第10話 高位貴族のお作法



(おお~!! このお菓子美味しいな~~!! ノア様……凄いな)


 マナーは大丈夫だろうか、あいさつは問題ないだろうか、馴染めるだろうかと散々心配ながら臨んだお茶会だったが……


 ――結果。


 俺は侯爵家のお茶会を誰よりも楽しんでいた。

 文字通りお茶会だ。

 美味しいお茶とお菓子に舌鼓を打っていた。


 そうここで重要なのは、ということだ!!


 いや、初めは色々な方にあいさつをしようと思っていた。

 令嬢がたくさんいるし、あわよくば美しいご令嬢と仲良くなれたら……とも思っていたが……


 ご令嬢はアレク殿下と、ノア様とリアム様以外に興味はなかったのだ。そして中には以前、名前のわからなかったカラバン侯爵家の令嬢の姿もあった。彼女はどうやらノア様に夢中のようでノア様から離れようとしない。さらに言うと、俺の方を見ることさえなかった。

 

(幼い頃は皆、高位貴族の方々にしかご興味はないよな……)


 そういえば俺に声をかけてくれたのは、彼女が学園を卒業してからだ。学園で高位貴族の方々と懇意になれず、領地に戻り『伯爵家の俺でいいか』と声をかけてくれたのだろう。


(今ならもう少し上手く立ち回れるかもしれないな……まぁ、もう名前を覚えたから問題ないな。彼女はシンディ様。本日いらっしゃっているご令嬢の家とお名前はすべて手帳に控えた。問題ない)


 俺は一人だったので、その隙に手帳に令嬢の情報を書き込んだのだ。

 そして過去のことを少しだけ思い出した後に、再びノア様の提案したという赤いケーキを食べていた。

 何のケーキなのか皆目見当はつかないが、少し酸味があって甘すぎずに胃が重くならないためいくらでも食べられそうだ。


「まだまだたくさんあるし……もう一つ頂いてもいいかな?」


 俺は『私は全くお茶会を楽しめていないだろう』と言っていたアレク殿下に視線を向けた。


「グルシア殿下~、わたくし殿下のためにドレスを新しくしましたの~」

「あら、それでしたら、わたくしも新しいドレスでしてよ」


 本名アレクサンダー・グルシア殿下。愛称アレク殿下。

 アレク殿下の周りには常時7人から8人の令嬢が側についていた。

 令嬢と令嬢の隙間から殿下と目が合ったので、俺は優雅にお茶の入ったカップを持ったまま微笑んだ。

 すると殿下が小さく笑った。だがすぐに令嬢に隠されて殿下が見えなくなった。


 今度はリアム様の方を見た。リアム様も常に5人から6人の令嬢に囲まれていた。


「ネーベル様、わたくし最近経営の勉強を始めましたの、わからないところがあるので2人で教えて頂けませんか?」

「まぁ!! ネーベル様、私も学んでおりますの! ぜひ私にも」


 本名リアム・ネーベル。

 リアム様とも一瞬目が合って、俺はにっこりと笑った。

 するとリアム様が一瞬ほっとしたような顔をしたが、やはりすぐに令嬢によって隠されてしまった。


 そしてノア様の方を見た。ノア様もやはり5人から6人の令嬢に囲まれている。


「クラン様、お庭美しいですわ~。案内して下さいませんか?」

「それなら私もぜひ~~」


 本名ノア・クラン。

 ノア様とも目が合ったので、俺は楽しんでいることを伝えようと、ノア様にひらひらと手を振って、赤いケーキを見せて笑顔を見せた。

 するとノア様は一瞬驚いた後、嬉しそうに片目を瞑ってくれた。


 今回のお茶会は、令嬢は20人程招待されていたが、男性は俺を含め4人だ。

 これは、令嬢たちにとっての非公式な高位貴族との出会える貴重な場だったのだ。

 つまりこの会は侯爵家主催のお茶会という名のお見合いパーティー。


(なるほどな。たまにアレク殿下やリアム様やノア様にお会いして、学園に入学した時に一気に距離を縮められるようにしていたのか。高等部までにある程度相手を絞り込んでおいた方が、令嬢の方も学園に入った時、他に目を向けられるから合理的だよな。)


