第10話 高位貴族のお作法



「今週末にお茶会をするのだけれど、レオも来ない?」


 新学期が始まって数日経った頃。

 俺はノア様にお茶会に誘われた。


「私がお伺いしてもよろしいのでしょうか?」


 自慢ではないが、俺は伯爵家以上の家のお茶会に参加したことなどない。

 ノア様の家は侯爵家だ。しかも宰相家でもあるので、公爵家程の力を持つ家柄だ。


(はっ!! マナーは大丈夫だろうか!?)


 父に相談してマナーの講師を短期間で雇ってもらう必要があるかもしれない。

 俺がそんなことを考えていると、ノア様が笑いながら言った。


「今回は気軽なお茶会だから、マナーはそこまで気にしなくていいよ」


 『気軽なお茶会』侯爵家が主催するお茶会でそれはまず有り得ない。

 以前の俺なら本当に気軽に参加していたかもしれないが、領主となり、少なからず高位貴族の内情を知っている今、これは伯爵家の子息である俺にとって戦場へのお誘いとも同義だった。


(行くのは怖い……が断るのはもったいない!!)


 さらに高位貴族からの誘いを断るにはそれ相当の理由がいる。そして、ただの学生である今の俺にそんな大層な理由があるはずもなかった。


「ありがとうございます。嬉しいです。では、遠慮なくお伺いいたします」


 俺は内心、不安で心臓が大きく脈打ちながらも笑顔で答えた。


「お茶会でそんなに喜んでもらえると嬉しいな~。アレクもリアムも『行かなきゃダメか?』なんて言うんだよ?! 誘い甲斐ないよね~~~!!」


 ノア様がリアム様とアレク様をジト目で見ながら言った。


「では、ノアは私がお茶会に招いたら喜ぶのか?」


 リアム様の言葉にノア様はにっこりと笑った。


「冗談!! 断れるなら断るに決まってるよ♪」


「どうして自分はそう答えるのに俺たちを責められるんだ?」


 リアム様が首を傾げると、アレク殿下が溜息をついた。


「はぁ~茶会には出席すると言っているんだ。喜ぶことまで強要するな」


 アレク殿下の言葉に、ノア様が頬を膨らませながらぼやいた。


「それは感謝してますよ。アレクとリアムが来なかったら、僕一人が大変な目に合うので! でも少しくらい楽しんでくれる人がいないと、悲しくなるでしょ? お茶のお菓子だって毎回結構趣向を凝らして出してるのに、みんな手をつけてくれないしさぁ~」


「まぁ……その気持ちはわかる」


 リアム様も頷いた。するとノア様が俺を見て嬉しそうに笑った。


「で・も♪ レオは楽しそうにしてくれてるから、誘った僕も嬉しい~~!! 楽しんでねレオ!! 赤いケーキがあるんだけど、それ僕が考えたケーキなんだ♪」


 てっきりお茶会は、執事長などが取り仕切ると思っていたが……


(なるほど……高位貴族の方々はこんなに幼い頃から御自分でお茶会を計画し、内容まで考えておられるのか……)


 俺は一度もお茶会を開いたことはない。

 だが、少しでもお茶会などと開いて人脈を広げたり、社交を学んでいれば大きな失敗をすることもなかったはずだ。

 これまでの自分がいかに貴族の子息としての責務を怠っていたのかを思い知った。

 俺はこんなに幼いのに、お茶会のお菓子まで考えているノア様に尊敬の念を抱きながら言った。


「ノア様が……それは凄いですね! 楽しみにしていますね」


「ふっふっふん♪ あと、緑のケーキは前回妹が考えて、僕も好きなケーキなんだ!」


(ノア様、とても楽しそうだな~あ、もしかしてノア様はケーキが好きなのか?)


「ノア様はケーキが好きなのですか?」


 するとノア様は驚いた後、少し恥ずかしそうに笑った。


「ケーキが好きというよりも、ケーキを食べて喜んでくれるのが嬉しいのかも? それにお茶会で出されるお菓子ってどれも似たような物で飽きちゃうでしょう?」


(ああ、なるほど……やはり、こんな幼い頃から問題点と解決策を意識されているのか……勉強になるな~~)


「ノア様のお茶会楽しみにしてます!」


「うん!!」


 ノア様が嬉しそうに笑いながら返事をしてくれた。するとそれを見ていた殿下が小さく笑った。


「そうか。レオは楽しみなのか! 確かにレオが楽しそうにしているのに水を差すのはよくないな。では私は今回はお茶会を楽しむレオを楽しみに参加することにしよう!!」


 アレク殿下が俺を見て笑った。


「え?」


(――楽しむ俺を楽しむ?? 待ってくれ……それはさらに、参加するハードルが上がったのではないか?)


