第6話「遊郭」

第六話「遊郭」


 単独で向かうには、少々勇気のいることだった。

 なぜなら、その第二百九十八層の市街区は、ヨシワラと言って、あの江戸にあった吉原と同じ、遊郭だったからだ。


「おい。繭村。ってことは、美優ちゃんには言わないほうがいいのか?」

「ああ。ウォーレンの街にいるように言っている。おそらく、男しか入れない」

「男しか入れない街が、ダンジョンに存在するとはな……。そんなの、どうやって、拠点を築くんだか。まだここまでは来てないけれど、不思議なのは、客が来れるのか――という点だな」


 そう。遊郭ということは、客がいるから成り立っていることである。

 つまり、客が新しく来るような場所じゃないといけないのだ。

 そこらへんに、何かカラクリのようなものが、あるんじゃないかと、俺たちは少しだけ、疑問に思っているのだった。


 遊郭の外壁を眺めながら、俺たちは少しにやにやとしていた。


「マジで、入るのか? 入ったら終わり――とかないよな」

「大丈夫だ。俺たちみたいな金のない冒険者をいたぶるような気概はないだろうよ」

「そ、そうだよな。まあ、ちょっと偵察? みたいな……」


 そうだ。これはあくまで、偵察のようなものだ。

 そう。て、て、偵察だよ? 美優ちゃん……許してくれ!!


 そっと、扉を開ける――。

 綺麗なまばゆい光が一気に目に飛び込んできた。

 まさに遊郭。

 そこは、きらびやかな、燦然と輝く、江戸の街。


「お、おおおお!!」


 男たちは、欲望を露わにし、走り出した!

 いえ――――い!!

 お、落ち着け……。まだ、決まったわけじゃない。

 まだ、女性にいろいろやられるということが決まったわけじゃない!!

 まだだ!!


 うおおお!!

 欲望を全開にし、俺たちは、走った!!

 男と女しかいねえ!! まあ、どこ行ってもそうなんだけども……。


「すげえ。男と女しかいねえぞ」

「あのな。繭村。それは世界どこ行ってもそうだぞ」

「そんなことはわかっている!! こりゃあ、暴れるしかねえぜ!!」

「待て。お前は美優ちゃんに今のこの姿を見せられるか?」


 と、言われてもな……。

 ちょっと、何て言うか? 楽しんじゃってるみたいな?


「いいじゃないか。彼女は来ないし、入れない」

「ふっ。まあ、付き合ってるわけじゃないしな!」

「そうだよ!! 付き合ってるわけじゃないなら!! とっかえひっかえの選び放題だぜ!!!! フォーウ!!」


 こんな男でいいのか……?

 いいのさ!! ははは!! これが、俺、俺イズ俺!!

 フォーウ!!


 走り出して、すぐに気づいた。


「待て、アレックス。俺たちには金がない」

「今、気づいたのか。ただ楽しむだけだな」

「だが、そういうこともあろうかと、ボスの遺品を持ってきた」

「ま、まさか、お前!!」

「ああ。そのまさかさ!! これを売って、金にする!!」

「な、何だと!?」

「ああ。それで、俺は資金を手にして、街へ繰り出す!! それから、いちゃこらするんだ――――!!」

「はあ……美優ちゃんが見たら、悲しむだろうな……」


 あはは!! あはははは!!

 俺は全神経を目にやって、歩いた。

 あっちにもこっちにも、女性がいる!! それが、お色気の街――ヨシワラ!!


「あそこに決めた!!」

「じゃあ、俺らは違う店に行くから、あとで合流な」

「おう!!」


 そして、店の中に入る。

 ドキドキ……。誰が来るんだろう? ドキドキ。


「あの。初めまして。フーコって言います」


 この子はNPCなのだろうか。


「君は、NPCなの?」

「はい。先住民族です」

「そ、そうなんだ。どうしてここに?」

「それは、家がそういう家系だったから……」

「そうなんだ」


 そこで冷静になった。家柄で、人生が決まっちまうのか。

 そうなんだ……。


「嫌だったりしない?」

「そ、それは……」


 え? どうなんだ?

