第2章 女神様の前髪に触れ……た?

第25話 機会は突然に……



 日が沈み月が少し上がってきた頃、俺たちは豪華な夕食を済ませていたが食堂で、アルやエリーやギョームと今日のお茶会での反省点や良かった点の話をしていた。すると執事長のロイドが入って来た。


「お話中に失礼たします。レオナルド様……ネーベル公爵家から書状です」


 俺は思わず固まった。

 そしてしばらくして声を上げた。


「……え? 俺に?」


「はい」


 ロイドは深く頷いた後に、こちらをお使い下さいと、ペーパーナイフを取り出した。

 俺はペーパーナイフを受け取り、裏を見ると確かにネーベル公爵家の蠟封だった。基本的に家紋の入った蝋封は家主しか使うことはできない。だからこの蝋封が使われているということは……


「本当に来た……間違いなくネーベル公爵からの書状だ……!!」


 俺は震える手で、リアム様の父であるネーベル公爵から届いた書状を開いていた。

 手紙を読み終わると、俺はアルを見ながら言った。


「すぐにオリヴァーの執務室に行こう」


「は、はい」


 俺は急いでオリヴァーの執務室に駆け込んだ。


「オリヴァー、大変だ!! ネーベル公爵が、3日後に直接話をしたいって!! どうする!? 父上はいつ戻るのだ!?」


 実は父は社交シーンも終わったし、領で問題があり、一度領に戻っていたのだ。


「先程、手紙を出しましたが……手紙が届くのに早くて3日。それから、馬車で向かわれたとしても、7日はかかります」


「10日か……延期を願うか? だが、御多忙なネーベル公爵からの提案をこちらが変更を申し出てもいいのだろうか?」


 王都から領地までは通常は5日か、6日はかかる。

 最速で戻ってきたとしても3日はかかる。だが焦って前回のような事故で命を失うわけにはいかない。


 ネーベル公爵という貴族の頂点に位置する家からの呼び出しに伯爵家が異を唱えるてもいいのかわからない!!

 あちらは恐れ多くも王家に次ぐ地位を持つ筆頭公爵家であるネーベル公爵なのだ。どうすべきかを悩んでいると、アルが真剣な顔を向けてきた。


「兄さんが公爵とお会いすればよろしいのではありませんか?」


「俺が!?」


(俺はまだ低等部に通う子供だ。公爵との話し合いの席に着くなどできるはず……ないよな?)


 戸惑っていると、オリヴァーが口を開いた。


「私も、アルフィー様のご意見に賛成です」


「ええ?! オリヴァーまで?!」


「はい。恐らく初めての顔合わせでは、向こうからの提案をお聞きすることになると思います。先延ばしにして公爵閣下のご機嫌を損ねるよりも、話をお伺いして、ノルン伯爵がお戻りになってゆっくりと内容を吟味するのがよろしいかと……それに、手紙の宛先は、『レオナルド』様です。閣下は、レオナルド様の訪れを想定している可能性が高いと思われます」


 確かに、初めての交渉で調印することはほとんどない。何度か話合いを重ねて調印となる。

 そこは高位貴族が相手でも同じだ。だから最初の交渉は話を聞くだけだとも言える。


 だが……俺に公爵など雲の上の方と話などできるだろうか……。

 前回、俺は学院を卒業した時点でも、カラバン侯爵との街道の通行税の件で随分苦労した。むしろその交渉が失敗したからこそ、俺は命を捨てることになったのだ。


(また、失敗したら……)


 前回の生での失敗を恐れて震えている俺の手をアルがぎゅっと握った。


「兄さん。元々あの花は、ムトがエリーにフラれた時点で枯れる運命だったんですよ。 『ここまで出来たからせめて完成させて引き抜こうと思った』とムトは言っていました。つまり、兄さんが保護しなければ、すでにこの世になかったものだったんです」


「なかったもの……」


 するとオリヴァーも優しく微笑んだ。


「アルフィー様のおっしゃる通り、例えこの事業が失敗したとしても伯爵領の運営に打撃があるわけではありません。それなのに公爵のような高位貴族の方と交渉できる機会があるのです。レオナルド様はノルン伯爵家の嫡男で在らせられます。例えいくつであろうと、交渉の場で領主代理を務めることができる方なのです。きっとノルン伯爵も同じことをおっしゃると思います」


「交渉の機会……?」


 そういえば以前の私は領のことなど全く無関心で、何もしようとはしなかった。

 だからこそ交渉のマナーも手順も雰囲気も何も知らずに失敗したのだ。


「レオナルド様。交渉についての流れなどは私がお教え致します」


「兄さん!! 私も出来ることはなんでもお手伝い致します」



 オリヴァーとアルの期待のこもった視線に眩暈がした。


 ――……怖い。怖すぎる。正直逃げたい。


 だが、前回の失敗を思えば、これは決して逃げてはいけない選択なのだということは理解できるほどには俺も成長していた。

 前回全くわからなかった交渉の仕方を父が最も信頼している秘書であるオリヴァーが手順を説明してくれると言っているのだ。

 こんな機会、確かに何度もあるものではないだろう。


 屋敷の者たちと関わり、皆がとてもあたたかい人物だということを痛感した。領の運営に失敗したら、彼らを解雇しなければならないのだ。

 前回は経営に失敗したせいで、ほとんどの人を解雇した。それなのに全くお金がなく退職金も満足に支払えなかった。



――……交渉は確かに怖い…でも、自分のせいで多くの人を不幸にすることの方がもっと怖い!!


「わかった。俺がネーベル公爵との話し合いの場に参加しよう」


「レオナルド様!!」


「兄さん」


 かっこよく言ってはみたが、やはり不安は不安なので、俺は頭をかきながら2人を見ながら言った。


「あの……2人とも、恥ずかしいのだが、俺は交渉については詳しくない。助けてくれるか?」


 オリヴァーが力強く頷きながら言った。


「もちろんです。元よりそのつもりです!!」


 アルも嬉しそうに言った。


「当たり前だよ~~。兄さんのためならなんだってするよ~~~」


「そうか……頼むな」


 こうして俺は貴族の交渉術を急ぎ足で学ぶことになったのだった。



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