 俺は伯爵子息で貴族としては地位の高い方だ。

 だがアレク殿下やリアム様やノア様と比べるとかなり家柄は下だ。

 今日集まっている令嬢の年は私と同じが少し上か少し下の令嬢ばかりだ。

 まだまだ高位貴族の方の奥方になれる可能性は大いにあるので、私のような伯爵に話しかける者はいないのだ。


 そして俺は、ノア様の妹さんが関わったという緑のケーキを口に入れた。


(ん?? 苦味を感じるのに、爽やかで甘さが引き立つ!! 美味しい!! さすがノア様の血縁者センスがいいな~)


 俺はお菓子を食べながら感動していた。そのくらい美味しかった。


「もう一つ食べたいな……」


 思わず呟くと、近くから声が聞こえた。


「そんなに美味しいの? それ?」


 声のした方を見ると、先程まで1人だったテーブルに知らない令嬢が座っていた。


(嘘だろ!? ケーキに夢中で全く気が付かなかった!! あれ……このご令嬢、ノア様に紹介された令嬢の中にいらっしゃらなかったよな?)


 俺は不思議に思ったが急いで口を拭きながら答えた。


「失礼いたしました。ケーキに夢中で……あの、質問のお答えですが……とても美味しいです! このケーキは大変、斬新かつ繊細で大変素晴らしいケーキですよ」


「ふ、ふ~ん。苦くない?」


 令嬢は素っ気ない様子だが、どこかそわそわしながら返事を待っているようだった。


「少し苦味は感じますが、その苦味が甘さを引き立てていて、私は凄く好きです!」


「え? 好き?」


 すると、令嬢は小さな声でぶつぶつと何かを言っていた。


「(困ったな……男の人に、す、好きだなんて……初めて言われた……嬉しい!! 待って、でも……これ、すぐに受けてもいいの?? あ、でもお姉様は『殿方は少し焦らしなさい』っておっしゃって……)」


 何か言っているようだが、あまりに小声で聞こえなかった。

 俺は不思議に思いながらも、目の前のケーキを食べることに集中した。

 屋敷に戻ったらアルに報告し、明日にはノア様にケーキの感想をお伝えしなければならないのだ。ケーキの感想と言えど手は抜けない。


(ん~やっぱりこの緑色のケーキも美味しいな~)


「いいわ!!」


「え?」


 突然、先程までぶつぶつと独り言を呟いていた令嬢が立ち上がって俺の方を見た。


「今から、剣の勝負をしましょう! あなたが勝ったら私はあなたの思いに答えるわ!!」


「え? え? え?」


(なんだ? 今、とんでもない言葉が聞こえなかったか? 勝負!? 俺、そんなに不敬なことを言ったのか~~!?)


 俺が戸惑っていると、令嬢が歩き出した。


「さぁ!! ついて来て!!」


「え? え? はい……」


 状況はよくわからないが、今日ここにいらっしゃる方々は皆様、高位貴族のご令嬢だろう。

 揉め事を起こして、折角招待して下さったノア様の顔を潰すわけにはいかない。


(逆らわない方がいいんだろうな~~令嬢って……やっぱり怖い!!)


 俺は震えながら令嬢について行った。



+++



 着いた場所は土が固く固められた剣の訓練場のような場所だった。

 そして周りにはふわふわとした草が生えていた。


(あ~~あそこで昼寝したら気持ち良さそうだな~)


 俺が呑気なことを考えていると、令嬢の後ろから執事が練習用の模造剣を2本持ってきた。


(ああ~~やっぱり本気なのか!? 俺、そんなにこの人を怒らせてしまったのか!?)


「さぁ、手に取って!!」


 令嬢は剣を握ると、俺にもう一方の剣を差し出した。


「え? あの、気分を害されたのでしたら、誠心誠意、謝罪いたします」


「何を言っているの? 気分は最高よ」


「はぁ……最高ですか……」


(どういうことだ!? 気分が最高なのに、どうして俺は決闘など申し込まれているんだ??? いや、もしかして決闘を申し込んだから気分が最高なのか!? この子、戦闘狂か!? 怖い! 怖すぎる!! 逃げたい!!)


 高位貴族のお茶会のマナーはこの数日でみっちりと叩きこまれたつもりだったが、やはり付け焼き刃だったのだろう。

 まさか、さっきのちょっとした会話が、剣の勝負を持ち掛けられる展開になるなんて!!


(マナーの先生。俺、どうしたらよかったのでしょうか~~~?)


 空を仰ぐとマナーの講師マーベル先生、32歳独身の顔が浮かぶがその顔は、爽やかな笑顔で親指を立てて『健闘を祈る』と言っているようだったが……きっと気のせいだろう。


 謎の展開に俺は頭を抱えたのだった。




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