「琥珀に閉じ込めた秋海棠、空に溶ける雲の行方」

昼休み、太白は弁当を持って教室を出た。いつものように一人で静かな場所を探して休憩しようと思ったのだ。


「太白君!」背後から千葉夕嬌(ちば ゆうきょう)の声が聞こえた。足を止めて振り返ると、彼女が小走りで近づいてきていた。笑顔を浮かべながら、「朝はありがとう!」と明るく言った。


太白は軽く微笑んで答えた。「別に、大したことじゃないよ。でも、朝、あんなに急いでたのは何か理由があったの?」


夕嬌は笑みを浮かべながら、カバンから小さな楕円形の琥珀を取り出した。それを手のひらに乗せ、太白の目の前にそっと差し出した。太陽の光が琥珀を通して花弁を照らし、内部の秋海棠(しゅうかいどう)の花が透き通って見えた。


「実は……これ、私が作ったの。」彼女は少し誇らしげな表情を浮かべながらも、どこか自信なさげにそう言った。「中に入ってるのは秋海棠の花で、完成までに1ヶ月くらいかかったんだけど……まだ何か足りない気がして。」


太白は興味深そうに琥珀を覗き込んだ。静かに時間が止まったようなその花弁は、美しさと繊細さを併せ持ち、見る者を魅了する不思議な存在感を持っていた。


「すごく綺麗だよ。」太白は心からの感嘆の声を漏らし、優しく微笑みながら続けた。「自分でここまで作れるなんて思わなかった。もう十分素敵だと思うよ。」


夕嬌は嬉しそうに微笑み、琥珀を指先で軽く回しながら、冗談めかして「次はもっと完璧にしてみせるからね!」と自信たっぷりに言った。


太白は彼女の額にそっと指先を当てて軽く叩きながら、「次も頑張ってみなよ。」と笑った。


夕嬌は驚いたように額を手で押さえ、小さな笑みを浮かべながら、ほんのり赤く染まった顔で太白を見上げた。彼女は何か言いたげだったが、太白はそれ以上何も言わずに歩き出した。



彼は階段を降り、校庭へ向かい、ベンチを見つけて腰を下ろした。膝の上に弁当を置いてふたを開けると、母親が朝早くから丁寧に用意してくれた料理が目に入った。卵焼き、唐揚げ、漬物、そして彼の苦手なピーマンが数切れ。彼は小さくため息をつきながらも、文句を言うことなく一口一口と真剣に食べ始めた。どんな味でも、それが母親の愛情と心遣いのこもった弁当だとわかっていたからだ。


昼休みの空は晴れ渡り、天気予報の雨が嘘のように、温かな日差しが校庭を包み込んでいた。太白はベンチに座り、この静かなひとときを満喫していた。しかし、ふと視線を上げると、見覚えのある姿を捉えた。


「ん……あれは沖田玉妃?」

彼女が校庭をゆっくり歩き回り、学校の様子を探っているようだった。表情は静かで、まるで自分の世界に浸っているかのようで、太白の存在に気づいている様子はなかった。


その瞬間、不意に耳元で明るい声が響いた。「あ!こんなところにいたんだ!」

千葉夕嬌が彼の視界の外から突然現れ、少し不満げな目で彼を見た。


太白は驚きつつも苦笑し、「悪いな、いつも一人で食べるのが好きなんだ。人の多い場所は落ち着かなくてね」と答えた。


夕嬌は軽く眉をひそめ、一方の手を腰に当て、もう片方の手で太白を指さしながら言い放った。「本当に昔から変わらないよね!中学のときからそうだったけど、普通に人と接することはできるのに、自分から動こうとしない。社交性が足りないんだよ、まったく!」


太白は肩をすくめ、小さくため息をつきながら答えた。「ええ、まあ、人間関係って面倒だなって思うんだ。」


「でもさ、たまにはいつもと違うことをしてみてもいいんじゃない?たとえば通学路を変えるみたいに、生活にも新鮮さを取り入れたほうがいいと思うよ!」


彼は少し眉を寄せ、怪訝そうに彼女を見つめた。「……どうして僕が通学路を変えていることを知ってるんだ?」


夕嬌は一瞬たじろぎ、視線をさまよわせながら、軽く手を振って誤魔化すように言った。「あ、それはね……誰かから聞いただけだよ!あ、急に思い出したけど、用事があるから先に行くね!」

彼女はそれだけ言い残し、振り返ることなく走り去った。


太白は走り去る彼女の背中を見送りながら、頭を小さく振った。その後、腕を組み、ふとつぶやいた。「生活を変える……そうすれば何か変わるのか?」

彼は顔を上げて青い空を見つめた。白い雲がゆっくりと流れるその光景に、胸の奥から妙に言葉にできない切なさが湧き上がってきた。静かにため息をつきながら、彼はその雲の先に答えを探しているようだった。

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