第6話 見方を変えたら味方になった
「あの交渉もアルがいてくれたら上手くいったのだろうか……?」
俺は思わずそんな言葉を呟いていた。父は王都のことは秘書のオリヴァーに任せるほど信頼している。
(アルの話術は強力な武器になる……)
思わずじっと見つめるとアルが顔を輝かせた。
「私は兄さんのお役に立てますか?」
反抗期も来ていない少年の瞳はとてもキラキラとして眩しく思えた。俺は思わずアルの頭に手を置いた。
「ああ、アル。これから学園でしっかりと学び、将来、俺を助けてくれるだろうか?」
「もちろんです!!」
気分はもはやアルの兄ではなく、父のような心境だった。
(俺がこれほど素直な息子であったのなら、父に領地経営について多くのことを聞けたものを……)
俺はそんな考えを振り払うように立ち上がった。
「アル、その面白い花とやらを見に行くか?」
「は、はい!! ぜひ!!」
アルも嬉しそうに席を立った。そうして、庭の隅に行くことにした。
+++
庭の隅に行くと庭師はとても驚いていた。
「レ、レ、レオナルド様!?」
確かに普段は全く姿を見せない俺が現れたのだ。庭師が驚くのも無理はない。俺は少しだけ申し訳なく思いながら言った。
「……アルから面白い花が咲いたと聞いてな」
「はい!! こちらです!!」
始めこそ驚いていた庭師だったが、『面白い花を見に来た』と言うと、とても嬉しそうに案内してくれた。
「これです」
「ほう……これは……なんだ?」
白く小さな花は、爪くらいの大きさで、花の下に袋のような物がついていた。
俺の問いかけに庭師が笑顔で答えた。
「蜜です」
「蜜? では甘いのか?」
「はい。召し上がってみますか?」
庭師が得意げに蜜を勧めてきた。
「兄さん!! この蜜すっごく甘くて美味しいよ」
アルはすでに隣で蜜を吸いながら楽しそうに笑っていた。
「……では頂こう」
俺は花の蜜を口に運んだ。
(花の蜜など初めて口にするな……)
口に含んだ途端、蜂蜜よりも爽やかな甘さで華やかな香りが口内を駆け抜けた。
「……なんだ? これは? 甘い……それにいい匂いだ……」
俺はあまりの衝撃に驚いて庭師を見た。
「これを作ったというのか!?」
庭師は照れたように笑いながら言った。
「ええ。俺の……私の父が思いついて、交配を重ねてやっとここまできました」
(信じられない。花の蜜とはこんなに甘いものなのか?)
俺は庭師を見つめた。
「この木の囲いのようなものはなんだ?」
花の周りには木の囲いがついていた。
「実はこの花は温度変化に弱く、こうして風を防いだり、寒くなる日は湯たんぽを置いたりして守っております。気休めですが……」
庭師が恥ずかしそうに鼻を掻いた。
「この花、量産はできるのか?」
俺の問いかけに庭師が首を傾けた後に少し考えて言った。
「量産ですか? 出来なくはないとは思いますが……」
量産が可能……
俺はあることを思い付き、庭師を見つめた。
「すまないが、この花を数個くれないか?」
「え? 構いませんが……」
俺は花を受け取ると庭師とアルの方を見た。
「すぐに戻る。アル行くぞ」
「……? はい」
アルはわけがわからないといった様子で俺の後をついて来た。
+++
――コンコンコンコン!!
