第9話 前回とは違うミッション
「今週末にお茶会をするのだけれど、レオも来ない?」
新学期が始まって数日経った頃。
俺はノア様にお茶会に誘われた。
「私がお伺いしてもよろしいのでしょうか?」
自慢ではないが、俺は伯爵家以上の家のお茶会に参加したことなどない。
ノア様の家は侯爵家だ。しかも宰相家でもあるので、公爵家程の力を持つ家柄だ。
(はっ!! マナーは大丈夫だろうか!?)
父に相談してマナーの講師を短期間で雇ってもらう必要があるかもしれない。
俺がそんなことを考えていると、ノア様が笑いながら言った。
「今回は気軽なお茶会だから、マナーはそこまで気にしなくていいよ」
『気軽なお茶会』侯爵家が主催するお茶会でそれはまず有り得ない。
以前の俺なら本当に気軽に参加していたかもしれないが、領主となり、少なからず高位貴族の内情を知っている今、これは伯爵家の子息である俺にとって戦場へのお誘いとも同義だった。
(行くのは怖い……が断るのはもったいない!!)
さらに高位貴族からの誘いを断るにはそれ相当の理由がいる。そして、ただの学生である今の俺にそんな大層な理由があるはずもなかった。
「ありがとうございます。嬉しいです。では、遠慮なくお伺いいたします」
俺は内心、不安で心臓が大きく脈打ちながらも笑顔で答えた。
「お茶会でそんなに喜んでもらえると嬉しいな~。アレクもリアムも『行かなきゃダメか?』なんて言うんだよ?! 誘い甲斐ないよね~~~!!」
ノア様がリアム様とアレク様をジト目で見ながら言った。
「では、ノアは私がお茶会に招いたら喜ぶのか?」
リアム様の言葉にノア様はにっこりと笑った。
「冗談!! 断れるなら断るに決まってるよ♪」
「どうして自分はそう答えるのに俺たちを責められるんだ?」
リアム様が首を傾げると、アレク殿下が溜息をついた。
「はぁ~茶会には出席すると言っているんだ。喜ぶことまで強要するな」
アレク殿下の言葉に、ノア様が頬を膨らませながらぼやいた。
「それは感謝してますよ。アレクとリアムが来なかったら、僕一人が大変な目に合うので! でも少しくらい楽しんでくれる人がいないと、悲しくなるでしょ? お茶のお菓子だって毎回結構趣向を凝らして出してるのに、みんな手をつけてくれないしさぁ~」
「まぁ……その気持ちはわかる」
リアム様も頷いた。するとノア様が俺を見て嬉しそうに笑った。
「で・も♪ レオは楽しそうにしてくれてるから、誘った僕も嬉しい~~!! 楽しんでねレオ!! 赤いケーキがあるんだけど、それ僕が考えたケーキなんだ♪」
てっきりお茶会は、執事長などが取り仕切ると思っていたが……
(なるほど……高位貴族の方々はこんなに幼い頃から御自分でお茶会を計画し、内容まで考えておられるのか……)
俺は一度もお茶会を開いたことはない。
だが、少しでもお茶会などと開いて人脈を広げたり、社交を学んでいれば大きな失敗をすることもなかったはずだ。
これまでの自分がいかに貴族の子息としての責務を怠っていたのかを思い知った。
俺はこんなに幼いのに、お茶会のお菓子まで考えているノア様に尊敬の念を抱きながら言った。
「ノア様が……それは凄いですね! 楽しみにしていますね」
「ふっふっふん♪ あと、緑のケーキは前回妹が考えて、僕も好きなケーキなんだ!」
(ノア様、とても楽しそうだな~あ、もしかしてノア様はケーキが好きなのか?)
「ノア様はケーキが好きなのですか?」
するとノア様は驚いた後、少し恥ずかしそうに笑った。
「ケーキが好きというよりも、ケーキを食べて喜んでくれるのが嬉しいのかも? それにお茶会で出されるお菓子ってどれも似たような物で飽きちゃうでしょう?」
(ああ、なるほど……やはり、こんな幼い頃から問題点と解決策を意識されているのか……勉強になるな~~)
「ノア様のお茶会楽しみにしてます!」
「うん!!」
ノア様が嬉しそうに笑いながら返事をしてくれた。するとそれを見ていた殿下が小さく笑った。
「そうか。レオは楽しみなのか! 確かにレオが楽しそうにしているのに水を差すのはよくないな。では私は今回はお茶会を楽しむレオを楽しみに参加することにしよう!!」
アレク殿下が俺を見て笑った。
「え?」
(――楽しむ俺を楽しむ?? 待ってくれ……それはさらに、参加するハードルが上がったのではないか?)
俺は決して楽しみにしていた訳ではない。敢えていうなら、腹をくくっただけだ。だが、俺は他人からは随分と楽しみにしているように見えたようだ。
「ああ、確かにそれなら行く気になるな。私もレオの喜ぶ様子を見に行くとしよう」
するとリアム様が大きな目を細めながら言った。
(俺が喜ぶ様子を楽しみに参加されるなどと……そんなことを楽しみにされるとは、どれほど過酷なのだ! 高位貴族の方々のお茶会とは?!)
俺は震えながら招待を受けてしまったことを後悔するのだった。
+++
家に帰り宰相家の『お茶会に誘われた』と告げると、父と秘書のオリヴァーが目を丸くした。
そしてすぐに俺の茶会用の服と、マナーの講師を手配してくれた。
さらに採寸はその数時間後には家に来てくれた。今から仕立てる時間はないので既製品で合うものを選ぶことになる。今日は採寸をして、明日、俺に合う服を数点持って来てくれてそこで選ぶそうだ。
俺が採寸を終えて、ぐったりと部屋に向かうとアルに声をかけられた。
「兄さん、週末は城下に必要な物を買いに行くのでしょ?」
そういえば、必要な物を買いに行くついでに王都を案内する約束をしていた。いくら先約があったといえ、侯爵家のお茶会を断る理由にはならない。だが、約束は約束なので素直にあやまることにした。
「すまない! 実は侯爵家のお茶会に誘われたのだ」
「侯爵家のお茶会……私のクラスには、侯爵家の人間はいないようです。やはり、来年はなんとしても上級クラスに入る必要がありますね。お茶会が終わりましたら、参考までに侯爵家のお茶会とはどのようなものだったか教えて下さい」
どうやら、アルは約束を破った俺を責めるつもりはないようだった。
それどころか領主として貪欲に、人脈と経験値を上げるために努力しようとしている。
(うん、うん、その向上心。やはり領主の器だな)
俺は嬉しくなって思わず笑顔になった。
「ああ!! もちろんだ。必ず報告しよう」
「はい」
アルのためにも今回のお茶会で失敗するわけにはいかない。
俺は決意を新たにしたのだった。
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