、その両手に持った二本の木の棒は、次々と木の板の隙間を通り抜けていた。


「ヴィオはすごいね……」


 私よりもよっぽど速く動かしているのに、ヴィオの持つ木の枝は、一度も木の板に当たることがない。


 こんなの見せられると、才能の差というものを嫌でも感じちゃうな。


 だが、こんなところでへこたれている場合ではない。私はヴィオを守るために強くなるのだ!


「ふぅ。なんだか眠くなってきちゃった……。たくさん動いたからかしら?」


 そろそろヴィオの魔力が尽きる頃か。魔力を補充しないと。


「ヴィオ」

「何かしら? ッ!?」


 私は一歩ヴィオに近づくと、その額に手を置いた。そして、ありったけの魔力をヴィオに補充する。


「眠くなくなった?」

「え、ええ。大丈夫よ……。その、近いわ……」

「ああ、ごめんごめん」


 フラつきそうになる足を叱咤し、なんとかヴィオから一歩離れる。


 まったく、魔力を使うといつもこうだな。もう少し加減できればいいのだろうが、私はヴィオに少しでも元気な姿を見せてほしいのだ。妥協はできない。


 私はそのままなんでもないように装って部屋を出ようとする。


「どうしたの?」

「ちょっとトイレにね……」


 ヴィオにそれだけ答えると、私は部屋を出てドアを閉めた途端、崩れ落ちるように廊下の絨毯に膝を突いた。


「ご当主様……」


 爺が私を気遣うように背中を撫でてくれる。


「大丈夫だ。それより、魔力回復薬を頼む」

「本日はもう四回も飲まれています。あまりご無理は……」

「ああ。だが、私はもっとヴィオと一緒にいたいんだ。頼む」

「……かしこまりました。ですが、これで最後ですぞ」

「ああ」


 私は爺から濃い緑の液体が入った瓶を受け取ると、一気に呷る。マズい。あまりのマズさに喉や胃が痙攣して吐いてしまいそうだ。


 だが、なんとか意志の力で飲み切って立ち上がる。


 お腹からは、魔力回復薬でちゃぽちゃぽ音が鳴っていた。


「ご当主様、こんな生活は長くは続きません」

「わかっている。だが……、私はヴィオの時間をこれ以上奪いたくはないんだ……。うぷっ!?」


 しかし、ヴィオを想う意思とは反対に、どうにも堪えられず、私は吐いてしまった。


「もう限界です。ヴィオレットお嬢様もご当主様がご無理をすることをきっと望んでいません」

「すまない、爺。もう少しだ、もう少しだけ私のわがままに付き合ってくれ……」

「ご当主様……」

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