十七夢「危機的状況を打破する方法は時間を稼ぐこと」

「で、どうすんの? あてでもあんの?」


「な、ないんよな、それが。マジで困った……」


 今朝、諏訪すわに堂々と啖呵を切ったものの、必勝法があったわけでもなかったため行く手が塞がっていた。

 今は三時限目の休憩時間。二時限目の休憩時間には木町と凛と話して、特に策が浮かばなかったのが現状だ。

 一組には今エプロンが二つない。このままでは一人が配膳に参加できない。『エプロンを着用していない状態で教室に入室はできない』というルールがあるせいだ。

 

 今週は俺が当番の週だ。極力避けたい最悪の手段として、俺一人で二倍の働きをもって抜けの分をカバーするしかない。果たして自分にそれだけの能力があるのか、と言った点に関しては目を瞑るしかないが。


「てっきり他にも策があるんかと思ってた」


「いや全く。これぽっちもない。八重頼みで、つい、頭がカーっときて」


「……そう。甲矢仕はもっと立ち回りが上手い小癪なタイプかと」


「ホンマにお前ってやつは……ッ。じゃあ、八重から見た俺はどんなやつなんや?」


 意味のない話にはなるが、気になって聞いてみた。

 何も案が浮かばないので、このままだと最悪の選択肢を選ぶしかない。だがどれだけ頭を捻っても浮かばないんだから仕方ない。

 

「私から見た、甲矢仕……?」と言ったきり、黙ってしまった八重。中々難航している様子だ。せっかく話を脱線させたのに、意味がなかった。

 もう一度打開策に考えを巡らせる。何かないかと意識の底へとダイブするように集中する。集中しようと意識すればするほど、周りの喧騒が気になった。


 目を閉じていた俺は、片目だけを開けてその原因である廊下を見る。バラバラと続く規則性の失われた人影が見えた。

 生徒がまばらになって歩いているのだろう。絶え間なく続く人影が、まだまだ終わりを見せない。


 おそらく隣のクラスは次の授業が移動教室なのだ。


「甲矢仕はもっと、限定商品って感じで、でも今は誰にでも手が届くプリンのような」


「――。」


「この先他クラスの生徒には顔を知られることもない生徒のはずで、でも今は」


「――それやッ!」


「もしか――って、何。いきなり」


 耳に入った言葉の数々。それは意味を成さない欠片が散りばめられたような感じだ。しかし、その重要なピースは確かに特別な意味に成り代わって完成した。


 つまり、話を聞いていなかったが一つ案が浮かんだのだ。

 

「八重、見つかった。残り時間も少ないし、急ぐでっ!」


 休憩時間も残り七分程度。俺は急いで立ち上がり、八重を置いて教室を飛び出した。別に八重がついてくる必要はないが、なぜかついてくる気がした。本来ついてくるべきは木町だが、彼女は今忘れていた課題をギリギリまで仕上げているためいない。だから八重はずっと俺の隣にいたのだ。


 八重も先に教室を出た甲矢仕の後を追いかけようと動く瞬間、舌打ちが聞こえた。


「ハヤシの野郎、なんか思いついたんかぁ?」

「無駄やろ。別に、気にせんでも」

「何かできるようなやつでもないって!」

 

「――。」

 

 諏訪とその周りにいた男共が何か言っていたが無視をして背中を追いかけた。


 隣の二組はさっき移動をしているのを見た。案の定、廊下をでてすぐ隣のクラスは消灯されていて真っ暗だった。

 だから俺と、後から遅れてきた八重は三組の扉の前で立っている。


「な、なぁ。八重、お前……」


「ダメ。ここまで来ておよび腰になるな」


「……八重こそ恥ずかしいから俺の後ろに隠れてんのとちゃうん?」


「これは甲矢仕の仕事。わかる? 私は無関係」


「でも、ほら、俺より八重の方が見映えがいいやろ? 扉開けて俺がでてくるより絶対八重の方が」


「うっさい。さっさと終わらせて」


「……なぁ、やっぱり帰ろうか」


「――おいッ! うっせぇなァ!」


「――っ!?」「――。」


 三組の扉が突然乱暴に開かれた。勢いよく開いた引き戸はガシャンと音を立てて開閉される。

 一瞬扉が開いた先に立っていた男子生徒は、俺よりも背が低かった。そう、一瞬しか見れなかった。それ以上を確認する前に勢いよく開けられた扉はまた閉まってしまったからだ。