 これは、ちょっと聞いちゃ、まずかったかな……。


「ごめん。聞いちゃまずかったね」

「いいえ。その、こんなことを聞いてくるお客さん、少なくて――」

「そう……か。君は、NPCで、苦労したことはあるかい?」

「あ、あります……」


 あ、あるんだ。どうしたらいいのだろう……。この空気。

 俺はちょっと後ろめたくなってしまった。


「じゃあ、僕はお金を置いていく」

「え? だって、まだ――」

「君が無垢であることはわかっている。そういうこと、したことないよね?」

「困ります。お客さんに奉仕をするのがならわしだって……」

「じゃあ、付いてくる?」

「え?」

「この屋敷から出たことはあるかい?」

「ないです――けど」

「じゃあ、出よっか」

「でもそれは――! あの、私と……結婚するってことですか?」

「どういうこと?」

「この屋敷から出るということは、結婚するということにほかなりません。だから、そういうことなのかなと……」


 え? そういうことになっちゃうの? 俺、今、告ってるの!?


「あ、ああ。じゃあ、その、えっと、まあ、また来るよ」

「は、はい……」


 彼女は残念そうに、顔をうつむき、俺はそういうのを見ながら、そっと去った。

 市街区中央地に、噴水があった。そこで独り、水を飲みながら、ため息をつく。


「まずかったかな……」


 先ほどまでの、浮かれた気分はどこかに行ってしまった。

 俺ってば、馬鹿だなあ……。と、思ってしまった。

 ここにいる女の子たちは、一生、屋敷の中でそういうことをして、生活していくんだろうなあ――とぼんやりと、考えてしまった。

 すこし、かわいそうだな……とも思ってしまった。

 しかし、それが、仕事なのであり、それが各々の人生なのだ。

 俺は、このダンジョンから抜け出すということが、人生なのだ。


 まだまだ、上には上のダンジョンがある。

 それらをすべて踏破し、地上に出て、それでここへ追放した奴らにぎゃふんと言わせてやるんだ!

 そう、思っていたのに。

 そう思っていたのに、それがまるで当たり前のことじゃないように思えてしまった。


「繭村!! どうしたんだよ。店には行かなかったのか?」


 それは、俺たちの仲間の晴彦だった。


「晴彦。どうしたんだよ。もっと楽しんで来いよ」

「そういう繭村は? 女の子といちゃこらしたのか?」

「いや。なんかさ、すごくむなしくなっちゃって」

「むなしく? ははは!!」

「笑うなよ。ここで生きている人も、つまりは、女の子もいるんだよな――って」

「なるほどなあ。そこを気にしだすと、何にもできねえぜ? 俺たちだって、何でこんなことしてるのか、わからなくなる時は山ほどある。ダンジョン攻略なんてしないで、追放地で暮らすことだっていいんだ。わざわざ死を招くところへ行く必要はないんだから。でも、俺たちはダンジョン攻略をしている。それは、外の世界をもう一度見たいからなんだ。そうだろ?」

