第31話 賽は投げられた




「王太子殿下の誕生を祝う場に招待されるなんて、さすが兄さんですね!!」


 そして学園が終わり、アルと一緒に馬車に乗っていた。

 一ヵ月後のアレク殿下の誕生パーティーに呼ばれたのは、ノルン伯爵家からは俺だけだ。

 正直、蜜の花を作ったのはムトで、それを見つけたのがアルフィーなので、俺が二人の手柄を横取りしたようで居たたまれない。

 それなのにアルは本当に嬉しそうに目を輝かせて俺を称える。

 

(アルフィー、器が大きいな……)


「ありがとう……」


 俺は小さな声でそういうしか出来なかったのだった。



 屋敷に戻ると、執事長のロイドが焦った様子で俺に封筒を差し出した。

 蝋封を見て俺は思わず声を上げた。


「王家の蝋封……?」


 ロイドも頷きながら言った。


「は、はい!! レオナルド様宛てですので、すぐに確認をして頂いた方がよろしいかと!!」


「わかった」


 今朝、アレク殿下からお誕生パーティーの招待状は貰った。だとすると、この手紙の中はなんだ?


「王家から……またしてもアレク殿下の誕生会の知らせでしょうか?」


 アルが首を傾けた。

 アルにはすでに馬車の中でアレク殿下の誕生パーティーに誘って頂いたことは報告していたので、どうやらアルも同じことを思ったようだった。


 俺は、ロイドからペパーナイフを借りるとすぐに中を開けた。

 そして、手紙を見てゴクリと息を呑んだ。アルが怪訝な顔で俺を見ていたので、俺はアルを見ながら言った。


「王妃殿下が、蜜の花を購入希望だそうだ……しかも……七日後に、五十も……」


 昨日、アレク殿下やリアム様、ノア様と蜜の花のお披露目をいつにするかと話し合って決まったが……


「まさか、次に日に連絡が来るとは……」


 そして、ロイドが他にも二通の手紙を取り出した。


「王家からの手紙の後がよろしいかと思い、レオナルド様。他にも二通手紙が届いております」


「ああ……」


 俺は、王家からの依頼の手紙をアルに預けて、自分はロイドから手紙を受け取った。そして手紙の裏を見て蝋封を確認すると、相手はネーベル公爵家と、クラン侯爵家だった。

 つまり、リアム様とノア様の家だ。


「これは、まさか!!」


 急いで手紙を開けて確認すると、どちらも蜜の花の購入依頼だった。


「昨日の今日で、もう蜜の花の依頼が……皆様……仕事が……早いな……」


 俺はアルとロイドを見ながら言った。

 

「王家だけではなく、ネーベル公爵家とクラン侯爵家からも蜜の花の購入依頼が届いた。アル、すぐにムトに知らせよう。ロイド、もしも手が足りないような誰か屋敷内の者に手を貸してもらえるように手配してくれないか?」


 アルが「はい」と返事をして、ロイドが「かしこまりました」と言った。

 そして俺とアルは、急いで庭の温室に向かったのだった。





「お、お、お、王妃殿下のお茶会……」


 ムトが倒れそうになっていたので、アルが急いで支えた。


「ムト、しっかりして!!」


 アルに支えられて、なんとか体勢を保ったムトに申し訳なく思いながら言った。


「ムト、倒れそうなところ悪いが……ネーベル公爵家とクラン侯爵家からも依頼が来ている」


 ムトはとうとう白目をむいて呟いた。


「ネーベル公爵家と……クラン侯爵家……」


 立ったまま動かなくなったムトにアルが声をかけた。


「ムト、ム~~ト!? ……兄さん、ムト……気絶してます」


 俺はムトを見ながら言った。


「気持ちは、痛いほどわかるし、ゆっくりと気絶させてやりたいが、今はそんな余裕はない!! ムト、起きてくれ!! 蜜の花、準備出来そうか!? すぐに返事を出す必要があるのだ!!」


 俺がムトの手を引くと、ムトが意識を戻した。


「っは!! 申し訳ありません!! レオナルド様!! 今、一瞬これまでの出来事が凄い早さで頭の中を……」


 やっと意識をはっきりとさせたムトに、再び声をかけた。


「走馬灯じゃないか!! 戻って来てくれ、ムト!!」


「はい、問題ありません!!」


 ようやく焦点が合って俺を見たムトに、依頼書を見せた。


「そうか、では早速……ムト、確認してくれ!! 準備できそうか? 了承の返事を書いてもいいか?」


 ムトは王家、ネーベル公爵家、クラン侯爵家の依頼書を見ながら言った。


「は、は、はい!! 花は十分に育っておりますので、何も問題ありません。依頼分すぐに準備できます。レオナルド様、ど、ど、どうぞ、返事を書いて下さいませ!!」


 俺はほっとしながら言った。


「よかった……では、人手は?」


 ムトは頷きながら言った。


「出荷日も数日ズレていますし、この数でしたら、先日雇って下さった人たちで対応できます。とても優秀な方々なので……」


(よかった……何も問題なさそうだな……)


 俺は心底ほっとしながら言った。


「では、ムト……頼むぞ」


「かしこまりました!!」


 こうして俺たちは、王家、ネーベル公爵家、クラン侯爵家に蜜の花を無事に納品した。今回の件でいくつかの改善点も見つかった。


 まず、蜜の花を運ぶ専門の御者を雇った方がいいかもしれないということになった。

 また、今後需要が増えるのなら領地である程度育ててから、王都に運んだ方が効率がいいのではないか、ということになったので、収益が出たら領地にも温室を作ることになった。

 こうして俺たちは、ただひたすら蜜の花を出荷したのだった。






 レオナルドたちが、王家、ネーベル公爵家、クラン侯爵家も蜜の花を無事に納品し、反省会をした日から、月日は少し遡り……


 ここは、王城……。

 そしてこの日は、蜜の花がお披露目される王妃主催の定期茶会の日だった。


 基本的に王妃主催のお茶会は席が決まっており、動き回ることはないため、話とお茶や御菓子を楽しむことがメインとなる会だ。


 あまり話をしたことのない人物と話をするきっかけにもなるお茶と御菓子は、王妃主催のお茶会でも特に重要度の高いものだった。


 王妃主催のお茶会に呼ばれる者は、社交界でも影響力のある者たちばかりだ。

 そんな場で、レオナルドの家の蜜の花が初めて振舞われることになったのだ。

 

「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。素晴らしい時間になりますように」


 王妃様の言葉で、皆にお茶が振舞われた。


「何かしら?」


「花のつぼみかしら? 見たことがないわ」


 お茶の中に浮かぶ蜜の花を見たご婦人たちは珍しそうに声を上げた。

 すると王妃が優雅にスプーンを持つと、軽くかきまぜた。

 その瞬間、蜜の花が開き甘い匂いが漂って来た。

 それを見たご婦人たちは次々に、ティーカップの中で花を咲かせていく。


「わぁ……素敵……きれいね……」


「いい匂い」


「味もとてもいいわ」


「本当~~さすが王妃殿下のお茶会だわ!!」


「王妃殿下の御慧眼にはいつも感服いたしておりますわ~~」


 皆が感嘆の声を上げ、素晴らしい物を見つけた王妃を絶賛した。

 当然、王妃は最高の気分だ。


 それと同じことが、時と場所を変え、ネーベル公爵家とクラン侯爵家で起こった。


 そしてアレクやリアム、ノアの思惑通り、新しい物、美味しい物が大好きな貴族のご婦人たちが動けば……市場がひっくり返るのにそれほど時間はかからなかったのだった。

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