第三章「交錯する想い、揺れる絆」
「交錯する想い、夕陽の下で」
朝の光が教室の窓から差し込み、空気にはほんのりとチョークの匂いと湿った朝露の気配が漂っていた。鈴木太白は片手をポケットに入れ、もう片方の手には弁当袋を提げて、ゆっくりと教室へ入った。目で座席を一巡した後、後ろの席に座る馴染み深い姿に視線が止まる。
沖田玉妃はすでに教室に来ており、身を屈めて教科書を整理していた。肩にかかる黒髪が揺れ、光が髪の間で小さな輝きを作っていた。何かの気配を感じたのか、玉妃は顔を上げ、太白と視線が交わった。彼女の口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。
「おはよう、鈴木君。」手を軽く振りながら、彼女は柔らかな声で挨拶した。その声はまるで朝の風のように耳元を撫でていく。
「おはよう。」太白は軽く頷き、玉妃の机の前に歩み寄ると、持っていた弁当袋を差し出した。「これ、朝食はちゃんと取らないとダメだぞ。」
玉妃は一瞬驚いた様子で、袋を見下ろした後、小さな声で尋ねた。「これ……鈴木君が作ったの?」
太白は視線をそらし、わざと何気ない口調で答えた。「まあ、そんなところかな。」
袋を開けてみると、そこには丁寧に準備されたサンドイッチとフルーツサラダ、さらに牛乳が一本入っていた。玉妃の目には驚きの色が浮かび、すぐに微笑みが広がる。「ありがとう、大切に食べるね。」
太白は後頭部を掻きながら自分の席に戻った。教科書を広げてみたが、どうしても集中できない。本の文字は墨の染みのように散り、ページ全体が彼女の笑顔で満たされているようだった。
授業のベルが鳴り響き、教室内が次第に騒がしくなっていく。玉妃は席を立ち、弁当袋を抱えたまま太白の席へと向かった。
「さっきはちゃんとお礼を言えなかったけど、このお弁当、本当においしいよ。」玉妃は袋をそっと机に置き、残り半分のサンドイッチを指差しながら微笑んだ。「鈴木君、料理の勉強とかしてるの?」
「ただの適当だよ。」太白は手を振りながら答えたが、目は自然と彼女の顔に引き寄せられた。
「適当?」玉妃は目をぱちぱちさせながら、「じゃあ、真剣に作ったらもっとおいしくなるのかな?」と問いかけた。
「多分な。」彼は否定せず、話題を変えた。「ところで、数学の問題はいつ解き終わるんだ?」
玉妃は唇を尖らせながら首を横に振った。「その話はしないで。全然分からなくて手が止まってるの。」
「見せてみろよ。」太白は立ち上がり、彼女の横に座り込むと、問題をじっくり眺めた。「これはな、こういう考え方で解くんだ――」
彼は一つ一つ丁寧に説明し始め、玉妃は頷きながらノートを取る。その間、彼を見上げる彼女の目は明るく輝いていた。
教室の反対側では、千葉夕嬌がドアのそばに立ち、ノートを数冊抱えながら、この光景を静かに見つめていた。
「二人の距離、前よりも近くなった気がする。」彼女は俯き、小さく呟いた。その声には複雑な感情が滲んでいた。
しばらくして、彼女は太白の近くに歩み寄り、ノートを彼の机に置いた。「これは、学級委員から頼まれた課題のリスト。忘れずに確認しておいて。」
太白は彼女を見上げ、リストを受け取ると軽く頷いた。「ありがとう。」
「うん。」夕嬌はかすかに微笑むと、それ以上何も言わず、自分の席に戻った。そして、静かにノートに向き合い始めたが、その手元に視線を落としながらも、太白にちらりと目を向けるのを止められなかった。
昼休み、玉妃が学校近くのカフェで一緒に勉強しようと提案すると、太白はその誘いを承諾した。二人は校内の道を並んで歩き、陽光が二人の影を長く引き伸ばしていた。夕嬌は二階の窓辺に立ち、二人の姿が次第に小さくなるのをじっと見送った。その目にはどこか切なさが漂っていた。
彼女は下を向き、握りしめたペンを少し強く押し込む。それだけが、心の中のさざ波を押し戻す方法のように思えた。
