第26話 初陣の相手は……筆頭公爵閣下
「無謀すぎる……」
次の日。
学園が休みだったこともあり、俺はオリヴァーに交渉術について学んだ。
そして寝る前にアルと共に自室で復習をしながら呟いた。
とにかくマナーや気にすること、注意する点が多すぎるのだ。
(こんなに交渉の場というのは注意するべきことがあったのか!?)
前回の生で失敗したのは当たり前だと思え、深く溜息をついた。
交渉について何も知らなかった当時の俺に、侯爵との街道の通行税など高度な政治的な思惑が絡んだ交渉を上手く進められるはずはなかったのだ。
(知らないといのは恐ろしいな……)
以前の自分の無謀さに思わず頭を抱えてしまった。
「何が無謀なんですか?」
隣で一緒に交渉について復習をしていたアルが首を傾けた。
アルは向上心が高く、こんなに幼いのに共に交渉術を学び、そして理解しているんのだ。
ちなみに何度も言うが俺の見た目は11歳だが、中身は26歳のいい大人だ。
そんな俺でも理解することに時間がかかっているのにアルはすでに理解しているようで、アルの能力の高さを思い知った。
俺はそんなアルに過去を思い出すように遠い目をしながら答えた。
「いや……もし、交渉の場でこのことを全く知らなかったら怖いと思ってな」
言葉を濁してしまったが、本心を伝えた。
「ん~~そうですね~~。もしかしたら、騙されたり、不当な条件になったり、交渉にならなかったりするかもしれませんね」
(うっ……痛い……)
無垢なアルの言葉が心に突き刺さり、心が血を流しそうだった。
まさしく前回の私は、騙されたり、不当な条件になったり、交渉にならなかったりで散々な結果だった。
つまり先ほどアルが想定した最悪を全て体験したのだ!!
(そう……アル、それだった……のだよ……前回の俺は……)
思わず机にうつ伏せになった俺にアルが慌てて声をかけてきた。
「大丈夫ですか? 昨日はお茶会で、今日はずっと交渉についての勉強。
お疲れですよね……今日はもう休まれますか?」
「いや……。後2日でネーベル公爵との交渉がある。それまでに出来ることはしておきたい。アルは俺のことは気にせずに休んでくれ……」
「いえ!! 私もまだやります!!」
「そうか……ではもう少しだけ整理して寝るか」
「はい」
正直に言うと、1人ではないというのは有難かった。
覚えることが多すぎるとめげそうになっても、自分の隣でたった9歳の男の子が必死で覚えようとしているのだ。
殿下やリアム様やノア様のもうあの年で、父親の代わりに政務を請け負っているという。
(以前の俺は随分と甘えていたのだな……)
周りを遮断することで世界を狭めて、肝心な時に何もわからなかった以前の自分を思い出し、恥ずかしくなった。
(必要なこと全てから逃げ出し、何も考えずに生きた前回の人生の行きつく先は苦しみ……だったな)
俺は毒を飲んだ苦しみを思い出し、必死で交渉を学んだのだった。
+++
ネーベル公爵との交渉当日。
ノルン伯爵家の応接室に、ネーベル公爵をお招きしていた。
「はじめまして、ネーベル公爵閣下。ノルン伯爵家の嫡男レオナルドと申します。この度は光栄なお話を頂きまして深く感謝しております」
俺は深々と頭を下げた。少し震えた声になってしまったが、無事にあいさつをすることが出来た。
さすがリアム様のお父様だ。
存在感が別次元だ。
救いだったのは、ネーベル公爵との交渉の場にリアム様が同席してくれたことだ。
公爵は俺を見ながらゆっくりと口を開いた。
「話は息子から聞いている。こちらこそ、急だったにも関わらず対応してくれたことには感謝している。それでは早速、蜜の花とやらの試飲をしたい」
「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
俺がエリーに目で合図すると、すぐに動いてくれた。
通常では交渉は身分の高い方の貴族の屋敷で行われる。身分が同等の場合は取引を言い出した方の屋敷が会場になる。
だが今回はネーベル公爵が『ぜひ蜜の花のお茶を試飲したい』との希望で我がノルン伯爵家が交渉の場になったのだ。
執事長ロイドと給仕は侍女長エリーに任せた。二人は先ほどまでは緊張して今にも倒れそうだったが、さすが今は、緊張など全く表に出さずに優雅に対応している。
だが我が家のサロンに、公爵とリアムその方々の秘書と護衛がいる光景はまるで現実感がない。
エリーが公爵とリアム様の前に、そしてロイドが俺の前にお茶を置いた。
お茶が目の前に置かれると公爵が「これか……」と呟いた。
「公爵閣下。このように軽く花に触れて下さい」
俺は以前のお茶会で説明したように公爵に説明した。
「ほう……どれ……これは!!」
公爵の目の前で蜜の花が開き蜜がお茶の中に流れ込んだ。
そしてひとしきり観察した後、事前に同じ者を出された護衛の顔を見た。
先にお茶を飲んだ護衛が懐中時計をじっと見ていた。彼は――毒見である。
(なるほど……本来なら初めてお出ししたのだから、お茶会の席でこのような時間を取る必要があったのだな……)
余程の高位貴族でもないと毒見の習慣はない。
だが、今後は知っておく必要がある。俺は毒見の仕方を見て覚えたのだった。
しばらく経って、護衛が「時間です。どうぞ、閣下」と言った。
「ふむ」
そして公爵がお茶に口を付けた。
「なるほど……リアム。お前の判断は正しい。これは……実に恐ろしいな」
恐ろしい!?
それは、どういう意味だろうか?
内心焦りながらリアム様を見ていると、リアム様がにっこりと笑った。
「お褒めに預かり光栄です」
「話には聞いていたが、これは想像以上だ。ぜひ我が公爵家が保護したい。リアム」
「はい」
公爵の言葉にリアム様が書類を取り出した。
「レオナルド・ノルン殿。どうぞお受け取り下さい」
普段は『レオ』と呼ばれるリアム様に正式な場で名前を呼ばれると背筋が伸びるように思えた。
「はい。お受け取り致します」
そして受け取りのサインをするために羽ペンを手に持った。
書類を受け取ったというサインをするだけなのに手が震えそうになる。
「(レオ、大丈夫だよ)」
耳元でリアム様がいつもの様子で小声で呟いた。
(落ち着け!! 落ち着くんだ)
小さく息を吐いて、羽ペンを持ってサインをした。
「確かに」
リアム様はまたキリッとした声を出すと、公爵にサインを見せた。
「ふむ。では返事を待っている」
「はい」
玄関で馬車に乗るネーベル公爵やリアム様をお見送りすることになった。
ネーベル公爵が先に馬車に乗られ、リアム様が乗ろうとする時、もう一度リアム様が顔を寄せて小声で呟いた。
「(レオ、お疲れ様)」
「(ありがとうございます)」
リアム様が楽しそうに笑うとそのまま馬車に乗り込んだ。
馬車の姿が完全に見えなくった途端、俺の足から急に力が抜けてヘナヘナとその場に座り込んだ。
「レオナルド様!!」
「兄さん!!」
恥ずかしいことに極度の緊張で俺はそのまま熱を出してしまったのだった。
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