第3話
それから間もなくして、会社で新規プロジェクトが始まった。
会議だの出張だので忙しない彼と、フロア内で顔を合わせる事はほとんどなく、それだけがせめてもの救いだった。
私たちの破局を社内の人たちは知ってるのか知らないのかはわからなかったけど、相変わらず私はヒソヒソと噂話をされている。
付き合ってても別れても、結局こうしてヒソヒソされるなんて割に合わない気がするけど、社内で有能な課長とそうなってしまったんだから仕方なかった。
相変わらず綺麗な同期2人とは仲良くやってる。
2人は気を遣ってくれてるのか、私が彼と別れた原因を深く追及して来なかった。
ただ―――。
1つだけ心配な事がある。
それは、カスミちゃんだった。
カスミちゃんが彼を……課長を狙ってる気がする。
いや、気がするじゃなくて、確実に狙ってる。
フロアから出て行く彼を、さり気なくを装い追いかけるカスミちゃんを何度も見る。
隙があれば彼に近付き、何気なくボディタッチするカスミちゃんを何度も見る。
多分彼女は誰にも気付かれてないと思ってるのかもだけど、私にはバレバレだった。
だって彼女の彼を見る目が、明らかに私と同じだったから。
彼と付き合っていた頃の私と。
もう私と彼は別れてるワケだし、この先2人が付き合う事になってもそれは仕方ない。
むしろ彼に未練なんて微塵もないし、逆にカスミちゃんと彼が付き合ってくれたら、未だ毎日かかってくる電話やラインが遂に終わるんじゃないかとホッとする気持ちもある。
でも。
彼には裏の顔がある。
それをわかっていながら、このままカスミちゃんを見守ってても良いものなんだろうか。
後々「知ってたのになんで教えてくれなかったの!」って恨まれたりしないだろうか。
だからってまるで告げ口みたいな事して、彼に……拓也さんに逆恨みされたりしないだろうか。
今はまだ電話で復縁を迫って来るだけだけど、あの時みたいにいきなり家に押しかけて来て、暴力を振るわれたりしないだろうか。
でも……カスミちゃんに言ったところで信じてくれるかどうかがわからない。
だって社内での彼は完璧だから。
まさかあんな裏の顔を持ってるなんて、誰も思わないだろうから。
だから結局、私は何も出来ないままだった。
彼を追いかけるカスミちゃんを、悶々としながらただ見守る事しか出来なかった。
―――でも。
残業で遅くなった数日前。
部屋の電気を点け、カーテンを閉めようと窓際へと近寄った私は息を飲んだ。
街灯の下に佇んだ彼が、2隗にある私の部屋を見上げていたからだ。
慌ててカーテンを閉めた私は、思わずその場にしゃがみ込んだ。
でも、そんな場合じゃない事に気付き、急いで玄関へと走り寄ると鍵とロックの確認をした。
安堵の息を吐くと同時に、スマホが鳴りだす。
もちろん彼からだ。
いつものようにスルーしていると、いつものようにライン攻撃が始まる。
【どうして電話に出ないんだ】
【もう一度話し合わないか?】
【別れるつもりなんてない】
【今から部屋に行くぞ】
【頼むから電話に出てくれ】
【俺を怒らせたいのか】
やめて……やめてお願いだからやめて!!
もう私に関わらないで!!
鳴り止まない着信音に頭がおかしくなりそうだった。
しばらくは恐怖で震えが止まらなかった。
でも着信音が鳴り止み、身体の震えが治まって来ると、その代わりのように段々と怒りが沸いて来た。
どうして私がこんな目に合わなきゃならないの。
一体私が何をしたって言うの。
生まれて初めて出来た彼氏だった。
私はただ、彼を好きになっただけだった。
やっぱりもう1度、彼と向き合うべきなんだろうか。
でもまた、暴力を振るわれないだろうか。
結局グルグルと同じ事を考えては、どうする事も出来なかった。
社内で会っても彼は何事もなかったかのような態度だし、信頼も人望もあるのは彼の方。
私が何を言ったところで、きっと誰も信じてくれない。
でもカスミちゃんにだけは……どうにかわかって貰えないだろうか。
彼のあの異常な裏の顔を、どうにかカスミちゃんに知らせる術はないだろうか―――
―――そして、決定打はすぐに起こった。
深夜だった。
何かの物音に気付いた私は、眠い目を擦りながらベッドの上に身体を起こした。
それは“カタン”と、何か固いモノがぶつかる音。
そして聞き覚えのある音。
少しの間考えて、それが玄関のドアにあるドアポストだと気付いた。
時間を確認すると1時。
さすがに朝刊が来るにしても早い気がする。
もしかして気のせいだったのかもと再び身体を横たえると同時に、またカタンと音がした。
不思議な事に、この時の私には恐怖心というものが微塵もなかった。
ネジでも緩くなって、かすかな風でも差込口の部分が開閉してしまうのかもしれないなんて思ってた。
だからカーテン越しの月明かりの中、何も考えずに玄関へと近付き、その場へしゃがみ込むと差込口を開け―――
「―――ッ!!!!!!!!!」
声にならない声を上げた。
そこにあったのは、2つの目だった。
誰かがドアの向こう側に、いる。
しゃがみ込んでドアポストから、私の部屋を覗こうとしている。
……誰か?
いや、考えるまでもない。
そんな事する相手は1人しかいない。
慌てて差込口を手で押さえた私は、警察!って心の中で叫びながらも、その場を動く事が出来なかった。
だってスマホを取りに行くには、ドアポストから手を離さなきゃならない。
そしたらまた、あの目が……あのヤケに充血した2つの目がこの部屋を覗こうとするかもしれない。
いやだ。
怖い。
誰か助けて。
何で私がこんな目に………!
気付けば夜が明けていた。
一晩中、ドアポストを押さえ続けていた私は疲労困憊だった。
だから、決意した。
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