十四夢「無い善より、ある?偽善」


 「はーい、こっちで受け取ります。あ、そこの方、スープの鍋は左の方に寄せて、あ、そうですありがとうございます」


 昼休みに俺と木町はいつも通り給食室前で仕事をこなしていた。


 本当は給食時間が始まってすぐに八重に聞きたかったことがあったが、当然クラスメイトの前でぶっ飛んだ話はできないし、給食時間後にはたち当番がある。給食待ち時間中に恥ずかしさで八重に話しかけることを止めた判断を後悔する。


 ずっとクヨクヨしていても問題は解決しないので今は切り替える。

 次々に運ばれてくる食器籠や鍋などを混雑しないように指示しながら返却してもらい捌く。人の波もかなり落ち着いてきたので、あとはほぼ見届けるだけで大丈夫そうだ。ピークの時間を今日も無事乗り切ったのである。


「ハーヤーシーくん。いいんじゃないぃ~? その調子で頑張ってよーー?」


 上機嫌で山郷やまざと先生が背中を叩きながら自分の仕事を褒めてくれる。数分前までの自分の働きを思い出し、少しだけ頑張った甲斐もあったかと納得する。

 最初はサボると怒られるのが嫌で始めていた仕事も慣れてくれば、そう悪くない仕事だと思えてきた。……これ以上のめんどうは御免だが。


 冷凍庫の前には昭和レトロな黄色のケースが上に積みあがっている。『雪 ◇ 印』のマークが特徴の牛乳パックを運ぶためのケースだ。俺の腰の位置まで積み重なるケースの前で屈んでいたのは木町だった。


「何してんの」


「見ればわかるでしょ。牛乳パックを畳まずに返してきたクラスがあったから」


 屈んでいる木町を見下ろして話を聞いていると、居心地が悪かったのか目線で「手伝って」と訴えてくる。短くため息を吐いて俺も対面にしゃがみ込む。コンビニの前でたむろするヤンキーのような光景に見えるだろうが、実際は優等生の鏡のような働きぶり。


「冷凍庫の前だから少し涼しいね」


「確かに、冷気が漏れてるんか?」


 扉が少し開いているのでそこから冷気が漏れてしまっているようだ。

 春の過ごしやすい時期ではあるが、先ほどまでえっさほいさと働いていたからシャツは汗ばんでいる。冷凍庫から漏れる冷気が汗を冷やしてくれて心地良い。だから俺はその扉のことを放置して、一つずつ牛乳パックを折りたたむ。

 二人でやれば作業効率も二倍ですぐにでも終わりそうだと安心していたところに、ドサリと新しく黄色のケースが積まれた。返却が済んだ当番はそそくさと戻ってしまい、それを確認して肩を落とした。


「……追加か」


 木町と目を合わせてお互いに長い溜息がでたのには思わず苦笑いしてしまった。

 お互い無言で同じ作業を繰り返しては、やっと最後の一つになった。それを薄く丁寧に畳んだものをパンパンに膨れ上がった牛乳パックの箱に無理やり押し込んで完遂する。


「おつかれ」と木町がニコリと微笑んだのを見て、俺は「おう」と短く返す。


「いやぁ、今日は一段と仕事が多かった!」


 少し肩の上がった給食委員長は青色の前髪をかきあげながら、戻ってきた。


「お疲れ様です部長。すいません、部長に行ってもらって」


「いいって、自分のクラスやったし。これは俺の責任でもあるからなっ」


 はははと高笑いする水泳部部長兼、給食委員長。

 今日は珍しく三年生の一組の返却が中々完了しなかったのだ。そこでいつもは俺が校内を走り回る役なのだが、今日は違った。


「それにしても、いつもハヤシくんに任せてたから、久々に走るとこたえるなぁ」


 はははと高笑いする先輩。最初は少し息が上がっていたが、それも演技で最初から余裕の様子だったのではと思わせる爽やかぶり。

二年上の先輩は高身長イケメンが多く、まさしく先輩のかっこよさを体現したような人が多い。そして目の前で笑っている先輩もその一人だった。


 無事仕事を終え、そのまま部長と挨拶して急いで教室に戻る。


「あれ? 何か用事?」


 急いで教室に戻るために小走りする俺に並走して木町もついてきた。


「まあな。で、それ何してんの」


「あ、これ? ハヤシくんは指つかれてないん?」


 隣を歩く木町は手が疲れたのか、指の疲れを逃がすようにフラフラと脱力しているのがユニークなお化けのようでおかしい。


 俺も小走りをしながら、手を握る動作を繰り返すと少し指が震えた。

 どうやら牛乳パックを畳むのに力が少し必要で、それが自分の分だけなら問題にはならないが、大量の牛乳パックを畳んだ後には指が疲弊したみたいだ。


「ね?」


「なるほどな」


 木町の様子に納得したところで教室に辿り着く。そして、この事態をすぐさま相談すべく八重を探すが姿が見当たらない。

 

