三夢「俺は委員会に」
「それじゃあ、朝のホームルーム! 始めるぞ!!」
担任の教師が朝の掛け声を隣のクラスにも聞こえる勢いで張り上げる。
昨日の入学式を終えて、俺達は新一年生として歓迎された。そして二日目の今日からが本格的な始まりでもある。当然、今後の期待や不安を胸にクラスメイトの面持ちは頬が強張っており、緊張が伝わってくる。
昨日紹介のあった一年一組の担任の教師は野球部の顧問も担当しているようだ。野球部顧問にふさわしい熱血ぶりが既に要所要所で垣間見える。 ちなみに頭髪は真っ白だ。
今日の一時限目はHR《ホームルーム》。
まずはクラスメイト全員の自己紹介をした後、各委員会を男女一人ずつ選抜していく。そのあとは今日の二時限目以降にある各部活動の紹介や体験入部期間と入部届についての説明があるそうだ。
「———はい、拍手!! 次の人、どうぞ」
担任の言葉を合図に拍手を送り、その次の席の人が立って名前と趣味、好きな食べ物を順番に発表する。クラスの半分が知り合いなので今更ではあるが、初めて同じクラスになる人も少なくはないので、皆が真面目に話を聞いていた。
「おい、次の、……えーと、ハヤシ……? よろしく!」
「あ、はい!」
思わずぼーっとしていたので担任に名指しされ、勢いよく席を立つ。
クラスで立っているのは自分と担任以外誰もいない。皆が俺の方を見ているこの状況に少し緊張する。
「あ、名前は
少し変わった苗字ではあるが、それ以外は特に変わったことはない。自分の番が来るまでに趣味がない人が入部希望の部活を言ったり、特技を言ったりしていた。同じ要領で自分も特技を発表する。こうして悪目立ちもしぜにそつなく発表が終わった。
無事終わったことに安堵の溜息をこぼして席に座る瞬間、少し変わった気配のようなものを感じる。その視線は後方に位置する女子から発せられおり、そのまま目があった。
「……」
「……」
昨日の切れ目の女子だ。
朝も顔をあわせたが、一日経ったから何か思い出せたわけでもなかったため話しかけてはいない。向こうから来る可能性もあったが、朝はギリギリに通学していたためそれもなかった。
目があったことで表情が変わることもなく、何のアクションもない。まさしく、無。特に気にせず前を向く。
まあ、目があったことも皆が俺のことを見ていたのだから、別におかしなことはないはずだ。
あれから自己紹介は順調に終わり、HRは自己紹介の後、各委員会決めに移っていた。
今では担任に代わって委員長と副委員長が司会を務めている。委員長には入学式の際に新入生代表で挨拶をしていた男子が、副委員長には小学校の頃から優秀だった女子が選抜されている。
「えーと、それでは次に風紀委員に立候補したい方。挙手を」
次々に決まっていく委員。残る委員会は今立候補の是非を問う『風紀』に『給食』、『図書』、最後に『保険体育』が残っている。
ここでは意欲のある者、内申点を稼ぎたい者、色々な動機を持った者が挙手していく。
新しく始まる中学校生活は未知だらけ故に不安要素は多分にある。意欲ある挑戦者として負担を背負うほどの勇気や決断力は、はっきり言って俺には無い。しかし、内申点を稼ぐなら中学校生活に皆が慣れる前の今がいいだろう。なぜなら右も左もわからない今、入学したての俺達一年生は等しく平等の評価が各先生から下されている。
ここから三年間の間で少しずつ個人の差が開いていくとするならば、不器用な俺はスタートダッシュの段階で有利に働き、かつ印象をよくする必要がある。そして最悪ヘマをしても大丈夫なのは今の時期。まだ初めてで『右も左もわからない』のだから多少のミスは仕方がないのだ。
……失敗の連続さえしなければの話だが。
そして風紀委員の挙手も誰も挙げないという問題はなく、クラスに
「あ、えーと、何さんでしたっけ?」
委員長がまだ名前を覚えきれていないため聞き返したその人物とは———
「はい、相上です。相上 凛」
「ごめん、ありがとー、アイカミさん。副委員長、それじゃあお願いできる?」
「はい、相上ね。……漢字、これであってる?」
「はい、大丈夫です」
もうすでに連携がうまくいっているように感じる委員長と副委員長に、クラスのみんなも納得している。この先この二人がまとめて大丈夫そうだ、と。
それよりも、凛はどうやら図書委員ではなく風紀委員に立候補していた。
昨日の話もあって図書委員が手堅いだろうと思っていたが、何か思うところでもあったのだろうか。
凛が風紀委員に決まってから、相方の女子が決まるまでは時間がかかった。
誰も挙手しなかったからではない、逆だ。次の瞬間びっくりするくらい多くの女子の手が一斉に上がったからだ。そこからじゃんけんによって一人の勝者が生まれた。凜は結構冷めたやつではあるが、嫌なやつではない。それに顔もよく身長も高いため結構女子から人気もあるようだ。
さて、アイツのことは今はもういい。俺は今、残る委員会の選択肢が増えたことになる。
給食委員か図書委員か。
「えー、それじゃあ次に、給食委員に立候補したい方、挙手を」
クラスが静まり変える。誰も手を上げない。
それもそうだろう。委員会決めの前に行われた説明によると、給食委員の仕事内容として、『給食準備時間』、『昼休みの時間』の給食時間の前後に活動を行うらしい。すなわちそれは当番の日には休み時間を削れという言う意味にほかならない。誰が好き好んで休み時間にまで働きたいと考えるのか。