学校近くのカフェは、緑豊かなツタが絡む街角にひっそりと佇んでいた。木製のドアには黒板が吊るされ、チョークで「本日のおすすめコーヒー」と書かれている。鈴の音が軽やかに響き、鈴木太白と沖田玉妃が一歩ずつ店内へと入ってきた。
「このお店、いい感じでしょ?」玉妃は期待に満ちた目で微笑みながら尋ねた。
「静かでいい場所だな。」太白はそう答えつつ、椅子を引いて玉妃に座るよう促した。
玉妃はキャラメルマキアートを、太白はアメリカンコーヒーを注文した。二人はノートと教科書を広げ、静かに勉強を始めた。
数学の問題を解いていた玉妃が、またもや眉間にしわを寄せ、小声でぼやいた。「またこのパターンの問題?」
太白は彼女のノートを一瞥し、少し体を乗り出して低く言った。「焦らないで。この問題は、朝やったのと同じタイプだよ。ほら、ここに公式を代入して――」
彼の落ち着いた声に耳を傾けながら、玉妃は筆を進めた。ついに答えを導き出した瞬間、顔がぱっと明るくなった。「できた!」
「いいじゃん。」太白は淡々と頷いたが、口元には小さな微笑みが浮かんでいた。その声には、ほのかな称賛が込められているようだった。
玉妃は嬉しそうにスプーンでコーヒーをかき混ぜながら、ふと低い声で尋ねた。「ねえ、太白。なんでいつも私を助けてくれるの?」
太白は一瞬言葉に詰まったが、すぐに答えた。「お前が放っておけない性格だからだろ。」
玉妃は口を尖らせて彼の肩を軽く叩き、「ちゃんと答えてよ!」と抗議した。
太白は彼女の表情を見て思わず笑い、再びノートに向き合い、特に何も言わなかった。
放課後、鈴木太白が教室で荷物を片付けていると、机の端にビタミンドリンクと小さなメモが置かれているのに気づいた。
メモには、整った字でこう書かれていた。
「最近疲れているように見えるから、体に気を付けてね。――夕嬌」
太白はその文字をしばらく見つめてから顔を上げ、教室のドアのそばに立つ千葉夕嬌の姿を見つけた。まるで誰かを待っているようだった。
「ありがとう、夕嬌。」彼はドリンクを手に取り、近づいて静かに礼を言った。
夕嬌は振り返り、彼の顔をじっと見つめながらも、いつもの落ち着いた声で答えた。「最近ずっと忙しそうだったから、ちょっと心配になって。」
「大丈夫だよ。」太白は微笑みながら言った。「でも、ありがとうな。」
夕嬌は軽く頷き、それ以上は何も言わずに教室を出ていった。
夕焼けが空を赤く染める放課後の街道。太白と玉妃は並んで歩きながら、家路についた。二人の影は街灯の下で交差しながら長く伸びていく。
「ねえ、太白。将来のこと、考えたことある?」玉妃がふと問いかけた。その声はいつもの明るさを少し欠き、どこか真剣だった。
「将来?」太白は少し考え込みながら答えた。「まだ具体的には何も。でも、どうして急にそんなことを?」
玉妃は足元の小石を蹴りながら、か細い声で答えた。「なんとなく、将来がどうなるのか分からなくて、不安になることがあるの。」
太白は足を止めて、彼女の横顔を見つめた。その表情にはほんの少しの不安が浮かんでいて、普段とは違う一面だった。
「考えすぎるな。」彼は彼女の肩を軽く叩いて言った。「少なくとも今は俺がいるんだから。」
玉妃は目を潤ませながら顔を上げた。「ずっと一緒にいてくれる?」
「もちろん。」太白の答えは力強かった。
その瞬間、夕日の光が二人の姿を包み込み、世界が静寂に包まれたかのようだった。ただ、二人の心臓の鼓動だけが響いていた。
少し離れた街角で、千葉夕嬌がその光景を見守っていた。手には買ったばかりの小さなカスミソウの花束を握りしめている。本当は太白に渡そうとしていたが、一歩踏み出すことができなかった。
彼女は視線を落とし、小さく息をついて自分に語りかけた。「もう、彼には私が必要ないみたいね。」
風がそっと吹き抜け、彼女の心の中にある淡い切なさを連れ去った。
彼女は顔を上げ、無理やり笑顔を作りながら、反対方向へと歩き始めた。
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