第13話 存続希望!!


 


 侯爵家の護衛騎士にお姫様抱っこで運ばれた俺は、侯爵家お抱えの一流のお医者様の治療を受けていた。


「骨が折れていますね。このまま動かさないように。また、経過を見せて下さい」


(あ~やはり折れていたのか……見せて下さいと言われてもな)


 お医者様に腕を木と布で固定してもらい、俺は無事に治療を終えた。


「治療ありがとうございました。ただ、今後経過をお見せするのは難しいかと……」


 この方は、侯爵家のお医者様だ。きっと高位貴族の方が囲っておられる優秀なお医者様なのだろう。

 そんな方に俺のような伯爵家の息子が何度もかかれるわけもない。


(今日の治療費も正直莫大なのだろうな)


 俺は治療費のことを思うと、少しだけ申し訳なくなった。


「どうしてですか? レオ様。ぜひ今後ともトーマス先生に見て貰って下さい!! 先生は大変優秀な方です!!」


 キャリー様が真剣な顔をこちらを見ていた。


「いや……しかし……」


 俺がどう答えようかと迷っていると、ノア様が俺の正面に座った。


「レオ。今後のレオの治療費はクラン家が全額負担するよ。むしろレオはこのまま治るまでこの屋敷にいてくれない? 身の回りのことは、執事や侍女が全部してくれるから不自由することもないはずだよ」


「そんな! 私がキャリー様を支え切れなったことが原因ですので、そこまでする必要ありません」


 俺は急いでノア様に自分にも否があることを告げた。

 今回のことは、キャリー様を支え切れなかった自分の鍛錬不足だ。俺は今回のことで、もっと真面目に剣の訓練に取り込むことを決めた。


「そんなことありませんわ。 ぜひ、我が屋敷にご滞在下さい。私も誠心誠意レオ様のお手伝いを致します!!」


「いや、しかし。私にも責任があることですので……そんなにお気にされないで下さい」


 俺とキャリー様のやり取りを見ていたノア様が口を開いた。


「では……この屋敷に滞在してほしいとは言わないから、せめてレオの治療費と診察の際の馬車などの手配。そのくらいはさせて?」


 ノア様が俺の顔を覗き込んできた。すると、アレク殿下が困ったように笑った。


「レオ。ノアの提案を受けてやってくれ。そうでもしないと、ノアとキャリーが後悔で押しつぶされてしまう」


 俺はそう言われて、ノア様とキャリー様のお顔を見た。2人もまるで、この世の終わりかというような悲壮な顔をしている。


「レオ様。妹の我儘に無理やり付き合うようにお願いしたのは、他ならぬわたくしです。どうか、わたくしどもの謝罪の気持ちとして受け取っていただけませんでしょうか?」


 なんとイザベラ様が頭を下げた。


「おやめ下さい!! では、御厚意に甘えさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」


 俺がそう言うと、ノア様たちはほっとしたような顔をした。そうして俺は通院の際の送迎付きかつ、無料で治療を受けることになったのだ。



+++



 話がまとまると、俺は侯爵家の馬車で送ってもらうことになった。ノア様とキャリー様も付き添って下さることになった。

 俺は遠慮したのだが、どうしてもということだったので素直に送っていただくことになった。


 ノア様とイザベラ様がアレク殿下やリアム様をお送りする間、俺とキャリー様は客室で待つことになった。


「レオ様……本当に申し訳ございませんでした」


 キャリー様は2人になると改めて俺に謝罪した。


「いえ、本当にいいのです。あの……キャリー様、1つお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」


 俺が落ち込んでいるキャリー様の顔を覗き込むと、キャリー様は目を輝かせて俺を見た。


「はい!! なんなりと!!」


「……剣。やめないで下さいね」


「え?」


 俺はずっと気になっていたことを告げた。

 先程、剣を置いた時のキャリー様の表情が気になった。あれは、俺も良く知っている顔だった。


 ――何か大切な物と別れを告げる時の『絶望』の顔。


 先程のキャリー様のお顔にはそんな絶望が浮かんでいた。


(こんな小さな女の子から大切な物を奪いたくない……)


