第11話 剣の訓練

「当主様、ヴィオレットお嬢様、ようこそおいでくださいました」

「ああ、世話になる。準備はできているか?」

「はい。もちろんです」


 練兵場に着いた私たちは、兵長に案内されて練兵場の中に入った。練兵場の硬く踏みしめられた大地は、代々この街を守ってきた兵士たちの賜物だな。


「こちらがエンゾ、お二人に剣を教える領内でも腕利きの兵士です」

「ほう?」


 兵長に紹介されたのは、三十歳ほどの茶色い短髪の男だった。背も高く、筋肉質で、ちょっとゴリラのような印象がある。


「ご紹介に与りました、エンゾです。どうぞよろしくお願いします!」


 エンゾは直角になるまで深い礼をする。なんだか緊張しているようだな。


 まぁ、私はバルバストル辺境伯家の当主だし、ヴィオは私の婚約者だ。緊張するなというのが無理なのかもしれない。


「こちらこそ、よろしく頼む。エンゾ、そう緊張するな。訓練中は身分を気にしないで指導してくれ。私たちは強くなりたいのだ」

「わたくしも、よろしくお願いしますね」

「か、かしこまりました! 必ずお二人を満足のできる戦士にしてみせます!」

「頼んだ」

「はっ!」


 それからさっそく剣の訓練となったのだが、訓練が開始するなり、いきなりエンゾが両手で自分の頬を挟み込むようにして叩いていた。


 パンッと大きな音が当たりに響く。エンゾの両頬は真っ赤に染まっていた。


「何してるんだ?」

「ちょっと気合いを……」


 気合いかぁ。まぁ、私たちは子どもだが、エンゾから見たら遥かに身分の上の相手だからな。その指導をするんだ。気合いの一つでも入れたくなるのだろう。


「エンゾ、私たちは訓練中の不敬については気にしないつもりだ。私たちは本気で強くなりたい。新兵に訓練するような態度で構わんぞ?」

「いや、しかし、さすがに……」

「ヴィオも気にしないだろ?」

「ええ!」

「エンゾにはただでさえ面倒な仕事を頼んで悪いとは思っているんだ。あまり気負わないでくれ」

「わかりました。そういうことでしたら……。少々口が悪くなるかもしれませんが、ご容赦ください」

「ああ」

「わかったわ」


 そうして、やっと剣の訓練が始まる。


「お二人とも、まずは素振りをしてみましょう」


 ということで、まずは素振りをした。腰に佩いていたミスリルソードを抜いて、振り上げて、振り下ろす。単純な訓練だ。


 正直、こんなことで本当に強くなるのかわからないが、達人であるエンゾがやれと言うのだ。素直に従おう。


「もう大丈夫ですよ。なんとなくわかりました。ヴィオレットお嬢様は剣の経験は無さそうですね。当主様は多少の経験がありそうですが……」

「ああ」


 私は、子どもの遊びの延長のようなものだが、一応五歳から一時期剣を習っていた。エンゾは私たちの素振りを見ただけでそんなことまでわかるのか。


「ですが、お二人とも素振りの意味を理解していないのはわかりました」

「素振りの意味?」

「それは何でしょう?」

「素振りは正しい剣の振り方を確認し、体に覚えさせるものです。確認しましたが、お二人は正しく剣を振れていません」

「剣の正しい振り方?」


 そんなものがあるのか? 剣の正しい振り方と言われても、そもそもそんなに種類があるとは思えないが……。


「剣を振る時に重要なのは、ちゃんと狙った場所に剣を振れること。そして、剣を狙った場所で止められることです。と言ってもなかなか理解できないでしょうし、一つ実験をしてみましょう。剣は仕舞ってください」

「ふむ?」


 剣を腰に戻すと、エンゾが私の前に跪いた。そして、まるで拍手する直前のようなポーズを取る。両手の間が数センチ空いていた。


「当主様、この両手の間に手を素振りのように振り下ろしてください」

「うむ」


 私はこんな簡単なことが何の訓練になるのかと思いながら、エンゾの言う通りにした。


 しかし――――。


「ん?」


 振り下ろした手は私の狙いからは逸れて、エンゾの手に当たってしまった。


 これが私には衝撃だった。私はちゃんとエンゾの両手の間を狙ったはずだ。しかし、結果はエンゾの手に当たってしまった。手が本当に自分の体なのか信じられない思いがした。


「まぁ、最初は誰だってそうなります。人は自分が思っている以上に自分の体を正しく使えていないんです。考えてみてください。手だけでこれだけズレているんですよ? 剣先になればどれだけズレているかわかりまずか?」

「そういうことか……」


 目から鱗が落ちる思いがした。まさか、素振りの意味とは――――。


「はい。ただ剣を振っていても成長はしません。ちゃんと狙いを付け、そしてちゃんと狙い通りに剣を振って止める。それが素振りの意味です」

「なるほどな……」


 たしかに、私はただ剣を振っているだけだった。これではいくら経っても上達などしないだろう。


「どういうことかしら?」


 横を見れば、ヴィオが不思議そうな顔をして私を見ていた。


 これは直に経験した方がいいな。


「ヴィオもやってみるといい」

「ええ」


 私はヴィオと場所を交代して腰の剣を抜く。そして、エンゾの言う通り、ちゃんと狙いを付けて剣を振ってみた。


「ここまでズレるか……」


 剣は拳一つ分左に逸れていた。これを正していく。それが武術なのだな。

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