「静寂の中で紡がれる絆」

週末の午後、鈴木太白は一人で図書館を訪れた。資料を探すつもりで足を踏み入れた彼だったが、思いがけずコーナーを曲がった先で沖田玉妃の姿を目にした。


彼女は窓際の席に座り、陽の光を背に受けながら、一心不乱に本を読んでいる。机の上には分厚いノートや復習用の資料が山積みになっており、どうやら期中試験の準備をしているようだった。


太白は一瞬迷ったものの、最終的にはそっと近づいて口を開いた。


「そんなに真剣なのか?」


玉妃は顔を上げ、彼だと気づくと驚きの表情を浮かべ、微笑んだ。

「鈴木君?どうしてここに?」


「ちょっと本を探しに来ただけだ。」太白は彼女の向かいの席に座りながら、机上の資料に目をやった。「結構、準備しているんだな。」


玉妃は少し恥ずかしそうに笑った。

「試験が近いからね。ちゃんと復習しないと不安になるの。」


太白は頷き、それ以上は何も言わず、自分の鞄から本を取り出してページをめくり始めた。二人はそのまま静かに時を過ごし、その静寂は不思議と心地よかった。


しばらくして、玉妃がふと話を切り出した。

「鈴木君、将来のこと、どう考えている?」


太白は顔を上げ、少し考え込んでから答えた。

「今のところ、はっきりした目標はないかな。大学を卒業したら、安定した仕事を見つけて、平凡な生活を送れればいいと思っている。」


「やっぱり“平静”なんだね。」玉妃は低い声でそう言い、どこか冗談めかしながらも感慨深げな様子を見せた。


「ああ。」太白は淡々と答えた。「波乱万丈の人生よりも、平穏無事な生活の方が性に合っている。」


玉妃は彼をじっと見つめ、目の奥に複雑な感情を浮かべた。そして小さな声でつぶやいた。

「正直、少し羨ましいな。」


「羨ましい?」太白は少し眉を上げた。「何が?」


「だって、君はいつも冷静だから。」玉妃は目を伏せ、その声には自嘲の色が混じっていた。「私はいつも感情に振り回されてばかりだから。」


太白は彼女の顔をじっと見つめ、静かな口調で言った。

「冷静なのは生まれつきじゃない。僕だって、感情を失う瞬間がある。」


玉妃は驚きの表情を浮かべた。

「鈴木君でも?」


「ああ。」太白は視線を落とし、小さな声で答えた。「でも、それは大した問題じゃない。重要なのは、感情が崩れた後にどうやって問題を解決するかだ。」


玉妃は言葉を失い、短い沈黙が流れた後、静かに頷いた。

「そうだね。でも、それが難しい時もある……。」


「誰も最初からうまくできるわけじゃない。」太白の声は柔らかく、それでいて芯のあるものだった。「焦らず少しずつやればいいさ。自分を追い詰める必要はない。」


玉妃は唇を噛み、感謝の色を帯びた目で彼を見つめた。

「ありがとう、鈴木君。君と話すと、いつも心が軽くなる気がする。」


太白はそれに応えず、再び本に視線を落としたが、その口元には小さな微笑みが浮かんでいた。


数日後、授業が終わった後のことだった。玉妃が太白の席にやってきて、少し迷ったような表情で話しかけた。


「鈴木君、今週末、時間ある?」


太白は顔を上げ、彼女を見た。

「どうした?」


「実はね……。」玉妃は手に持ったメモを見つめながら、少し恥ずかしそうに言葉を続けた。「学校の近くで文化展があるんだけど、結構面白いって聞いたの。もしよかったら、一緒に行かない?」


太白は少し驚いたような顔をした。勉強の相談だと思っていたが、まさかこんな誘いを受けるとは思ってもみなかった。


「どうして急に文化展なんかに?」彼は興味を引かれたように尋ねた。


「だって……。」玉妃は一瞬躊躇したが、やがて彼の目を真っ直ぐ見つめた。「君が“平静”な生活が好きだって言ってたから、きっとあの展示品を見たら心が落ち着くんじゃないかと思ったの。」


太白はしばらく黙った後、最終的に小さく頷いた。

「分かった。じゃあ、週末に。」


玉妃は喜びに満ちた笑顔を見せた。

「やった!じゃあ、また連絡するね。」


彼女はその場を去っていったが、その足取りには明らかな軽やかさがあった。一方、太白は彼女の背中を見つめながら、胸の内に複雑な思いを抱えていた。


「文化展か……。」彼は小さく呟き、その瞳には何かを思い巡らせるような光が宿っていた。

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