第4話「倒せない~カレーを添えて~」
第四話「倒せない~カレーを添えて~」
第二百九十九層は、ウォーレンという街だった。
そこには、また違ったNPCがいて、活気に沸いていた。
俺たちは、レンダが生きているということを知ったため、ボス部屋に行ってみようということになった。そこで何もなければ、レンダはまだ二百九十九層にいる可能性が非常に高いからだ。
「それにしても、武器を手に入れたら、すぐ出たって、どういうことだろう?」
「あの蛇型のボスへ再挑戦して、三百層に戻るとしたら、俺が倒したから、戻ってくるはずだけどな」
そうなのだ。俺がボスを倒したことによって、戻ることはかなり容易なはずである。
だが、戻ってきていないところを見ると、上へ行ったのかもしれない――と考えた。
上のほうがボスとしては弱いはずだからである。
でも、上にわざわざ行く理由は?
百二十層まで、一人で倒しまくるつもりなのか?
皆目わからず、俺たちはとりあえず、二百九十九層の安全圏まで歩いた。
「レンダは何がしたいんだろうか。戻ってこない理由は何だ?」
「そんなの、レンダにしかわからないよ」
アレックスが俺を諫めるように言った。
「ボス部屋が手つかずなら、どっちかにはいるってことだろ」
「そりゃあ、そうだけど……」
安全圏の階段を登っていくと、何もなかった。
つまり、手つかずの状態だった。
「レンダは来ていない――ということか?」
「まだ、わからないぜ。中にいるかも」
ギギギ……。ボス部屋をゆっくりと押し開ける。
そこには、ボスが鎮座していた。
今度のボスは相撲取りのようにでかく、棍棒を持っていた。
「あれが第二百九十八層の、ボス……」
「動かないけど、動くのか?」
アレックスが小声で言った。
茎枝美優――美優も、ごくりと唾を飲んだ。
俺は、そっと踏み入れる。
途端、ボスの目が赤く光を放った。入った判定になっているのだ。
ズン! こっちに吸い寄せるように、迫ってきた。
俺たちは衝撃波で吹っ飛ぶ。
「うああ!」
「大丈夫か!!」
「ああ。俺たちは何とか……」
ただの威嚇のようだった。
俺は、あの二百九十九層のボスを倒している――。つまり、こいつだって、倒せるはずだ。
銃を構える。既に銃弾は装填済みである。
パパパ!!
細かい銃弾がボスの体に穴をあける。
「ど、どうだ!?」
しかし、ボスは体をさすった程度で、何も効いてはいないようだった。
「マジかよ……」
やはり銃というのが、いけないのだろうか。
俺が二百九十九層のボス――蛇型のボスを倒した時も、別に俺の銃で倒したわけじゃない。
確か、レンダの落とした剣だったはずだ。
剣のほうが、いいのかもしれない。
「なら、そっちに切り替えるまで!!」
剣を引き抜いた。
そして、その輝きを辺りにちらつかせながら、一気に飛び込む。
「はあっ!!」
間合いを詰め、ボスの体に、メリメリと切っ先を食い込ませていく。
ズチチチ……。ブシャア!!
そこらが、ボスの体液でびしゃびしゃになる。
ボスはうめき声をあげながら、こちらに棍棒を振り下ろした。
ボン!!
俺は、もろにそれをくらって、吹っ飛ぶ。
「くああっ!!」
「大丈夫か! 繭村!!」
体が、二回三回と転がり、ボス部屋の壁にぶつかって静止する。
ゆっくりと痛む体を起こして、戦う姿勢を立て直す。
俺は剣を構えた。
そう。レンダの剣を――。
「まだまだ!!」
俺は、そう叫んで、ボスに近寄り、剣を放った――が。
それは、空振りに終わり、ボスの棍棒で、第二百九十九層への階段へ飛ばされ、階段を派手に転げ落ちていった。
もう体はボロボロで、立ち上がると、一気に脱力し、また地面に倒れた。
そして、気を失った。
目覚めたころには、そこはウォーレンの街の宿屋のベッドの上だった。
「美優。みんなはどうなった?」
「大丈夫です。みんな、無事です。ただ、ボスは強すぎて倒せませんでした」
「そうか……ならいい」
第二百九十九層の蛇型のボスよりも強いということになる。
どういうことだ?
だって、ボスって、第一層から第三百層にかけて、層の値が上がるごとに、ボスの難易度も上がるはずだ。それが、ダンジョンというものなのだ。
つまり、蛇型のボスを倒せた俺と、仲間がいれば、余裕のはず。
倒せれば、どんどん帰納法的に倒せて、ドミノ倒しに百二十層の最大攻略エリアに到達できるはずなのだ。
だが、なぜ――?
