第8話 虎の威を借りる貴族令息
いよいよ学園が始まった。
学園には7歳から12歳が通う低等部と、13歳から18歳まで通う高等部がある。
さらに新年度の始めにテストがあり、そのテスト結果でクラスが分けられる。
クラス分けについては以下の通りだ。
1~20番 :上級クラス。
21~40番:中級クラス。
40番以下 :一般クラス。
俺たちの学年には王太子殿下や公爵子息がいる。
みんな高位貴族の方と繋がりを持つために、生まれたの貴族の子供が多い。だから、俺の学年で上位クラスに入るのは本当に激戦なのだ。
(一応、高等部を出てるから……上位クラスに入れるだろう……いや、入れるだろうか?)
低等部は基本的に貴族の子息ばかりだが、高等部になると令嬢も学園に通うようになり、学園はかなり熾烈な実力主義になる。
殿下や公爵子息の伴侶を目当てに知性も美貌も磨かれた高位令嬢なども一斉に入学する。
高位貴族の方々は幼い頃から徹底した教育を受けているので、ぼんやりと親に言われたからなんとなく通っていた伯爵家の俺のような人間など絶対に同じクラスにはなれない。
だからこそ今度は絶対に低等部の内に高位貴族の方々と知り合いになっておきたかった。
高等部では同じクラスになるのはかなり困難だからだ。
「どうか!」
俺は祈るような想いでクラスが書かれている掲示板を見た。
(よかった……あった……)
見事、高等部まで卒業している俺は低等部の『上級クラス』に入れた。
だが、かなり申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
中身は26歳なのだから……
良心が痛む……
そんな俺にアルが話かけて来た。
「さすが、兄さん! 上級クラスですか!!」
「ああ、そうだ。アルはどうだった?」
何度も言うが俺はこれでも一度高等部を卒業している。
自慢できるような成績ではなかったが……。
だから、低等部では上級クラスに入れなければおかしいくらいなのだが、そんなことを知る者はいない。
「私は中級クラスでした」
「中級……? 凄いじゃないか!!」
俺はアルの肩を掴んだ。アルはつい3ヵ月前まで字も読めないし、書けなかったのだ。それがいきなり中級クラスになったのだ。
凄い人以外の何者でもなかった。
「来年こそは、兄さんの弟として恥ずかしくないように上級クラスに入ります」
悔しそうなアルの顔を見て思わず頬が緩んでしまった。
「ああ、頑張れ」
「はい」
それから俺は自分のクラスへと向かった。
この学園では席は成績順になっている。俺は指定された席に座った。
席に座って授業の準備をしていると、俺の隣はなんとネーベル公爵子息のリアム様だった。
さらに俺の目の前の席には第2王子のアレクサンダー殿下もいらっしゃるし、殿下の隣には宰相家のクラン侯爵家のノア様のお姿も見えた。
(う……ここまで近い席じゃなくてもよかったんだけど……)
以前この方々と同じ教室だった時には、まぐれで入れたようなものなので席はこの3人とは教室の端と端というように離れていた。だからほとんど話をする機会がなかったのだ。
(1年これだけ近い席ならきっと、社交界でお会いした際には、ご挨拶はして頂けるだろう。目的は達成できそうだな)
元々の目標は顔を覚えてもらって社交界でお会いした時にあいさつをすることだ。
通常、社交界では高位貴族の方から話しかけられない限り、自分から相手にあいさつをすることはできない。
ところが、相手から許可を貰えていれば、自分から彼らにあいさつをすることができるのだ。
後は、この高貴な方々の不興を買わないように地味にやり過ごすだけだ。
「アレク様はやはりそのお席でしたね」
「そうだな。そして今年もまたノアが隣だ」
「来年こそ、俺が隣になってみせます」
「ははは。来年にはダンテも入学する。頑張れよ」
すぐ近くで、王太子殿下と公爵子息と宰相家の子息の笑い声が聞こえた。
ずっと同じクラスの3人は楽しそうに話をしていた。
