第33話 表に出せない心の声



 エリザベス様はまるで自分の家のように王宮内に入って行く。

 俺としては勝手に入ってもいいのか、不安と恐怖で心臓が早くなっていた。


(おかしいな……確か、アレク殿下にはお兄様しかいなかったはず……王女様というわけではないのに、どうしてこれほど城に馴染んでいるのだろうか? そもそも俺はここに入ってもいいのだろうか!?)


 俺が不安に思っていると、エリザベス様に執事が近づいて来た。


「いかがされましたでしょうか?」


 エリザベス様は呆れたように言った。


「この方がどこかの礼儀を知らない令嬢に飲み物をかけられたのよ。すぐになんとかなさい。私は部屋で待っているわ。そうね……私がお茶を一杯飲み終わるまでには……この方の身なりを整えて、私の部屋に連れてきなさい」


 執事は「かしこまりました」と言うと、近くに控えていた侍女を呼んだ。

 お城の執事は身分の高い家の人も多い、それなのにこの態度は……


(一体、エリザベス様は何者なのだろうか!?)


 不思議に思っていると、侍女がやって来た。


「エリザベス様をお部屋に……」


「かしこまりました」


 エリザベス様は侍女と共に廊下を歩いて行った。

 そして残された俺を見て、執事が話かけてきた。


「こちらへどうぞ」


「は、はい」


 そして俺は執事に応接室に連れて行かれた。部屋に到着すると執事が俺を見ながら言った。


「少々、お召し物を見せて頂いてもよろしいでしょうか?」


「はい!! お願いいたします」


 俺が返事をした途端に、一瞬で上着を脱がされた。


(えっ!? 早っ!! いつの間に脱がされた? 俺……)


 そして執事は俺の上着を見た後に、ズボンを見た。


「下のお召し物は無事のようですね。上着の染みを抜くのは時間がかかりそうですので、こちらで変わりをご準備してもよろしいでしょうか?」


「え? あの、いいのですか?」


 こちらということは王家ということだ。

 そんな恐れ多いことをお願いしてもいいのかわからずに戸惑っていると、執事が優し気に言った。


「はい。何も問題ありませんよ。むしろこの場合、対処させて頂くのが私共を助けることにもなります」


(あ……エリザベス様に命令されてたし……そうだよな)


「ではお願いします!! ありがとうございます!!」


 俺が頭を下げると、執事が上着を持って「少し失礼いたします。どうぞ、楽にされてお待ちください」と言われたので、俺はふかふかのソファーに座った。


 そしてすぐに、侍女がお茶を持ってやってきたが、その後すぐに、先ほどの執事とが10着ほどの衣装を持ってやって来た。さらに後ろから女性が数人入って来た。

 俺は用意してもらったお茶に手を付ける時間もなく執事が俺に向かって言った。


「少々立って頂いてもよろしいでしょうか?」


 俺は「はい」と返事をして立ち上がった。

 そして数人で、俺の下の服と上着の色を見極めていた。


「……これがよろしいかと」


 数人で見比べて、ようやく決まったようだった。

 そして俺を見て執事が「着て頂けますか?」と言ったので頷くと、これまた瞬時に着せられた。

 この服は着心地は最高だが随分と腕の部分が長い。

 

「腕の部分だけを調整しましょう。大変申し訳ございませんが、針子が近づいてもよろしいでしょうか?」


 どうやら着たまま補正をするようだ。


「はい」


 俺が緊張しながら返事をすると二人が右腕に、二人が左腕に近づき、俺は女性に囲まれてしまった。


(うわ~~いい匂いがする~~ううっ……距離が近い!! 柔らかい……!! ダメだぁ~~折角俺を助けてくれているのに!! これでは最低な男だ。何か別のことを……)


 きっと服を着たまま補正するほうが効率がいいと思ったのだろう。

 つまり……

 これは彼女たちにとってはただの仕事だ。

 それなのに、俺は彼女たちに邪な感情を抱きそうになってしまった。必死で頭の中で別のことを考えようとしたが、何も浮かんで来ない。


 『いい匂い』と『柔らかい』に頭を乗っ取られてしまった。


 俺が葛藤している間に、補正が終わったのだった。




 衣装を貸してもらった俺は急いでエリザベス様の待つ部屋に向かった。

 エリザベス様は俺を見ると「いいじゃない」と言って俺に手を差す出した。

 俺はエリザベス様の手を取り歩き出した。


 会場に向かう途中にエリザベス様に話かけられた。


「あなたの主催したお茶会……楽しかったわ」


 あの日は聞けなかった感想を聞けて思わず嬉しくて笑顔になっていた。


「ありがとうございます、エリザベス様。楽しんでいただけて光栄です」


 するとエリザベス様は俺から目を逸らしてしまった。

 だが、耳が赤い気がした。

 俺は不敬なので絶対に言葉には出さないが、少しだけエリザベス様のことを可愛いと思ってしまったのだった。 


 



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