「交差する心の花火」

翌日、学園祭の余韻がまだ冷めやらぬ教室では、昨夜の花火大会についての賑やかな会話が飛び交っていた。

玉妃が教室に入るや否や、同級生たちに囲まれた。みんなが彼女の活動中の輝かしい活躍を称賛している。


一方、太白は窓際に座り、スマホを見つめていた。昨夜届いた差出人不明のメッセージが頭から離れない。


「彼女は特別な人です。どうか大切にしてあげてください。」


「太白、どうしたの?なんだか元気がないみたい。」

玉妃の声が後ろから聞こえてきた。


太白は顔を上げ、微笑みながら答えた。

「なんでもないよ。多分、昨夜あんまり眠れなかっただけ。」


玉妃は眉を寄せた。

「疲れてるんじゃない?それなら、放課後に何か美味しいものでも食べに行こうよ。元気つけないとね。」


太白は軽く頷いた。

「いいね、行こうか。」


教室の隅では、夕嬌が一人、課外書を手にして座っていた。しかし、本のページは全くめくられることはなかった。彼女は二人の会話を静かに見守りながら、自分の存在が太白の目には映らないことを改めて感じていた。


放課後、夕嬌は一人で帰り道を歩いていた。小さな路地を曲がると、背後からかすかな足音が聞こえた。彼女が振り返ると、見知らぬ少女が少し離れた場所に立っていた。


その少女はシンプルな制服姿で、清楚な顔立ちをしていたが、その眉間には冷静で鋭い雰囲気が漂っていた。彼女は夕嬌をじっと見つめながら、ゆっくりと口を開いた。

「千葉夕嬌さん、ですよね?」


夕嬌は驚いた表情で答えた。

「そうですけど……あなたは?」


「私は北川葵。太白の友達よ。」北川葵は微笑みを浮かべたが、その眼差しには複雑な感情が垣間見えた。「少し、話をしてもいい?」


夕嬌は頷き、二人は並んで歩き始めた。しばらくの間、どちらも沈黙を保ったままだった。


やがて、北川葵は立ち止まり、夕嬌の目を真っ直ぐに見つめた。

「あなた、太白のことが好きなんでしょ?」


夕嬌の身体がピクリと反応し、目を伏せながら小さな声で返した。

「……どうしてそんなことを聞くんですか?」


「見れば分かるから。」北川葵は静かにため息をつき、言葉を続けた。「でもね、知ってる?彼の心にはもう別の人がいるのよ。」


夕嬌は驚きに目を見開き、北川葵を見つめた。しかし、何かを言い返そうとしても、言葉が出てこなかった。


「傷つけたいわけじゃないの。ただ、無理をして自分を苦しめないでほしい。」北川葵の声は穏やかで、どこか説得力を持っていた。「時には、諦めることが続けるよりも難しいけれど、それが自分を守るための最良の選択になることもある。」


夕嬌はうつむき、沈黙したまましばらく考え込んでいた。そして、小さな声で問いかけた。

「それじゃあ、あなたはどうしてそんなことを気にするんですか?」


北川葵は答えず、微笑を浮かべたまま言葉を濁した。

「それは、私があなた以上にその気持ちを分かっているからよ。」


そう言うと彼女は踵を返し、静かに歩き去っていった。その場に取り残された夕嬌は、路地の交差点で深い考えに沈んだまま、動けずにいた。


その夜、太白は再び差出人不明のメッセージを受け取った。


「もし彼女が手を放すなら、その理由を追及しないであげてください。」


太白はスマホの画面を見つめ、さらに深まる疑念に苛まれた。彼は再び発信元に電話をかけようとしたが、やはり繋がらなかった。


「誰だ……いったい誰がこんなことを……?」太白は低く呟きながら、頭を掻きむしった。


ふと、彼の頭には夕嬌の最近の様子が浮かんできた。彼女の静けさ、彼女の微笑み、そして彼を見つめる彼女の目――それらすべてが、これまで気にも留めなかったものだ。しかし、今となっては、全てが強烈なインパクトを持って押し寄せてきた。


「もしかして……夕嬌のことなのか?」太白は小声で呟き、不安が胸の中でじわじわと広がっていくのを感じた。


深夜、夕嬌は机に座り、画集を開いて、昨日描いた花火の絵をじっと見つめていた。彼女の視線は、その隅に書かれた数行の小さな文字に止まった。そして心の中では、無数の声がぶつかり合っていた。


「このまま頑張り続ければ、いつか彼に気づいてもらえるかもしれない。」


「そんなことはない。彼の心は、すでに別の人で埋め尽くされている。」


彼女は鉛筆をぎゅっと握りしめ、指先が少し白くなった。ついに、深呼吸をして、絵の横に新しい一行を書き加えた。


「ありがとう。私の人生で一番特別な存在になってくれて。」


そう書き終えると、彼女は画集を静かに閉じ、何か大切な決意を固めたようだった。


同じ頃、北川葵は高層ビルの屋上に立ち、夜風が彼女の髪を揺らしていた。彼女はスマホを取り出し、古い写真を開いた――そこには中学生時代の太白と彼女のツーショットが映っていた。


「太白、君は本当に鈍いんだから。」北川葵は呟き、苦笑しながら写真を見つめた。「でも、今回は私が手を貸すべき時なのかもしれないね。」


夜の帳の中で、無関係に見えた糸が次第に絡まり合い、3人の関係は新たな展開を迎えようとしていた。

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