「そうだな。もう一度行ってみるよ」

「え? まあ、いいけど、楽しめよ!! 俺はもうちょっと店を回る」

「ああ」


 そして、またフーコのもとへ行った。


「いらっしゃ……えっと、お名前は……」

「繭村秋太だ。繭村と呼んでくれ」

「繭村さん……」

「フーコ。君と話したくてさ」

「そうなんですか! もっとダンジョンの話聞きたいです!!」

「うん。ダンジョンってのはな、大変なんだ。死と隣り合わせなんだ。ボスなんか、怖いぜ?」

「ボスと戦うとき、何を思ってますか?」

「そうだなあ。こいつを倒して、こいつをめっためたにして、外へ出る!! って感覚かなあ」

「へえ。外へ出る?」

「ダンジョンの外の世界があるんだ。そこで俺たち冒険者は暮らしている。攻略のために、ダンジョンへ潜っている」

「でも、どうして、ダンジョンを攻略するんですか? 何で、わざわざ命をかけてまで、ダンジョンを攻略するんですか?」

「それは、ロマンかな」

「ロマン?」

「攻略したいっていう人間の欲求だよ」

「何にもならないじゃないですか」

「そうだね」

「なのに、命をかけるんですか?」

「ああ。そうだね。命をかける。俺は少なくとも、出たいから命をかけている」

「となったら、外から攻略している人たちは?」

「そいつらは、たぶん……最下層に何があるのかを知りたいんじゃないかな」

「そうなんですか」

「でも、俺は最下層にいたけど、何にもないぜ? 馬鹿だよな、上のやつら」

「そうなんですか。行ってみたいです」

「どこに?」

「上に――」

「上――――」


 そっか。この子は、ここから出たいんだ。


「じゃあ、出よっか」

「え? 出るってどこから?」

「この屋敷から。結婚するかどうかはあとで決めるとして。とにかく出よう」

「そう簡単に決められちゃ、困るよ、お客さん」


 おばあさんが奥から出てきた。


「どういうことだよ」

「この子は決められた中で生きている。ここで生まれて、生きて、死ぬ。それが、この子の人生だ。冒険者にあれやこれと、指図される人生じゃない」

「じゃあ、結婚すればいいのか!」

「そうじゃない。商売ができないって言ってるのさ」

「そんな苦しいことがあってたまるか!!」


 行くよ――と言って、彼女を連れ出した。走って、気づけば第二百九十九層の安全圏にいた。


「はあ、はあ、はあ。来ちゃいましたね」

「見てみたいんだろ、外の世界――」

「はい。見てみたいです」


 ずっと、中にいたから――。と、彼女は言った。

 そっか。俺は――。


「あれ? 繭村さん?」


 そこには、茎枝美優が立っていた。


「どういうことですか!!」

「えっと、NPCを連れてきてしまいました」


 すごい、怒られている……。本当にやっちゃったよ、俺。


「ごめん」

「私に謝らないでください! この子どうするんですか!! 連れ出したら、結婚なんですよね? 頭くるくるパーなんですか!!??」


「そ、そうだね……くるくるパーだね……」

「す、すみません。二人に迷惑をかけてしまいました」

「フーコちゃんは、悪くないから。ああ、もう……」

「美優ちゃんは、ヨシワラには入れないから、俺が話をしてくるよ……」

「でも、そのおばあさんは何て言ってたんですか?」

「困るって言ってた」

「で! フーコちゃんは、どう思ってるの?」

「外の世界。見てみたいです」


 美優は困っているようだった。

 それはなぜか。

 店主のおばあさん的には、店にいてほしい。

 しかし、当のフーコは外の世界が見てみたいと思っている。

 簡単な矛盾だ。


「そのおばあさんと話してきてください」

「ええ。これから戻るの!?」

「そうです。普通は嫁にもらって出るんですから、ちゃんと話してきてください」

「そうだ!! 君が男になればいいんだ!」

「はあ!?」


 そして、僕らはヨシワラに戻った。

 三人で。


「これ……ばれません?」

「いや、一見すると、よくわからない感じだよ」

「そ、そうでしょうか……フーコちゃんのためなら、やりますけど……」

「すみません、私のせいで――」

「いいの。外の世界、見たいんでしょ? だったら、その意志を貫き通すの!」

「はい!!」


「で、あんたはどうして戻ってきたんだい」

「お願いします!! これを正式な家出だと、認めてください!!」


 俺は、土下座して、懇願した。


「この子は、外の世界が見たいと言ってるんです!! だから、お願いです!!」

「ふん……」


 明らかにあきれている感じだった。


「はあ。まあいいよ。条件はひとつだね」

「じょ、条件?」

「ああ。条件を吞めないのなら、だめだね」

「な、何でしょうか?」

「上のボスを倒してくれ」

「え?」


 上のボス? 上のボスってことは、第二百九十七層の最終ボスってわけか?


「なぜ、それを、倒さないといけないんですか?」

「私はこの街を作った時、夫を亡くした。上のボスにやられたんだ」

「恨みってわけですか」

「倒さないのなら、だめだ」

「いや!! 俺はもともと倒すつもりだったので、それでいいのかなって……」

「倒せたら、その子を好きにしていい」

「じゃあ、私からも条件を!」


 美優が声を上げた。


「何だね」

「ここを女人禁制から、全員入れる健全な街にしてください!!」


 沈黙が流れた。え!?

 何を言ってるの、美優ちゃん!!???


「面白いことを言うね、あんた」


 そうだねえ、とおばあさんは言った。


「いいよ。ボスを倒せたら、そうしよう」

「そうすれば、別に、この子を何しても結婚とかしなくていいってことですよね!」

「まあ、そうなるわな」

「じゃあ、行きます!!」


「と、いうわけなんだ」


 アレックスたちと合流して、ことの顛末を話した。


「まあ、倒す倒さないでいえば、倒すからな。特に、俺たちのやることは変わらない」


 その日は興奮で寝れなかった……。


あとがき


どうも。

今回は、ヨシワラの話でしたね。


よくテーマになる話かと思います。

ボスを倒せば、フーコを自由にできるようになった繭村たち。


最初は楽しんでいたものの、NPCの気持ちがわかるようになってきたということですね。


次回は第二百九十七層のフロアボスが登場です!!


ぜひ、明日の更新をおたのしみに!!

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