なぜに、倒せない? そりゃあ、ボスは強い。しかし、それよりも強いやつを倒しているというのに……。
解せなかったが、そういうことななのだろう。「たまたま」倒せただけなのだ。
「あの感じだと、強すぎる巨人のモンスターに一撃もくらわずに第二百九十八層へレンダが行ったとは、考えにくいな」
「そうですね。すぐに間合いを詰めてくるところ、強さ、ボス部屋の構造上、通り抜けるのは、難しいと思います」
「じゃあ、この二つの層のどこかにレンダがいるってわけだ」
簡単に考えれば、そうなる。しかし、まったくゼロの確率で、通り抜けられないわけじゃない。
レンダの実力によるが、もしかしたら、通り抜けている可能性もなくはないのだ。
「明日、もう一回ボス部屋を偵察しよう。それで、レンダは上に行ってないとほぼ断言できたら、帰ってくるのを待つしかない。脅威はそこらへんのモンスターくらいだからだ」
「そうですね。もし、あのボスを通り抜けできるだけの実力なら、スイスイ百二十層まで行きそうですけどね」
「だと、いいんだけど」
俺は、頭に乗っていたおしぼりをどかして、立ち上がった。
「さて。武器のメンテナンスをしておくか」
銃を手入れして、剣を砥石で磨いた。
銃は使えないのだろうか。リーチが取れるというわけだから、まったくもって、無用の長物になるとは考えにくい。
しかし、あの相撲取りのような巨人のボスには、対抗しにくいだろう。
剣で戦ったほうがいいのかもしれない。
それは思った。少しだけだが、ダメージも相手に入っていた気がする。
剣のほうが斬りつけられさえすれば、ダメージは蓄積する。
次からは剣で戦おう。
この、レンダの剣で。
それから、次の日にまたボス部屋にやってきた。
「よし。今回は倒すことは考えない。通り抜けが可能かを見る」
「ああ。行こうぜ、繭村」
俺たちは、ボス部屋の扉をそっと開ける。
また、その巨人は、中央に鎮座していた。
足を踏み入れた瞬間、目が赤く光り、ちらつかせた。
スッ。
ボスが一気にこちらへ来た。
無理だ!! これは、通り抜けなんてできない!
戦いを余儀なくされる仕様だ!
「引くぞ!! みんな、安全圏に戻れ!!」
「おう!!」
安全圏の階段で、肩を上下させ、呼吸を整えた。
「あれじゃあ、通り抜けはできない。到底、レンダが行ったとは、考えられない」
「じゃあ、今日はカレーにしましょう!」
「カレー?」
提案をした、美優に尋ねる。
「はい。最近暗いことばっかりでしたから、どうかなと思いまして」
「うん。それに、思った」
「え?」
「レンダが負けた跡さえなかった。人の気配すらなかった。つまり、レンダはどこかで生きている」
「はい。私もそう思います」
「なら、待とう。いつまでも。そして、百二十層まで攻略すれば、二度と会えないわけじゃない」
「はい。そう思います!」
「今日はカレーだ。羽を伸ばそう」
「はい!」
ウォーレンの街で、巨大な鍋を購入し、具材を一口大に切って、くつくつと煮た。
「カレーのルーって、売ってないんですかね?」
美優が、地上では当たり前に売っているルーのことを口にした。
「さすがに、売ってないか……。調味料でそれっぽくすることはできるかな」
「もっと早く気づくべきでしたね。もう煮だしてしまいました」
「ちょっと見てくる」
「はい」
俺は、ウォーレンの街一番のスーパーに行ってみた。
「あの……。カレーのルーって売ってますでしょうか?」
これで伝わるのか?
店員は、頷いて、探してきてくれた。
「ありますよ。ウォーレン特製のルーです」
おお! あった!
「ありがとうございます。いくらですか?」
「三千円です」
高い!!
その高級なルーを持って帰って、美優に渡した。
「あ。おかえりなさい。あったんですね! いくらでしたか?」
「さ、三千円……」
「高っ!! そんなにするんですか。マジですか……」
「でもまあ、カレーのルーがあるだけでいいよ。一生地上のご飯が食べられないわけじゃないってことが、知れてよかったよ」
「まあ、そうですね。ありがたく、使わせていただきます」
そして、酒をちびちびと飲みながら、完成を待った。
「できました!! ウォーレンカレーです!!」
「おお!! すげえ、いい匂い!!」
いただきます、と言って、ハフハフしながら食べた。
やば……超美味いんだが!
すげえ、沁みる……。
これだよ、これ! これを欲しかったんだよ!!