 俺は決して楽しみにしていた訳ではない。敢えていうなら、腹をくくっただけだ。だが、俺は他人からは随分と楽しみにしているように見えたようだ。


「ああ、確かにそれなら行く気になるな。私もレオの喜ぶ様子を見に行くとしよう」


 するとリアム様が大きな目を細めながら言った。


(俺が喜ぶ様子を楽しみに参加されるなどと……そんなことを楽しみにされるとは、どれほど過酷なのだ!  高位貴族の方々のお茶会とは?!)


 俺はとんでもない招待を受けてしまったことに震えてしまったのだった。




+++




 家に帰り宰相家の『お茶会に誘われた』と告げると、父と秘書のオリヴァーが目を丸くした。

 二人はすぐに俺の茶会用の服と、マナーの講師を手配してくれた。

 

 そして、万全の状態で当日を迎えた俺は……


(おお~!! このお菓子美味しいな~~!! ノア様……凄いな)


 マナーは大丈夫だろうか、あいさつは問題ないだろうか、馴染めるだろうかと散々心配ながら臨んだお茶会だったが……


 ――結果。


 俺は侯爵家のお茶会を誰よりも楽しんでいた。

 文字通りお茶会だ。

 美味しいお茶とお菓子に舌鼓を打っていた。


 そうここで重要なのは、ということだ!!


 いや、初めは色々な方にあいさつをしようと思っていた。

 令嬢がたくさんいるし、あわよくば美しいご令嬢と仲良くなれたら……とも思っていたが……


 ご令嬢はアレク殿下と、ノア様とリアム様以外に興味はなかったのだ。そして中には以前、名前のわからなかったカラバン侯爵家の令嬢の姿もあった。彼女はどうやらノア様に夢中のようでノア様から離れようとしない。さらに言うと、俺の方を見ることさえなかった。

 

(幼い頃は皆、高位貴族の方々にしかご興味はないよな……)


 そういえば俺に声をかけてくれたのは、彼女が学園を卒業してからだ。学園で高位貴族の方々と懇意になれず、領地に戻り『伯爵家の俺でいいか』と声をかけてくれたのだろう。


(今ならもう少し上手く立ち回れるかもしれないな……まぁ、もう名前を覚えたから問題ないな。彼女はシンディ様。本日いらっしゃっているご令嬢の家とお名前はすべて手帳に控えた。問題ない)


