第14話 馬車の中で





 侯爵家の豪華な馬車に、ノア様とキャリー様とご一緒に乗り込んだ。

 馬車に乗ると、遅くなってしまったが、ずっと伝えたかったことを伝えることにした。


「ノア様。赤いケーキとても美味しかったです。甘いだけではなく、酸味もあって、いくらでも食べられそうだと思いました。この度のお茶会のお菓子は、定番の甘いケーキに、酸味のある爽やかなケーキに、ほろ苦さの中に上品な甘みのあるケーキ。次々に味覚が変わってとても不思議で、とても楽しかったです。お茶も、ケーキに合わせて給仕して頂き感動いたしました。ノア様、このような趣向を凝らしたお茶会へ招待して下さってありがとうございました。とても楽しかったです」


『人を楽しませたい』

『人が喜こぶ顔が見たい』


 きっとこういう思いが、ノア様の家系がずっとこの国を支える宰相家であり続けられる強さなのだろうと思った。俺がケーキの感想を伝えると、ノア様は驚いた後、嬉しそうに笑った。


「あはは。そう言ってくれると、僕も嬉しい!! 実は呼んでしまって、申し訳なく思ってたんだ……」


 きっと、俺がご令嬢を話をしなかったことを気にされているのだろう。だが、彼女たちは彼女たちの都合がある。

 以前の俺は一度、結婚を約束していた女性がいた。だがその人は、気のある素振りをして多くの男性を騙して、散々貢がせて捨てる詐欺師のような女性だった。

 だから……

 自分の興味がないのなら、興味がないという態度を取ってくれた方が断然清く、有難いのだ。


「こういう言い方をすると誤解されるかもしれませんが、私には令嬢とお話するよりも、ノア様やキャリー様のケーキの方が何倍も魅力的です。それに今は自分の知らないことをもっと知りたいと思っているんです」


 すると突然、キャリー様に手を握られた。


「レオ様、私も自分を高め、相応しい女性になるために高みを目指します。だから、待っていて下さい!!」


 自分を高めて、相応しい女性になる??

 侯爵家の人間としてってことかな?

 待っていて……というのは、それが俺への償いになるってこと……だよな?


「キャリー様ならきっと素晴らしい女性になられると思います。楽しみです」


「はい。必ずや、レオ様をお守りできる女性になります!!」


 俺が目を細めてキャリー様を見ていると、ノア様が楽しそうに笑った。


「あははは……そんなこという令嬢なんできっとおまえだけだろうね~」


 そして、ノア様は俺の方を見て笑った。


「そしてレオは全く意味がわかってなさそうだな~~まぁ、それもレオらしくて僕は好きだけど」


「好きですか!?」


 好きだなんてほとんど言われたことがないので焦っているとノア様が楽しそうに目を細めた。


「うん。好きだよ。ふふふ、このくらいのことで顔を赤くしてレオは可愛いな~~」


 ノア様が気を遣ってこの場を冗談で和ませてくれようとしている。

 人に好意を向けられたことがないので、こんな軽い言葉でも耐性のない自分が恨めしい。


「お兄様、レオ様を翻弄するのは止めて下さいませ」


 キャリー様が鋭い眼光でノア様を睨みつけた。


「そ、そんなに睨むなよ、全く……」


 三人で話をしているうちに馬車は俺の家に到着したのだった。



+++++



 屋敷に戻るとすでに連絡が入っていたようで、父に継母、弟に秘書のオリヴァーに執事長に侍女長と一家総出で迎えられた。馬車から降りると、アルとオリヴァーがすぐに寄ってきた。


「兄さん。大丈夫ですか?」


「レオナルド様、骨折と伺いましたが痛みはないのですか?」


「大丈夫だよ。アル、オリヴァー。ありがとう」


 すると、ノア様とあいさつを済ませた父が寄ってきた。


「折れたらしいな。クラン様のお話だと、治療は終わっているそうだが?」


「はい、何も問題ありません」


「そうか」


 すると少し離れた場所でノア様に猫なで声を出す継母の声が聞こえた。俺はその声を不快に思い、思わず眉をしかめた。


「兄さん大丈夫?」


「レオ様、大丈夫ですか?」


 すると、キャリー様とアルが同時に私に手を出してくれた。

 そして再び二人同時に声を出した。


「あの、兄さん、こちらは?」


「レオ様こちらは?」


 アルとキャリー様が再び声を合わせてしまったので不審そうな瞳でお互いを見ていた。

 俺はまず、キャリー様の方を見た。


「ご紹介が遅れました。こちらが、私の弟のアルフィーです」


「アルフィーと申します。本日は兄を送って下さりありがとうございました」


 なんだか、アルの言葉にトゲがあるような気がしたが、構わず紹介を続けた。


「こちらは、クラン侯爵家のご令嬢キャリー様だ。私のケガを心配して付き添って下さったのだ」


「はじめまして、わたくしはキャリーと申します。今後は頻繁にお邪魔いたしますのでよろしくお願いいたしますわ」


 なぜだろう。

 アルとキャリー様の間に火花が見える気がする。

 俺が2人の様子にハラハラしているとノア様もこちらにやってきた。


「へぇ~君が、レオの言う優秀な弟かぁ~」


 ノア様の言葉に、アルは驚いた顔で私を見た。

 俺はなぜそんな顔をされるのかわからなかった。するとキャリー様が額に青筋が見えた気がした。


「ま、まぁ、アルフィー様は優秀で有られますのね?」


 キャリーの言葉を聞いたノア様がアルに質問をした。


「え……と、弟君は、今何年生なの?」


「低等部の1年です」


 アルが答えるとキャリー様の顔がまた険しくなった。だが対照的にノア様の顔は明るかった。


「そうか!! じゃあ、キャリーと同じ年だね。高等部になったらよろしくね」


「(兄さんにケガをさせた野蛮な女性と)同じ?」


「(レオ様が優秀だと言ったこの羨ましい過ぎる男と)同じ?」


 やっぱり、アルとキャリー様がさらに火花を飛ばした気がした。同学年の子に会えるのは複雑な気持ちなのだろうか?

 よくわからないが、この年頃の男女は難しい年ごろなのかもしれない。

 その後、ノア様たちの馬車を見送ると継母が随分と無理をしていると一目でわかる出で立ちで俺の前に立った。買ったばかりのドレスなのだろうが着慣れているように見えずにドレスに着られている。宝石もドレスに全く合ってないし、靴とも合っていない。

 そんな姿で表情を一切現さず能面のように言った。


「レオナルド様。何か困ったことがあったらなんでも言って下さい」


 いや、あなたに言われたくない……


 俺は「お気遣いなく」と答えると屋敷に入った。

 そして、父の秘書のオリヴァーの耳元で言った。


「父上に俺たちだけではなく、あの人にも家庭教師を付けるように言った方がいいのではないか? まぁ、伝えるかどうかは任せる。ではな」


 俺はそう言って歩き始めた。

 『社交界のバラ』と呼ばれた俺の母は、ドレスも靴も化粧も宝石も時や場所に応じて使いこなし、いつも完璧なコーディネートだった。母にアドバイスを受けにくるご婦人を多く見ていた。そんな母を見ていたからだろうか? 俺の選定眼は結構厳しいのかもしれない。


(毎回商人を呼んでもあれでは……)


 きっとあの継母は、商人に勧められるまま買っているのが目に見えてわかる。

 商人は売れ残りや、少し奇抜なデザインであまり売れなかった物を売りつけているのが見え見えだ。

 

(まぁ、俺の気にすることではないがな……)


 俺は息を吐いて部屋に戻ったのだった。

 


 

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