「美味すぎる……。カレーがあるなんて!」
その時、NPCがやってきて言った。
「カレーはウォーレンの街だけなんだ。だから、高いんだよ」
「へえ。そうだったんですか。それであんなに……。こりゃあ、カレーを食べにウォーレンに来ないといけませんね」
「元々は、ダンジョン攻略があと少しで終わるっていうのを記念してカレーを振舞おうというならわしから、カレーがここだけあるようになったんだ。だが、何年経っても、ダンジョンは攻略されない。段々と希少価値も高くなって、値上げして、あれさ。でも、枯渇しているわけじゃない。蓄えは潤沢にあって、スパイスの栽培も頻繁になされているんだ」
NPCの歴史の説明を聞いた。それで、カレー文化がここに。
そう思うと、余計に美味しく感じられた。
「ごちそうさまでした!」
「ありがとな、美優」
「いえ。私は料理をしただけですから。しかも、勝手に」
「いいや。ここにはむさい男しかいない。料理なんてできないやつらばっかりだ」
「あはは。そうかもですね!」
少し、みんなの元気は、取り戻せたのかもしれない。
レンダに関しては、これ以上深堀りせず、帰りを待とうということになった。
「明日、ルロイドの街に荷物を取りに行きたい」
アレックスが夜中に俺の部屋を訪れて、そう言った。
ルロイドの街を拠点にしていたから、そこに大体の荷物は置いてきっぱなしなのだ。
「そうだな。ルロイドのNPCにも、礼を言いたいし、明日の九時に、泉前で集合な」
「ああ!」
それから、次の日、ウォーレンの街の入口にある泉の広場前に全員が集合した。
「じゃあ、これから、ルロイドの街へ戻る!!」
ボス部屋をゆっくりと開けた。
何もいないということがわかっていながら、少し怖くなる。
「あの時の緊張感を無駄に思い出すんだよな……」
「しかし、あのボスを一人で倒しちゃうってのが、ぶっ飛んでるけどな」
「まあ、怒りが強かったかな」
「そうか」
ボス部屋はやけに静かで、何の痕跡もなく、ただ、あるだけだった。
俺たちはすぐに、下層のエリアへ降り、ルロイドの街へすぐに到着した。
「おかえり。心配したよ」
NPCの一人がそう言った。
「ああ。すまねえ。上の層でいろいろやってたんだ。それで、これからは、たまにしか帰れないと思う」
俺が、その顔なじみのNPCに言った。
「攻略をしていくんだね」
「はい。そうです。これからもっと、ボスを倒して、上へ攻略していきます」
「ボスはどんな感じだった?」
「巨人でした。相撲取りみたいな」
「うん。幸運を、武運を祈るよ」
「ありがとうございます。また、来ますので。絶対に」
「いつでも、待ってるよ」
それから、荷物をまとめ、ルロイドの街を離れた。
ウォーレンの街の宿屋をまるまる借りて、そこを拠点とすることにした。
こうやって、拠点を少しずつ、上にしていくのだ。
そうすれば、自動的に下の層には、行かなくなってしまうかもしれない。
さっきのは、あくまで口約束で、社交辞令のようなものだった。
だが、本心から言っていることで、別に嘘じゃない。
戻りたい気持ちもある。いろいろ、恩があるからだ。
「で、これからどうする?」
アレックスが地図を広げながら、俺に問うた。
「うん。そうだな……。ボスを倒すことを考えよう。俺たちは、ボスを倒すことができないかもしれないと、どこかで思っていた。しかし、倒せることがわかった。つまり、俺たちのやることはひとつ――」
「ボスを倒し、攻略すること」
「そうだ。そうして、地上に戻る。それが目標だ。いつになるかはわからない。しかし、何もしないわけじゃない。ちゃんと、ボスを倒し、最後までやって、ここに送りつけてきたやろうを、全員ぶっ叩く!! そんで、旅行でもしてやる!!」
「ああ。鼻をポキポキ折ってやろうぜ!!」
しかし、それから一週間。何度もボスに対抗したが、倒せなかった。
あとがき
どうも。
今回もお読みくださり、まことにありがとうございます。
今回は、フロアボスが強すぎて倒せない、また、レンダは生きているはずだと、認識する回でした。
ギャグを入れる――とか、言っておきながら、まったく出てきませんでしたね。笑
ただ、ここから平和とシリアスをまじえながら、物語がどんどん進んでいきます。
はたして、ボスを倒すことはできるのか?
前のボスは怒りに身を任せて、倒せたようなもの。
だから、今回、だいぶ苦戦しているのだと思います。
どうなるか、乞うご期待!!
ではでは、また次回に。
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