「くっそ、マジかなんでこんな時に。どうすっかな」


 いつもは自席で本を一人で読み耽っている彼女が今日に限っていなかった。


 いつも通り今日も昼休みの残り時間は僅かだ。今から校内を探しに行っても時間がかかってしまう。


「もしかしてヤエさんを探してる?」


「そうや」


「でもいないみたい」


 仕方がないので、教室に戻った俺達は引き出しから見慣れた給食委員活動日誌を取り出す。活動日誌に記録している集合時間の記録などを確認し考えるフリをする。


 昨日のことがどうしても気になってしまい、何も考える気力がわかない。


「どうしよっか。呼びかけは十分できてると思うから、他のことにも力をいれないとね」


 考えているフリだと知らない木町は真剣に考えている。何も考えていないのも申し訳ないが、気力がわかないので仕方ない。


 どれだけ考えてみても、もう呼びかけ以上の何かをする気も起きない。しかし、このまま何もしないと場合、委員として責任感がないだとかやる気がないと思われても困る。

 だから、『何もしない』のではなく、『何かしようとした』けど結果がでなかったという筋書きが大事だ。

 俺の指す『協力』とはただクラスの皆にこれ以上は仕方がないとだ。

 だからそのためには俺が見てわかる努力の姿を見せる必要があった。


「ね、どうしよっか」


「それな、まじでどうしよう。あ、てかさ、今週は木町が給食当番やんか、どうやったんそっちは」


「うーん、普通……かな。給食室前に集まって、手を洗って、人数が揃ったら給食委員に報告して、配膳はいつも見てる通りよ」


「その中でタイムを巻ける要素はないん?」


「洗面所が混む……かな? 大体私達が遅くに到着するから、洗面所の前で並ぶことになって余計に遅れる、かも」


 給食室から一番遠い場所に位置する一組のクラスはどれだけ急いだところで、先に到着している当番の後に手を洗うことになる。

 それではやっぱり俺たちが遅くなっても仕方無いのではなかろうか。この間、八重に否定された言い訳をもう一度言ってみるも、納得しない木町はむしろドヤ顔で「これを見て」と一枚のプリントを前に出す。


「ん? 活動日誌の記録か。てかなんで同じのをお前が持ってんの?」


 自分の手元にある活動日誌の記録と見比べて、同じものが二枚あることに首を傾げていると、大きな違いがあることに気が付く。というかむしろその異端さが目立っていた。


「は? 何この記録。ってか待ってくれ。これ一年生の分じゃなくて三年生の分やんけ!」


「そう! これは三年生の分の活動日誌でーす」


 どや顔で見せびらかしてくる記録をひったくって、見間違いのないようにしっかりと見比べながら確認した。

 や、やっぱりや。


 集合時間の記録から配膳時間の何もかもが俺たち一年生と違いすぎる。


「三年生すげぇな……。二年後には俺たちもこんな記録になってんのか」


 はっきり言って現状から今の三年生のようになれるとは到底思えない。

 想像のつかない俺を他所に木町は話を続ける。


「三年生のこのすごい記録を見て私も驚いたし、私達が集合するタイミングでは既に三年生は教室に向かってることが多いんだよねっ!」


 俺は来週、初めて当番にあたるので知らなかったことだが、三年生と一年生の給食室前の指定された待機場所が同じ、らしい。


「それで、昨日それを疑問に思って、でっ! 部活後に先生にお願いして、三年一組の記録のコピーをもらったんだよね~」


 まさかの木町の活躍に思わず目がかっぴらくのを感じる。横で「すごい!? 私って凄い?!」と飛び跳ねる彼女を適当に褒めながら、プリントをバシッと広げる。


「なるほどなぁ、でかした木町! ……。じゃあ最初からこれあるのにわざとらしく『どうしよっか』とか芝居うってたんか?」


「あ、バレた?」


 三年生はすごいと山郷先生が日頃からよく褒めていたので知ってはいた。給食後の返却も三年生が決まって一番でやってくることも、この記録を疑いようもない事実だと裏付けるレベルの説得力があった。


「ホンマにお前……、いや……? まてよ、ということは、」


「ん? どうかした?」

 

 わざわざ、できないフリをする必要がなくなったのではないか? たった、今!

 

 何かしたが結果を残せなかった残念なやつではない。何かをした結果、記録を変えた優等生になれるのではないか?!


「ハヤシくん、顔がニヤけててなんかキモイよ……?」


「おいおい木町ぃ~。お前言うようになったなぁ」


「へへ、真似してみたー」


 いつも通りに戻った木町に「あっそ」と返しながら、ある結論にたどり着く。


「それじゃあ今度は俺の番やな。今日の放課後に水泳部部長兼給食委員長の小高おだか先輩に直接聞いてみるわ。それに何の因果か、先輩は三年一組やしな~」


 部活動の時と、昼休みの給食たち当番にてすっかりお世話になっている一人の先輩の姿を思い浮かべながら、俺はついつい漏れ出る悪い笑みを隠すのに必死になっていた。

 

 放課後、小高先輩は部活に来なかったし、八重に相談してもわからないと言われるしで結果は散々だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る