 今度は勢いが強すぎない丁度いい速度で開かれる。

 扉の先に立っている男はどこか恥ずかしそうにして、目が合わない。


「し、しまったッ。勢い強すぎたァ……」


 後ろ髪をガシガシとしながら登場したのは、やはり俺より身長が低く、たれ目な男子生徒だった。

 

「な、なぁちょっと……!」

「――。」


「あァ? んだよ。『オレ』の顔みて固まりやがってッ。……?」


 扉を開けて廊下に出てきた名も知らない生徒は、廊下の壁にもたれかかった状態でこっちを睨んでくる。

 白髪を逆立たせた髪型に、威嚇するかのような態度は怖いし、たれ目だが、それがより一層睨みに迫力を増す一因となっている眼力も中々だ。


 彼の特徴を挙げるならしばらく続けることができるが、どれも見劣りするほどに強烈な個性が彼にはあった。

 彼の一部にずっと目を奪われていて、原因である彼の口元を凝視する。すると唇の隙間からそいつは一瞬顔を覗かせて姿を現した。


「『オレ』の名は、一徹いってつ! 三組に用があんなら『オレ』を通しなッ!」

 

 自己紹介の際に怪しく光った正体を指さして「ギザ歯……!!」と大声が出てしまった。

 

 一徹と名乗ったギザ歯の生徒は歯を噛み鳴らせて怪しげに笑う。


「んで? 残り時間も短い中、わざわざなに用だァ?」


「あ、えーと俺は給食委員なんやけど、三組の給食委員の人呼んでもらえる? 急ぎで用があって」


「あァ? ……あぁ、お前が委員総会を無断欠席したヤツかァ?」


 どうやら無断欠席の話は三組にまで広がってしまっていたらしい。思わず苦笑いをして話の続きを促す。


「ってーとォ? そこの女子も給食委員か? ……いや、違うなッ」


「おお、この女子は無関係」


「無関係の女子を連れてるってこたァ、……ツレか?」


「――なっ!?」


 一徹は小指を立てて片目で茶化す一徹に驚きで声がそれ以上でない。

 ここで俺と一徹のやり取りを終始無言で聞いていた八重がとうとう動いた。


「甲矢仕。彼の名札を見て」


「あ? 名札? 『本望ほんもう』? ――あぁ、本望 一徹。彼のフルネームか、それで?」


「時間が少ない中で察しの悪い演技はやめて、ほら、ちゃんと見て」


「いや、演技じゃ……ん? ぁあ!? おまっ、お前が給食委員かよ!」

 

 胸にあるのは名札で、そこには紋章とクラスバッチの他に委員会バッチが取り付けられていた。

 そして、一徹に名札には『給食委員バッチ』がついている。


「今更気付いたかッ。委員は皆名札にバッチつけるんだがらッ、そこを確認すればいいだろォがよォ~」


「マジか! なら話が早いわ! お願いや、三組でエプロンは余ってる?」


「予備かッ? それなら余ってるが。それに予備は予備であって早々使うもんでもねエしなッ」


「んぐっ……! と、とにかく予備エプロンが余ってるならちょっと貸してくれん?」


「あァ? 嫌だ」


「は、はぁぁ!? なんでッ!?」


「予備エプロンを使いたいんだろォ。だからダメなんだよ」


「今俺のクラスでエプロンが足りてないねん! だから余ってるなら貸してほしいのよ!」


「悪りィな、なんべん言われても変わんねェッ」


「優しくねぇやつだなッ! あ、それならエプロンは貸してくれなくてもいいから、その代わりに」


「――それはお前のクラスが原因で、お前の責任だッ! そんで、困難は自分で切り開くもんだッ。はなから人の手を借りようなんて考えのお前が、頼られる立場になるもんじゃァねェなァ!」


 このままじゃ埒が明かない。どうしたらと考えあぐねている時だった。

 無慈悲にも予鈴が鳴ってしまう。


「残念だったな、甲矢仕ィ。さっさとおたくの教室に戻りなッ」


「……ッ! くそ!」

「……。」


「……。」


 廊下に一人佇み続ける本望は、走って教室に戻る少年の背中を最後まで見届けていたことに二人は気が付かなかった。



×  ×  ×



 結局この状況を打開することはできず四時限目を迎えてしまった。この授業が終わればいよいよ給食時間だ。

 この危機的状況から会心の一手を繰り出すには他クラスの助っ人が一番効果的なのは間違いない。次の四時限目が終わると同時に、残る一クラスに頼み込みに行くか……? 

