第32話 逆シンデレラの魔法使いは侯爵家?



 王家や、ネーベル公爵家、クラン侯爵家のお茶会の後は、続々と購入依頼書が届くようになった。

 そのため、学園に通っている俺に代わって父の秘書のオリヴァーが対応してくれるようになった。

 オリヴァーは仕事が増えたにもかかわらず、『嬉しい悲鳴です!!』と喜んで仕事を引き受けてくれたので本当に助かっていた。


 信じられないことだが、短期間であれほどたくさん用意していた蜜の花はもうかなり減っていた。伯爵家の庭の温室、新しく作った温室でも供給が追い付かない。

 現在では花のつぼみがつくまで出荷待ちになっている。

 

 そんな状況で、アレク殿下の誕生パーティーが開かれる日が訪れた。

 今日はノア様たちと一緒に行くことになっており、服もノア様に頼んでいたので支度も全てクラン侯爵家で行うことになっていた。

 

(こんな上等な服を私が着てもいいのだろうか!?)


 一度はノア様が袖を通した物を譲り受けたとはいえ、これほど上等な服は着たことがないので緊張していると、ノア様がいつも以上に輝きを増してやってきた。


「おお、レオ。似合うね」


 ノア様も相当素晴らしいが、そんなノア様に褒めてもらえて俺は少しほっとして「ありがとうございます」とお礼を言った。

 そして二人でエントランスに立ってキャリー様とイザベラ様の支度を待っていた。


「レオ……もしかしたら、今日はレオにイヤな思いをさせることになるかもしれない。何かあったらすぐに僕に言ってね」


 ノア様が心配そうに言った。

 蜜の花の登場により、ロイヤルワラントの茶葉を独占していたラキーテ公爵やその関係ある貴族が、俺に何か仕掛けてくるかもしれないとのことだった。

 だが、『王太子殿下の誕生パーティーで過激なこともないだろうから、念のために警戒しておこう』ということだった。


 つまり……


 ノア様が俺を誘ってくれたのは、初めから俺を心配してくれていたからだったのだ。


「ありがとうございます、ノア様。心強いです」


 俺がノア様と話をしていると、声が聞こえた。


「レオ様~~お待たせしました~~!!」


 声の聞こえた方を見ると、キャリー様が可愛らしいドレスを着てこちらにやって来た。

 普段の様子もとても可愛らしいが、ドレスはまた違った可愛らしさだった。


「キャリー様、とても可愛らしいですね」


 俺がキャリー様のドレス姿を褒めると、キャリー様が顔を赤くした。


「どうしましょう!! 可愛らしい!? 本当ですか?」


「はい、とても可愛らしいです」


 にこにこ笑うと、キャリー様が嬉しそうに笑ったのでその顔もとても可愛いな、と思った。


「お待たせしました」


 すると今度はイザベラ様が歩いて来た。

 イザベラ様は確か、十三歳だが……すでに貴族令嬢としての風格があった。


(イザベラ様……美しいな……)


 俺が見とれていると、イザベラ様が妖艶に微笑んだ。


「レオ様、いかがですか?」


「え? あ、あの……美しいです……とても……」


 思わず声が上ずってしまうと、イザベラ様が目を細めて笑った。


「ふふふ、レオ様、顔が赤くなっていますわよ。可愛い……お褒め頂き光栄ですわ」


 顔が赤くなっていると言われて慌てていると、キャリー様が大変不機嫌な様子で言った。


「なんだか、レオ様……私の時と反応が違いすぎませんか?」


「え!? そうですか!?」


 俺がさらに慌てていると、ノア様が呆れたように言った。


「気のせいでしょ。ほら、行くよ。遅れるって!!」


「は、はい!!」


 俺が返事をすると、キャリー様が俺に手を出した。


「お願いします」


 俺は笑顔でキャリー様の手を取った。


「はい」


 そして俺はキャリー様を、ノア様はイザベラ様の手を取って馬車に乗り込んだのだった。





 会場に到着すると、ノア様たちはご家族で陛下にごあいさつに向かうというので、俺はノア様に指定された場所で待っていた。


 ここは食事からも飲み物からも離れているし、アレク殿下や陛下たちからも離れているので、あまり人がいない場所だった。

 アレク殿下におめでとうと伝えに行きたいが、始めは高位貴族の方が行かれるので俺はパーティーの終わりの方にアレク殿下にあいさつに行くことになっている。


 俺が会場の隅に立っていると、見たことのない令嬢が数人近づいて来た。

 きっと自分には関係ないだろうと思ってそのまま動かずにいると、一人の令嬢がぶつかったと同時に冷たさを感じた。

 気が付くと令嬢の持っていた飲み物が俺の服を汚していた。


(しまった!! ノア様にお借りした服がぁぁぁ!!)


 内心同様していると令嬢がにやにやと笑いながら言った。


「ふふふ、あら、見えなかったわ」


 明らかに悪意のある言い方に驚いたが、顔には出さなかった。


「お気になさらず」


 穏便にこの場をすり抜けたくて口にした言葉だったが、どうやら俺の対応は間違っていたようだ。

 俺に何かをかけた令嬢は顔を真っ赤にしながら言った。


「余裕ぶって憎たらしいわ!! 伯爵家の人間のクセに生意気なのよ!! アレク殿下の優しさに付け込んで、リアム様まで騙して!! 私まで篭絡するつもりなの!?」


 令嬢の言葉で、どうやらこの令嬢は茶葉に関する関係者だと予測できた。


(今の対応で篭絡……ご令嬢の対応は本当に難解だな。だが……まだ殿下におめでとうとお伝えしてもいないのに……ここで揉め事を起こして追い出されるわけにもいかないし、ノア様に借りた服も汚してしまった……どうしよう!!)


 俺がどうしようかと考えていると、聞いたことのある声が聞こえた。


「あなたたち、何をしているのです? わたくしのパートナーに手を出すだなんて……覚悟はできていらっしゃるの?」


 顔を声のした方に向けると、以前、家で開いたお茶会に来て下さったエリザベス様が立っていた。

 エリザベス様の言葉に、令嬢は青い顔で言った。


「これは不慮の事故です。それにエリザベス様のパートナーとは知らずに……申しわけございませんでした。失礼いたします」


 令嬢たちはそそくさとこの場を離れて行った。

 

「お嬢様、この度はありがとうございました」


 俺が感謝を伝えると、エリザベス様が不機嫌そうに言った。


「私のことは……エリザベスと……呼びなさい」


 俺は背筋を伸ばして「はい」と答えた。

 俺が返事をすると、エリザベス様は俺の手を取った。


「早くいらっしゃい」


「え? あ、エリザベス様。ドレスが汚れます」


「問題ないわ」


 俺は会場を出ようとするエリザベス様に「少々お待ち下さい」と言うと、執事にノア様に少し会場を出ることを伝言を頼んだ。執事に任せると、俺は再びエリザベス様に手を引かれて王宮内に入ったのだった。

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