「えーと、すいません。誰か給食委員に……なっても、いいよって、方はー……?」
委員長が困った様子でクラスを見渡すも誰も手を上げない。どころか委員長と目をあわせようともしなかった。当然である。
俺は凛が風紀を立候補した段階で決めていた。俺は図書委員になろうと思う。
図書委員の活動は放課後。それも一、二カ月に一度。
今後水泳部に入部しようと考えている俺は放課後は水泳部の活動で忙しくなる。そこでたまのリフレッシュで図書委員という名目で部活をサボ――休憩することができる。
「……。仕方ないですね、それじゃあ一回給食委員は飛ばします」
賢明な判断といえるだろう。これ以上時間を浪費することは無駄といえる。
クラスの皆も同じ考えなのか誰からも反対意見もなく、肯定意見すらでなかった。どちらかというと我関せず、自分でなければ誰でも構わないといったところだろうか。思っていた以上にクラスの誰も委員会――というようりかは内申点に対して無関心な印象を受ける。
「それでは、次に図書委員に――「はい!」「はあい!「はいッ!」――立候補したい方、……え、ええっっ?!」
委員長が次に移ろうと図書委員の立候補者を募る瞬間、それは恐ろしく食い気味にそして多くの生徒が立候補していた。同じように手をあげようとしていた自分のは行方を見失ったかのうように空中でフラフラとさまよい、そして、膝の上に帰結した、してしまった。
「え、ええ! こんなに多く!? こ、こまります!」
俺だ私だと騒がしく言い合うクラスメイト。びっくりするほど多くの生徒が立候補するのはやはりその仕事内容だろうか。簡単そうで内申点を稼ぐことができる。先ほどのクラスメイトへの印象は瓦解し、今では誰が適任かということで醜く争っていた。
今更あの輪に混ざることも躊躇われる。委員長と副委員長も困った様子で、あわあわしているのを他人行儀な気持ちで眺めていた。
ここで図書委員が誰に決まろうが勝手にしてくれというのが本音だが、残る委員は給食と保険体育。もちろん保険体育など論外だ。水泳以外からっきしの俺が何かできると思えないし、ああいった仕事はクラスのムードメーカーに求められる仕事である。
ならば、残る委員は必然的に――、
「それじゃあ、図書委員は人数が多すぎるのでじゃんけんで決めてもらうとして、次は保険体育委員を立候補される方は?」
図書委員を立候補した生徒は教室の隅でじゃんけん大会が開催されている。そのじゃんけん大会には図書委員の立候補者とは関係ない生徒も混ざっているのだが、それでいいのだろうか。
「それじゃあ、図書委員もあと少しで決まりそうなので、残る給食委員に立候補される方は?」
ぼーっとした頭で図書委員のじゃんけん大会の様子を遠目から眺めていると、気が付けば体育委員は決まっていた。
女子生徒は知り合いだが、男子生徒の名前は見知った名前だった。つまり、同じ小学校に通っていた生徒だ。名前は宇都宮。
彼は凛の後ろに座っており、凛と楽し気に話している様子だ。凛と宇都宮は知り合いだったのか、楽しそうに話している。凜がこんなにもはやくに打ち解けているのは珍しいことだ。てか、少し笑っている。俺レベルじゃないとわからないかもしれないが、あれは確かに口角が少し上がっているっ! う、噓だろ……。少し、なんか少し、ショック、だ。俺以外にもあんなに親しい友達が、いた、だなんて。
改めて宇都宮と思われる男子を観察してみる。
彼とは小学生の頃、一度か二度くらい接点があったが、保険体育委員に相応しいを思える体格の持ち主であることは、座っている状態からでも伺える。中学三年生のクラスにいても違和感を感じさせないであろう存在感は、既に大人の男性の片鱗をわずか十二歳で発揮していた。身長は百八十センチはあっても不思議ではないほどの体躯。そして滲み出る聖人オーラは体格に似合わない優男の雰囲気を感じる。これで彼が頭脳明晰であれば神は何物与えるおつもりなのだろう。
「先生。どうしましょう、誰もいません」
「係とかは今日でなくてもいい。でも委員会は絶対に今日中に決めないとダメや」
「そ、そうですか。……あの! 誰か僕でいいならって人、いませんか?」
誰も挙手をする予感のしない空気に耐え切れなくなった委員長の素が少しずつちら見しだした。クラスの誰もが、誰でもいいから手をあげてやれ、俺は嫌だけどといった様子で傍観者を貫いている。誰もが、そう、俺以外を除いた誰もが。
誰も手を上げない中で、あえて頼りなさげな目線と、丸まった背中にふらっと消えてしまいそうな不安定な腕を上げる。当然、そこまでの動きが目立たないはずがなく、皆がこちらをジロリと見た。
「あ、あ~、それなら俺がやりますよ。他に誰も
「――! た、助かります! え、えっと、あなたのお名前は……?」
委員長は俺と同じ小学校ではないためまだ名前を完璧に覚えてはいない。だからもう一度、名乗らせていただこう。
皆が注目する中、中途半端な姿勢で席を立ち、思わず口角が上がりそうになるのを無理やり抑えて、名乗る。
「――
「あ! ハヤシ君! ありがとーー、とりあえず助かったぁ」
委員長が両手を合わせてお礼を告げ、俺と元々同じ小学校だった副委員長はスラスラと名前を板書していた。
席に座ったとき、耐え切れなくなった口角を隠すために俺は両手で口元を隠した。
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