十八夢「協力の答え」
四時限目の授業を乗り越えた先にあるのは、天国でも癒しの時間でもなかった。
いつもはただの鐘の音も、今では
ただ混乱している脳ミソでも本能で感じ取れることがある。
――この音は、戦争の始まりを合図するものだった。
「起立・気をつけ・礼!」の委員長の合図で一斉に腰を九十度曲げ――無かった。その後に続く「ありがとうございました」を言い切る前に俺は声を張り上げるために大きく息を吸い込む。
「――C班は急げぇェーー!! 机も給食セットも全部クラスの人に任せるで!! ほらッッ! 急げェェーーーーーー!!!」
「――っ!?」「――っうぉ!?」「――っビックリしたァ」「――うるさっ」
俺の張り上げた声は、驚くレベルで
教室に響いたのではなく、校内に、響き渡った。それほどの声量が腹から出た。
俺の声は元々よく通るらしい。
俺の声は、唯一褒められる点でもあったが、同時に恥ずかしく、コンプレックスな点でもあった。
何をしていてもよく通ってしまう声は、小声で話しているつもりでも周りに聞こえてしまう。
『え? 俺の好きな人?』
『大丈夫やって、小声なら!』
『え、でも……』
『ノリ悪ない?』
『……わかった。隣の、ユウカちゃん』
『へぇー!ユーカか! お前声ほんまでかいなぁ! 聞き耳たてんでもわかるわ!』
『みんなに教えたろおーーー!』
『え? え!? やめてやぁ!!!』
静かなお店や場所では俺と会話すると浮いてしまうこともしばしば。
『……お腹減った』
『シっ! アンタ声大きいんやから黙ってて』
『もう、やっぱり連れてこんかったら良かった……』
『だって、……。』
声が大きいからと話に混ぜてくれないこともある。
『え?ほんま?』
『マジらしい。内緒やで?』
『なんの話ぃ~? 俺も混ぜてやっ!』
『えっ、ケンゴ。お前は無理』
『えぇ!? なんで!? 俺も内緒にするから!!』
『だって、お前声大きいねんもん』
どんどんと思い出す記憶の数々。
でも、嫌なことばかりでもない。褒められることも多い。多いのだ。
まず友達と話していて聞き返されることは稀だ。聞き返されることがあるとすれば、話に興味がなくて聞いていなかっただけか、それ以上に興味をそそったことが起こった場合だ。
授業の発表や、音楽の授業では声量で注意をされたことはない。歌うことも話すことも好きな俺はむしろ率先して声を出していた。
応援団や声を積極的にだす仕事は得意だった。ただ声をだすだけで先生や両親から褒められるのだ。なんて向いているのだろうと思った。
昔の話になるが、迷子にもなったことがない。誰とでも話せて、泣き声まで大きい俺を探すのに苦労をしたことがないと母さんは言っていた。
今では仲良くなくなってしまったが、昔は弟とも仲が良かった。
弟が友達に虐められていたときには大声を上げて撃退したこともある。……その時は俺の声量にびっくりして様子を見に来た大人に助けられただけだが。
俺は、自分の声を
しかし、小学五年生以降では、特殊な状況やイベントでもなければこの感覚を忘れてしまうのだ。
……日常で、この声は不要だから。
じゃあ、非日常ならどうだろう?
非日常が向いているならどうだろう?
非日常の方が活躍できる場面が多いならどうだろう?
――なんで、迷っていた?
――なにを、恐れていた……?
――なんだ、簡単だった…………ッ!
非日常を俺にとっての日常にしてしえばいいんやないんかッッ!!!
× × ×
「皆、集まった?」
「おう。集まってる。あ、待って、フジオウさんがまだ手洗ってる」
「おい、八重。顎マスクやめろ」
「ん。ありがと」
「おいケンゴ、いちゃつくなよ。あとあんな声ださんでも俺達ちゃんと働くから」
「ごめんお待たせ」
「フジオウさん来たよ」
給食室前の準備スペースにて、給食当番C班の、一人を除いた全員が集まったことを確認する。四時限目が終わってすぐに、大急ぎで給食室前まで来たのだ。
どうやらまだ三年生も全員集合できている状況ではない。
どうやら俺達は三年生を出し抜いて一番最初に集合できたみたいだ。
「よし。じゃあこれで全員やな」
準備スペースでたち当番を務めている給食委員に全員集合したことを報告して、給食室まで大急ぎで向かった。
事前に確認していた通り、女子には持っていくのが簡単な牛乳パックを詰めた箱と大小それぞれのボウルとご飯食器をもっていってもらった。大きい鍋とご飯の箱は男三人に任せる。俺は一人で持つには重い食器籠を両手で持ってダッシュする。ちなみに、ご飯の食器籠は白米用の食器のみが入っていて小さいのだ。俺の持つ食器籠は大皿と小皿、しゃもじやトングと色々入っているためアホほど重いのだ。
皆が大急ぎで教室まで戻っていく。
一階にある給食室から二階の奥にある一組のクラスに戻るまでで一番しんどいのは当然階段。そして今、準備スペースまで向かっている給食当番と経路が交差してしまうので混雑する。
はやく教室に戻りたいのに意識の低い当番が広がって階段を下りるせいで、中々スムーズに進まない。
仕方ないかと大声を出すために息を吸い込んだ時、聞いたことのある別の声が階段の混雑を割いた。
「ごらアッ! 三組ッ!! 邪魔になってんだろォがッ!! 端に寄りやがれッ!!」
階段を上ろうとした先の踊り場で立っていたのは、ギザ歯を怪しく光らせる白髪の少年だった。
「い、
「ほら、さっさと行けやッ……」
「ありがとう……!!」
本望 一徹によって階段を駆け上がるための道ができる。