「父上。レオナルドです」
「入れ」
俺は急いで父の執務室に向かった。
父は普段は領地にいるが、社交シーンということ、また母が亡くなったということ、新しい母と弟を迎えたということが重なり、今回は長く王都に滞在すると言っていた。
普段は王都には秘書のオリバーしかいない。オリバーは、領地と王都を行ったり来たりしているが、基本的には王都にいて母を助けてくれていた。
「父上、失礼致します」
俺がアルと共に執務室に入ると父は驚いた顔をした。
「どうしたのだ? 2人そろって……あと数日で学園だろ? 準備は出来ているのか?」
実際学園の準備と言っても、これから新しいクラスになる。進級のためのクラス分けのテスト勉強くらいしかすることはない。
俺は父を見ながら言った。
「はい。そちらは問題ありません。そのようなことより、父上、この花の蜜を食してみて下さい」
俺は父の前に庭師が交配し完成させた花を差し出した。
「これはなんだ?」
父は怪訝な顔で花を見つめた。
「これは庭師が交配を重ねて作り出した植物です」
その途端、父の表情が柔らかくなった。
「ムトの仕事であったか……あの親子は相変わらず変わっている」
父は小さく笑って花を手に取った。
(父は庭師の名前をご存知であったのか……)
意外なことに父は庭師の名前も知っていたし、花も素直に口に入れた。
俺は信じられない気持ちで父を見ていた。
「なんだ? これは……」
父も目を丸くして驚いていた。俺はそれを確認した後に言った。
「父上、今すぐに庭園に温室の建設を。この花は元々食用。見た目も美しいのにこの甘さ。きっと貴族女性に受けます。ここで試験的に量産して、成功したら領で本格的に栽培し、特産にしましょう」
「レオナルド……本気か?」
実はこれは以前領主になった時から悩んでいたことだった。
我が伯爵領は領地は広いが、目立った特色がない。特産品と呼べるものも、名所を呼べる場所もなく、金策に困っていてのだ。
だから俺はずっと特産品となるものを探していた。
この花が受け入れられるのかわからないが、なんでも試す価値はある。そうでないと、破滅の未来が待っているのだ。
「はい。本気です。そして売上の多くをムトに渡し、報酬と更なる研究をさせます」
俺の真剣さを感じたのか、父は腕を組み眉を寄せた。そして隣にいた秘書のオリヴァーに言った。
「庭の一部に温室と交配専用の研究室を作れ。あと、おまえもこれを味見してみろ。レオナルドが、直談判してきたものだ」
オリヴァーは頷くと花を口に入れ、俺の顔をじっと見て微笑んだ。
「レオナルド様……確かにこれは面白いかもしれませんね」
そしてオリヴァーは嬉しそうに目を細めるとすぐに父を見た。
「直ちに温室の手配を致します。重ねて研究室も建設致します」
「あの、父上……即決してもよろしいのですか?」
あまりに早い決断に俺の方が驚いてしまった。
「ああ。いいか2人とも、よく覚えておけ。領主というのは守りが甘くては成り立たない。だが、新たな可能性があるのならそれにかけてみることも必要だ。変わらぬということだけで守り抜けるほどこの時世は甘くはない」
オリヴァーが俺を見て穏やかに笑った。
「ムトへの説明はお2人にお任せ致します」
「はい」
「はい!!」
それから俺たちはムトの元に戻り、説明をした。
ムトは驚いていたが、自分のやってきたことを認めて貰えて嬉しいと何度も感謝した。
+++
ムトの元を去ると、アルが満面の笑みで俺を見た。
「兄さん!! 凄いです!! ムトとても嬉しそうでした!!」
俺はアルの頭に手を置いて優しく撫でた。
「何を言っている。凄いのは俺ではなく、アルだ」
そこまで言って俺は、はたと気づいて俺に頭を撫でられながら目を細めているアルの顔を見た。
(そうだ……凄いのはアルだ……)
アルはすでに領主として必要な頭の良さ、そして剣を続ける忍耐力、何より人の才能を見抜く目と屋敷で働く全ての者を把握し、動かす統率力を持っていた。
(アルは理想的な領主の器だ……)
俺はまるで真っ暗なトンネルから抜け出したような明るい気分になっていた。
(そうだ!! なぜ気がつかなかったのだ!! はじめからアルが領主をすればよいではないか!!)
「兄さん、どうしたのです? とても嬉しそうです」
アルが頭を撫でる手を止めた俺を見上げて小さく笑った。俺は思わずアルを抱きしめていた。
「え? え? どうしたんです? 兄さん!!」
(これで、俺は死なずに済むかもしれない!! なにより、我が領も負債を負わずに済む!! こんな素晴らしい領主の存在に今まで気が付かなったなんて!!)
アルは驚いていたが嫌そうではなかったので、さらにぎゅっと抱きしめた。
「アルがいてくれてよかった!!」
「僕……私も兄さんがいてくれてよかったです」
アルもぎゅっと抱きしめ返してくれた。
これで最悪の結果を防げる。
俺が領主にならなければ問題ない。
――領主は将来的にはアルに譲る!!
こうして俺は少しだけ自由になった心で前に進み始めたのだった。
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