基本的に自分より位の高い貴族に話しかけることはできない。
いくら学園が平等だと言ってもそれは当たり前のことだ。だから俺はあいさつをすることもなくじっと座っていた。
あまりにも高貴な身分の方に囲まれて居たたまれなくて、本を読むことにした。
「すまないが、君は誰だい?」
本を読んでいるとあろうことか第2王子のアレクサンダー殿下に声をかけられた。殿下の自己紹介はされていないが、こういう場合は名前を名乗っても問題ない。
「ノルン伯爵家嫡男、レオナルドと申します」
「ふ~ん。ノルン家か……今年入学したのか?」
今度は隣の席のネーベル公爵子息のリアム様に声をかけられた。
「低等部の1年から在籍しております」
「そうなのか? それは失礼なことを聞いてしまったね」
(去年も一昨日も中級クラスだったからな……知らないのも当然だよな)
今まで中級クラスにいた人間が、こんな上級クラスの成績上位の席に座っているのだ。驚くのも当然だろう。
「いえ。自分でも驚いておりますので」
そうだ。驚いているのは嘘じゃない。繋ぎを作りたいとは思ったがこれほど近くの席になるとは思わなかった。するとリアム様は気を遣う言葉をかけて下さったがまるで探るような視線を向けてきた。
「失礼を承知で尋ねるが、今まで同じクラスにもなったことがない君が突然どうしてここに?」
リアム様の瞳には警戒心が見えた。皆高位貴族の方々だ。突然知らない人間が側に来たら警戒するのは当然だろう。
(まさか、一度死んで人生をやりなおしていますとは言えないよな……)
俺は考えられる一番納得出来そうな答えを口にした。
「最近弟が出来まして……弟が大変優秀ですので、負けぬように努力いたしました」
「……」
「……」
「……」
俺の返事を聞いた3人が沈黙した。
(これはもしかして良くない返答だっただろうか?)
高貴な人たちの気に障ってしまったのかと反省していると、アレクサンダー殿下が俺の手を取った。
「その気持ちよくわかるぞ!!」
「僕もわかる~~~」
「私もよくわかる!!」
すると宰相家のノア様もリアム様も「うんうん」と同意した。
そしてアレクサンダー殿下が困ったように笑った。
「私には優秀な兄がいるのだが……兄と常に比べられるので毎日必死だ」
リアム様は真剣な表情で言った。
「私には姉と弟がいるのだが、成績が落ちると姉に睨まれ、弟には同情される。だから絶対に成績を落とすわけにはいかない」
ノア様は大きな溜息をついた。
「僕には姉と妹がいるんだけど、あの人たちは僕は出来て当たり前だと思っているんだ。だから僕は常に2人の期待に答えなければならない。はぁ~大変だよ。本当に」
以前の俺は、3人は生まれつきなんでもできる選ばれた人達だと思っていた。
(努力されていたのだな……)
なんとなくこれまでの自分の思いが幼稚に思えて恥ずかしくなった。
「私のことはアレクと呼んでもらって構わない」
すると殿下が美しく微笑んだ。その顔は王族として威厳に溢れ、俺は目が眩みそうだった。
(う……王族の方の笑顔は心臓に悪いな)
「よ、よろしいのですか?」
「ああ」
(こんなに早く、殿下のお名前を呼べるようになるとは!!)
俺が驚いていると、隣の席の公爵子息のリアム様が小さく笑った。
「では私のことはリアムと」
「僕はノアで」
すると宰相家のノア様も名前で呼ぶことを許可して下さった。
(これは都合のいい夢か?)
俺が呆然としていると、アレク殿下から顔を覗き込まれた。
「君のことはレオと呼んでもいいだろうか?」
「光栄です。アレク殿下」
そうして奇跡的に俺は、殿下たちから愛称で呼ぶことを許可されたのだった。
(やはり席が近いというのは効果絶大だな……)
さらにそのおかげか、今までほとんど認識されていなかった俺は多くのクラスメイトに好意的に話しかけられるようになった。
俺は改めて高位貴族の方々との繋がりの威力を知ったのだった。
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