そこを俺達一組は大急ぎで駆け上がる。
上りたくても人が邪魔で上れなった焦りと、遅れを少しでも取り戻そうとする焦燥感に駆られていたことが原因だったのかもしれない。慌てて上っている最中、足が何かにひっかかって、転びそうになった。
「――やばッ!」
足が躓いて前に転ぶ、顔をぶつける、痛そう、食器籠に入った食器が散らばる、と一瞬の間で色々な思考が巡る。
――あぁ、ごめん。
そう思って、次の瞬間、ガシャンと音を立て――ずに、俺はギリギリの姿勢で止まっていた。
「ったくッ。しっかりしやがれッ」
そう言って、俺よりも身長の低いはずの一徹は俺の身体を片腕で悠々と抱きとめる。抱き留められてわかったが、俺のお腹を支える腕はガッシリと筋肉がついていて太かった。
「な、何度もすまん」
「いいッ。ほら、はよいけ」
俺の方ではなく、違う方向を見ながら目を細めている一徹に心の底から感謝する。
「あぁ、じゃあっ!」
「あァ、今度こそ気をつけろよッ」
俺は無事の食器を詰めた籠を両手で持って、ダッシュで教室まで走る。
「おい、ケンゴ、食器籠のお前が一番最後ってどうやねん」
「すまん! でも、待ってすぐ巻き返す」
次々に準備に移る当番。そこに謝罪して、俺も大急ぎで準備に入る。
一人の抜けを自分がカバーすると意気込んで足を引っ張るようだと
給食の食器や鍋を置く用に広げられているテーブルを見て、一つの可能性に気付く。
先週木曜日に見た光景が脳裏に
~~~~~~~~~~
白いエプロンを纏う木町が「ハヤシ、もうクラスの皆呼んでいいよ」と教室でエプロン姿のクラスメイトが配膳する様子を見ながら話しかけてきた。
「? まだ配膳してるやんか」
俺と木町がこうして話している間にも、ボウルを持った当番が配膳している。
「? 昨日ハヤシが言ったことを行動に移してるからね」
~~~~~~~~~~
「――ごめん! 一人の抜けを別の形で補う! 皆、食器は各班に既に並べるから、それぞれ邪魔にならんように各班ずつ周ってくれ!!」
つまりはこうだ。
いつもは給食台と呼ばれるテーブルの上に、ご飯の箱に、ボウル、鍋を置いて計五人がよそう。そして、残りの人数で配膳する。今回は一人いないため、テーブルの上に配膳されていない、盛られたご飯食器やら大皿が溜まってしまい、テーブルを圧迫してしまう。結果、時間ロスになるのだ。
それなら、空の食器を爆速で各机に設置し、それぞれが邪魔にならない位置で順番に空の食器に盛ることができればいいのだ。
これが一番効率のいい配膳だ。
元々食器を配膳する予定で余った人は、各給食をよそっている当番の補助になってもらう。順番に配膳が完了して人数が余りだすと、それぞれ補助の追加に、ミスの確認。分量の均等化に努めてもらった。
こうして、お互いの連携と徹底した効率重視の末、俺達の給食準備は――。
「一組の皆~、もう教室入っていいよ~!」
「はぁ!?「えっ、もう!?」「マジでお腹すいたわぁ~」
驚く速度で準備が終わった俺達C当番に、思い思いの言葉をなげかけるクラスの皆。
廊下を見ると、二組も三組もまだまだ時間がかかりそうだ。一組がクラスに戻ったことに驚きを隠せていない様子に大変気分が良い。
教卓前に、木町と二人で並んで目を合わせる。
「ありがとうね」
木町は笑顔で笑った。
彼女と二人で揃って、教室前の壁に飾られている時計を確認する。
まだまだ、給食時間を知らせる鐘の音まで時間が余っている。
改めて目を合わせて笑いあった。
俺と木町は『委員総会を無断欠席した最悪のコンビ』だ。
そんな二人の所属する一組の給食準備に対する意識の低さは最悪だ。当番の集合時間から配膳時間、返却時間の全てで露呈していた。
当然お咎め無しなんて優しい話はない。山郷先生に注意説教お怒りを受けてきた。特に俺が。
さらに予備エプロンを早速使用し、今日にいたっては一つのエプロンが行方不明になって、洗濯忘れのエプロンもあって一人が当番不参加。
これでは今日も最悪の結果になると思われたが、皆の頑張りのおかげで、無事に終わったのだ。
まだ、行方不明になったエプロンの件は解決していないが、今の俺達に怖いものなんてなかった。このまま全てがうまくいく気がする全能感に満たされる。
ちらりと気になった方を見る。
少し不機嫌な様子の男子生徒は俺の方を見ることなく、食器に盛り付けられている給食を睨んでいる。
大方ケチをつけるための要素を探し出しているのかもしれないが、無駄だ。
完璧に配膳し、分量も均等になるようにチェックもしたからだ。
完全勝利、そう思った。
最初は自分一人でと考えていた。
でも無理だ。できればよかったが、俺にそんな力はない。
だって、勉強が苦手だから内申点を稼ぐために委員会に入ったのが動機の男だからだ。俺の能力はたかが知れている。
しかし、皆の『協力』のおかげで乗り越えることができた。
――そうだ、『協力』してもらった。
諏訪の方を見ていた俺は、今後は違う方を見る。
切れ目とインナーカラーがピンクな少し派手な女の子は、大皿を睨んでいる。あれは恐らく、食べられない苦手なものを見るときの目だ。多分この後あの大皿を俺に渡してくるだろうことも想像できてしまう。
だが、不思議と嫌な気持ちはしない。
八重は最初からわかっていたのだろうか。
俺が答えに気付くことを。
俺に見られているとも知らない八重はずっと皿を睨み続けていた。
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