「夕陽に染まる記憶の欠片」

土曜日の午後、空は雲一つなく澄み渡っていた。鈴木太白は約束の集合場所に時間通りに到着した。街角で待っていた沖田玉妃は、淡い青色のワンピースに薄手の白いカーディガンを羽織り、長い髪を自然に下ろしていた。その姿は、どこか清々しさを感じさせた。


「鈴木くん、来てくれたんだ。」玉妃は微笑みながら、手に持っていた展示会のチラシを見せた。


「ああ、今来たところだ。」太白は平静に答えたが、彼女の姿に視線を一瞬だけ留めた。


二人は一緒に展示会場へと向かった。沿道に並ぶ店や街並みは、日差しに照らされて明るく輝いていた。時折風鈴の音が聞こえ、穏やかな午後の雰囲気を演出していた。


会場に入ると、展示のテーマが大きく掲げられていた。「時の記憶――伝統と現代が交差する芸術」。会場内には様々な芸術品が並べられており、古代の陶器から現代のインスタレーションアートまで、それぞれが独自の物語を語っているようだった。


「これ、すごくきれい……。」玉妃は青花磁器の前に立ち、目を輝かせながらつぶやいた。「何百年も前のものなんだなんて、信じられないね。」


太白もその隣に立ち、細やかな模様をじっと見つめながら静かに言った。「確かに歴史を感じる。これだけの状態で残っているのはすごいことだ。」


二人はさらに奥へ進み、光と影が幻想的に演出された現代アートのインスタレーションゾーンにたどり着いた。鏡面と照明を組み合わせた作品が展示され、空間全体が夢のような雰囲気に包まれていた。


玉妃は巨大な鏡の前に立ち、自分たちの映る姿を見ながら笑顔を浮かべた。「鈴木くん、これってまるで別の世界に迷い込んだみたいじゃない?」


太白も鏡に映る光景を眺めながら、淡々とした声で答えた。「もし別の世界だとしたら、すべてがまったく違っているかもな。」


「違う世界……。」玉妃は首をかしげながら笑顔で尋ねた。「鈴木くんは、その‘違い’に期待したりするの?」


「特に期待はしない。」太白は静かに答えたが、視線を少し彼女に向けた。「でも、新しいものをたまに試すのは悪くない。」


玉妃は彼の横顔を見つめ、口元に微笑みを浮かべた。「じゃあ、今日は新しいものに挑戦したってことになるのかな?」


「そうだな。」太白は軽くうなずき、少し柔らかい表情で答えた。「ここは確かに、特別な場所だ。」


展示を見終えた二人は、最後のエリア「記憶の断片」と題されたインタラクティブなスペースにたどり着いた。そこは古い書斎を模した空間で、壁には古い写真や手書きの手紙が飾られており、床にはレトロな蓄音機が置かれていた。


「まるで時間旅行をしているみたい……。」玉妃は古びた手紙にそっと触れながら、低い声でつぶやいた。


太白は壁に飾られた写真を見つめながら、ふと問いかけた。「昔を懐かしく思うことはあるか?」


「もちろんあるよ。」玉妃は小さく笑い、「特に子供の頃かな。あの頃の生活は、単純で幸せだった気がする。」


「子供の頃か……。」太白は目を伏せ、家族の集まりが写った古い写真に目を留めた。「確かに、純粋な楽しさがあったな。」


玉妃は彼の横顔を見つめ、少しためらいながら静かに尋ねた。「鈴木くん、特別に印象に残っている記憶ってある?」


太白は少し考えた後、ゆっくりと答えた。「子供の頃、両親と一緒に海に行ったことがある。あの日の風は特に強くて、波が顔に当たるとひんやりしたけど、それがすごく心地よかった。夕方の夕日も、今でも覚えている。」


「素敵だね……。」玉妃は微笑みを浮かべ、柔らかな目で彼を見つめた。「いつか、私たちも海を見に行けたらいいな。」


太白は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに小さくうなずいた。「機会があればな。」


展示会を後にする頃、空はだんだんと暗くなり、街灯が灯り始めていた。遠くの空に広がる夕焼けを眺めながら、玉妃は静かに言った。「今日はありがとう、鈴木くん。すごく楽しかった。」


太白は彼女を一瞥し、深みのある目で答えた。「礼を言う必要はない。俺にとっても、いい経験だった。」


玉妃は微笑みを浮かべ、何も言わなかった。


その夜、太白は書斎に座りながら、窓の外の夜空を眺めていた。机の上には展示会で手に入れた記念カードが置かれており、そこにはこう書かれていた。


「記憶は生命の橋――過去と未来をつなぐもの。」


彼はそのカードの縁を指でなぞりながら、今日の展示会での出来事、そして玉妃の笑顔を思い返していた。


「過去と未来をつなぐもの……。」彼はその言葉を低く繰り返しながら、目に深い思索の色を宿していた。

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