 俺は一人だったので、その隙に手帳に令嬢の情報を書き込んだのだ。

 そして過去のことを少しだけ思い出した後に、再びノア様の提案したという赤いケーキを食べていた。

 何のケーキなのか皆目見当はつかないが、少し酸味があって甘すぎずに胃が重くならないためいくらでも食べられそうだ。


「まだまだたくさんあるし……もう一つ頂いてもいいかな?」


 俺は『私は全くお茶会を楽しめていないだろう』と言っていたアレク殿下に視線を向けた。


「グルシア殿下~、わたくし殿下のためにドレスを新しくしましたの~」

「あら、それでしたら、わたくしも新しいドレスでしてよ」


 本名アレクサンダー・グルシア殿下。愛称アレク殿下。

 アレク殿下の周りには常時7人から8人の令嬢が側についていた。

 令嬢と令嬢の隙間から殿下と目が合ったので、俺は優雅にお茶の入ったカップを持ったまま微笑んだ。

 すると殿下が小さく笑った。だがすぐに令嬢に隠されて殿下が見えなくなった。


 今度はリアム様の方を見た。リアム様も常に5人から6人の令嬢に囲まれていた。


「ネーベル様、わたくし最近経営の勉強を始めましたの、わからないところがあるので2人で教えて頂けませんか?」

「まぁ!! ネーベル様、私も学んでおりますの! ぜひ私にも」


 本名リアム・ネーベル。

 リアム様とも一瞬目が合って、俺はにっこりと笑った。

 するとリアム様が一瞬ほっとしたような顔をしたが、やはりすぐに令嬢によって隠されてしまった。


 そしてノア様の方を見た。ノア様もやはり5人から6人の令嬢に囲まれている。


「クラン様、お庭美しいですわ~。案内して下さいませんか?」

「それなら私もぜひ~~」


 本名ノア・クラン。

 ノア様とも目が合ったので、俺は楽しんでいることを伝えようと、ノア様にひらひらと手を振って、赤いケーキを見せて笑顔を見せた。

 するとノア様は一瞬驚いた後、嬉しそうに片目を瞑ってくれた。


 今回のお茶会は、令嬢は20人程招待されていたが、男性は俺を含め4人だ。

 これは、令嬢たちにとっての非公式な高位貴族との出会える貴重な場だったのだ。

 つまりこの会は侯爵家主催のお茶会という名のお見合いパーティー。


(なるほどな。たまにアレク殿下やリアム様やノア様にお会いして、学園に入学した時に一気に距離を縮められるようにしていたのか。高等部までにある程度相手を絞り込んでおいた方が、令嬢の方も学園に入った時、他に目を向けられるから合理的だよな。)


 俺は伯爵子息で貴族としては地位の高い方だ。

 だがアレク殿下やリアム様やノア様と比べるとかなり家柄は下だ。

 今日集まっている令嬢の年は私と同じが少し上か少し下の令嬢ばかりだ。

 まだまだ高位貴族の方の奥方になれる可能性は大いにあるので、私のような伯爵に話しかける者はいないのだ。


 そして俺は、ノア様の妹さんが関わったという緑のケーキを口に入れた。


(ん?? 苦味を感じるのに、爽やかで甘さが引き立つ!! 美味しい!! さすがノア様の血縁者センスがいいな~)


 俺はお菓子を食べながら感動していた。そのくらい美味しかった。


「もう一つ食べたいな……」


 思わず呟くと、近くから声が聞こえた。


「そんなに美味しいの? それ?」


 声のした方を見ると、先程まで1人だったテーブルに知らない令嬢が座っていた。


(嘘だろ!? ケーキに夢中で全く気が付かなかった!! あれ……このご令嬢、ノア様に紹介された令嬢の中にいらっしゃらなかったよな?)


 俺は不思議に思ったが急いで口を拭きながら答えた。


「失礼いたしました。ケーキに夢中で……あの、質問のお答えですが……とても美味しいです! このケーキは大変、斬新かつ繊細で大変素晴らしいケーキですよ」


「ふ、ふ~ん。苦くない?」


 令嬢は素っ気ない様子だが、どこかそわそわしながら返事を待っているようだった。


「少し苦味は感じますが、その苦味が甘さを引き立てていて、私は凄く好きです!」


「え? 好き?」


 すると、令嬢は小さな声でぶつぶつと何かを言っていた。


「(困ったな……男の人に、す、好きだなんて……初めて言われた……嬉しい!! 待って、でも……これ、すぐに受けてもいいの?? あ、でもお姉様は『殿方は少し焦らしなさい』っておっしゃって……)」


 何か言っているようだが、あまりに小声で聞こえなかった。

 俺は不思議に思いながらも、目の前のケーキを食べることに集中した。

 屋敷に戻ったらアルに報告し、明日にはノア様にケーキの感想をお伝えしなければならないのだ。ケーキの感想と言えど手は抜けない。


(ん~やっぱりこの緑色のケーキも美味しいな~)


「いいわ!!」


「え?」


 突然、先程までぶつぶつと独り言を呟いていた令嬢が立ち上がって俺の方を見た。


「今から、剣の勝負をしましょう! あなたが勝ったら私はあなたの思いに答えるわ!!」


「え? え? え?」


(なんだ? 今、とんでもない言葉が聞こえなかったか? 勝負!? 俺、そんなに不敬なことを言ったのか~~!?)


 俺が戸惑っていると、令嬢が歩き出した。


「さぁ!! ついて来て!!」


「え? え? はい……」


 状況はよくわからないが、今日ここにいらっしゃる方々は皆様、高位貴族のご令嬢だろう。

 揉め事を起こして、折角招待して下さったノア様の顔を潰すわけにはいかない。


(逆らわない方がいいんだろうな~~令嬢って……やっぱり怖い!!)


 俺は震えながら令嬢について行った。




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