「レオ様……どうして、そのような……」


 キャリー様は驚いて俺の顔を見ていた。しかし、俺は彼女に上手く説明できるほどの言葉を持たなかった。だからこう答えるしかなかった。


「いえ、なんとなく……キャリー様が剣から離れてしまう気がして」


「…………私は剣を持つ資格がありません。師範からも『剣とは弱き者を守るためのみに使え』と言われていましたのに……」


 キャリー様はつらそうなお顔で俯いていた。


「ですが……好きなのでしょう? 剣」


「……はい。ですが私、本当に剣を続けてもいいのでしょうか?」


 俺はキャリー様の震える手にそっと手を触れながら言った。


「もちろんです。それに先ほどのは私の実力を確認する練習試合。背中を合わせて共に戦う者を見極める場合、相手の実力を知るのも大切です。だからどうか、剣をあきらめないで下さい」


「背中を合わせて共に戦う者を見極める……? レオ様……。わかりました! 私これから精進して二度とこのようなことがないように己の腕と精神を鍛えますわ!! そして、あなたにもしものことがあったら、どこにいても必ず駆けつけてお助け致しますわ!!」


 俺はキャリー様の様子に思わず笑顔になっていた。


(『あなたにもしものことがあったら、どこにいても必ず駆けつけてお助け致します』だなんてまるで姫を守るナイトのようなセリフだな……)


「ありがとうございます。キャリー様はきっと美しく勇猛な剣士になるでしょうね……」


 するとキャリー様が真剣な顔を向けて言った。


「ええ。なります。いかなる時もあなたを支えることのできる剣士になります」


 俺はそれが微笑ましくて思わずキャリー様を見て微笑んだ。


「ええ。楽しみにしています」


 俺はこの小さな剣士の成長が楽しみだと思えたのだった。



+++



「お母様、何をされているのです?」


 アレクとリアムを見送ったノアとイザベラが再び、客室に戻ってきた。すると客室の前でノアやキャリーの母でもある侯爵夫人が扉の前で佇んでいた。


「ふふふ。私も謝罪しようと思ったのですが……今は入らない方がいいようなので、出直します。またいらっしゃるのでしょ?」


「はい。今後は定期的に」


 ノアが答えた。


「その時にゆっくり謝罪することに致しますわ」


 そう言うと侯爵夫人は社交界では決して見せない母の顔をして笑った。


「ふふふ。ノルン伯爵子息のおかげで、キャリーが変わるかもしれないわ」


 イザベラが眉を寄せた。


「キャリーがこんなことで変わるかしら?」


 侯爵夫人は目を細めながら言った。


「ええ。キャリーは今まで何をすべきなのか、わからずにあのような態度を取っていたのです。進むべき道を決めたあの子はきっと一筋縄ではいかないでしょうね~~。ふふふ、楽しみだわ。ノルン伯爵子息には大変な思いをさせてしまうかもしれないけれど……」


 侯爵夫人の言葉にノアは眩暈を起こしそうになった。


「それ……レオ、大丈夫かな?」


 すると侯爵夫人が美しく微笑んだ。


「レオというの?」


「レオナルドです。母上」


「そう。レオはとてもいい子ね。将来が楽しみだわ。……とてもね」


 侯爵夫人の含み笑いにノアは溜息をついた。


「アレクやリアムもそう言ってましたよ?」


「まぁ……それは困ったわね」


 侯爵夫人は全く困っていない顔で笑った。


「お母様。悪いお顔になっていますよ」


「まぁ、うふふ。では、ノア。後は任せてもいいかしら?」


「はい。もちろんです」


 母上を見送ると、ノアとイザベラは顔を見合わせた。


「レオ様の今後が心配だわ」


 イザベラの言葉にノアが同意した。


「そうですね」


 そうして、2人はレオナルドとキャリーの待つ客間に入ったのだった。

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