第7話 兄は考える葦である
それから数日後。
アルが家庭教師について勉強している間、俺はどうやって領主をアルに譲るかを考えていた。
(どうするべきか……)
領主をアルに譲れそうな理由としては次の3つだ。
1つ目:騎士になる。騎士は父の夢でもあるので父も認めてくれる可能性が高い。
2つ目:文官になる。文官になれば、領のためにもなるので許可がおりそうだ。
3つ目:他の貴族の娘さんの家に婿入りする。
俺は「ん~~~」と唸ってしまった。
(騎士になるのなら、剣術は毎日きっちりと鍛錬をする必要があるな……そうでなければ、アルが騎士になってしまいそうだ)
俺は天井を見て頭は激しく頭を掻いた後、また考えた。
(文官になるには、常に学園での成績は上位である必要があるな……大変だな……)
文官というのは文官試験に受ければなれるというものではない。
同じような点数の場合、学園から普段から成績がよかったという推薦のある方が融通されるのだ。
だからこそ、文官になるのを目標にしている者は学園にいる間は必死で勉強に励むのだ。
(以前の俺の成績では……厳しいな……)
では、他の貴族令嬢の家に婿に入るか?
偶然にも俺の同世代には、王太子殿下や、公爵子息、宰相家の御子息も通っている。
そのせいか、令嬢の数は他の学年よりも圧倒的に多いが、皆王太子妃や、公爵夫人などを目指しているので、俺のような伯爵子息は見向きもされない。
せめて、王太子殿下や、公爵子息と仲良くなればその周りにいる令嬢とお近づきになれるかもしれないが……
中等部の時、1度だけその方々と奇跡的に同じクラスになったが、ほとんど面識がないまま終わってしまった。
思えばあの時、どなたかとあいさつできるほどの仲になっていれば、街道の件はなんとかなったかもしれない。
(せめて社交の場で、殿下や公爵子息の方にあいさつできるくらいの繋がりはほしいな)
さらに俺は、17歳の時に結婚を約束していた女性に貢いだ上に『あなたなんて本気なわけないでしょう?』と手酷く振られている。
正直、まだ女性は怖い。できれば関わりたくもないくらいだ。
それに婿入りとなると自分よりも位の高い家の令嬢でないと、絶対に父の許可がおりない。
「婿入りはな……」
俺がそう呟いた時だった。
――ガシャン!!
何かが落ちる音が聞こえて、扉を見るとアルが青い顔で立っていた。
「婿入り……まさか……兄さんは私を追い出すのですか?」
「……は?」
そして泣きそうな顔で俺の正面に周り声を上げた。
「今、『婿入り』とおしゃっていたでしょ?」
「ああ~」
ようやくアルの質問の意図がわかりほっとした。どうやら、アルは先程の俺の言葉を自分が婿入りすると勘違いしたようだ。
(将来、領主になるお前を追い出すわけがないだろ?)
誤解をしているアルに俺は思わず溜息をついた。
「はぁ~。アルをこの家から追い出す訳ないだろ? アルにはずっとここにいてもらう」
するとアルの顔から緊張が解けた。
「よかった……では、婿入りとは誰のお話ですか?」
(ここで俺の将来の話だと言ったら、アルは混乱するだろうな)
俺はお茶を濁して説明することにした。
「……友人の話だ。婿入りを考えているそうだ」
アルが「ああ」と頷いた。
「兄上のご友人のお話でしたか……つまり、私を婿入りさせたりはしないということですか?」
「そうだ。悪いがお前を伯爵領から手放す気はない」
俺は力強く答えた。
(俺が婿入りする可能性はあっても、アルが婿入りすることは絶対にない)
「兄さん!! 嬉しいです!! 将来のために精一杯努力します!!」
「頼んだぞ」
「はい!!」
アルはとても嬉しそうに笑った。しばらくすると俺たちのことを見守っていた侍女たちがお茶の準備をするために動き出した。
俺はチラリとアルの顔を見た。アルは準備をしてくれている侍女と話をしていた。
(アルは剣術に熱心だから、騎士に興味があるのかと思たが、領に残ってくれるのか……それなら問題なさそうだな)
アルが領主になることを拒む可能性もあると思っていたが、どうやら心配なさそうで俺は心底安心したのだった。
+++
(ふぁ~~あ。眠いな~~)
次の朝、俺はいつもより早く起きて庭に出た。
理由はもちろん、将来、騎士になる可能性を捨てないためだ。
(先生のいう訓練を真面目にすれば、騎士になれる可能性もあるだろう……)
俺は練習用の模造刀を持って庭に向かった。
「はっ! はっ! はっ!」
(……アル?)
するとアルの声が聞こえてきた。アルはすでに汗をかきながら剣を振っていた。
「おはよう! 早いな」
俺が声をかけるとアルがはじかれたようにこちらを見た。
「兄さん!! どうされたのですか?」
驚くアルに俺は軽く剣を持ち上げて見せた。
「俺もアルと共に訓練をしようかと思ってな」
「え?」
実は1人ではとても続けられそうになかったので、アルの訓練に便乗しようと思ったのだ。
アルは驚いた後、顔をくしゃくしゃにして笑った。
「ぜひ!!」
「ああ、頼む」
それから俺はアルと訓練をした。
「は……腕がもう上がらない……」
この2ヵ月間、毎日、訓練をしていたアルは余裕そうだったが、俺の体力はすでに限界に近かった。
(これを毎日か……騎士は諦めた方がいいだろうか?)
訓練が終わり、芝生の上で寝転んでいた俺の顔をアルが水を渡しながら覗き込んできた。
「今日は兄さんと一緒に訓練できて、いつもより調子がよかったです。また、明日もよろしくお願いします」
8歳のアルに期待のこもった瞳を向けられた俺は水を受け取って喉に流し込むと「ああ」と頷くことしかできなかったのだった。
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