 願わくば予備エプロンが使用されていないことを祈るばかりだ。

 

 授業中だと言うのに、話も聞かず板書もしないでノートにこの状況を打開する策をメモする。

 

「ちょっと、話聞いてんの?」


 全く話を聞いていないことが前園にバレた。隣の席に座る前園は、今も板書する先生にバレないよう小声で話しかけてくる。


「全く聞いてなかった。それより、このままやと前園も当番がしんどくなるんやぞ?」


「一人分戦力が減るのは確かにしんどいけど……」


 前園は俺と同じC当番だ。

 一人分の戦力の損失。誰がどう見ても厳しい現状。そして今日の給食はパンではなく白米だ。パンなら配膳も効率よく進むので最悪一人で事足りるが、白米はそうも言ってられない。なにせ三十人分の白米をよそって各机まで運ぶ作業がある。だから、どうしてもさっきの休憩時間の間で三組からエプロンを借りたかった。……失敗したが。


 ギザ歯が特徴的な白髪の男子生徒を思い出す。

 本望と名乗った男子生徒は今日初めて会った。チャイムが鳴る前に『自分の力で頑張れ』的なことを言っていたので、三組に助っ人を頼むことの望みも薄い。


 「はぁ……。なぁ前園、なんか策ない?」


 「……。」


 前園は俺の言葉を無視して板書に勤しむ。

 俺は諦めてまた考えてみると、不意に名前を呼ばれたので顔を上げる。


「おい、ハヤシ! お前話聞いてたんかッ!」


 教卓の前に立つ先生が、青筋を浮かべながら俺を睨む。

 当然というべきか全く話を聞いていなかったので大ピンチである。


 少し離れた席では諏訪が俺の方を見ながらニヤついている。


 当然ここで馬鹿正直に答えるわけもなく、


「あ、はい聞いてます。大丈夫ですから授業を続けてください」


「そうだな、じゃあしっかりと授業に集中していたハヤシくん。教科書の十三ページの資料一と二の違いはわかるな?」


「あ、は、はい。余裕です。えーっと、……。」


「どうした? まさかわからないのか? 話を聞いていたのならヨ・ユ・ウ・なはずだが?」


 まずい、全くわからない。

 四時限目は理科の授業で、今は植物の内容を進めている。資料一と資料の二の違いと言われたが、同じ植物にみえる。それ以外に違いなんてわからない。

 今から長い文章を読解して違いを分析する前に先生から説教されるのは目に見ている。つまり今ここで発揮すべき能力は読解力ではなく、的外れではない回答かつ運任せで口から出まかせで先生にお任せだ。


「あぁー。……『種子植物』の中でもぉー、えー、何種類か、そう、『何種類』か~ぁ……分岐? しますね、ええ。それでぇぇーー、……資料一は単子? 『単子葉類』で、別の資料は『双子葉類』ですね。この違いは、葉の数が違います。以上です」


「……ふむ。大変聞くに堪えない時間稼ぎだったが、なんとか乗り越えようと頑張ったその姿勢に免じて今回は許してやろう」


「あ、ありがとうございます」


「……あと、テストでは『葉』ではなく、『子葉』と答えなさい」


「はい」


 先生も満足したようで、また板書を始めた。

 俺は誰にもわからないようにゆっくりと息を吐いた。

 

 マジで、もうダメだと思った。


 改めて教科書に目を落とす。自分でも驚くくらいに頭は冴えわたっていた。

 長文の内容で太字になっている箇所と、今求めている内容を無事摘出し、掻い摘んでそれをほぼノータイムで答えることができた。正直、さっき自分が何の話をしていたかはっきりと覚えてはいないが、とにかく、『子葉』と『双子葉類』は覚えた。

 これからは、しっかりと話を聞こう、。……馬鹿か俺は。

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