第3話「哀しみの剣尖」
第三話「哀しみの剣尖」
「くそ! どうして俺は、この可能性を考えられなかったんだ!!」
走りながらその考えだけが頭の中をぐるぐる回っていた。
安全圏を通り抜け、ボス部屋に入る。
ボスは限りなく部屋を縦断し、高速で近づいてきた。
「ちくしょう!! へあっ!」
短剣を抜き、ボスの攻撃をかわす。薙ぎ払った短剣には、鱗が数枚くっついて落ちない。
俺は、銃を構えた。
「これはもう少し練習してからやりたかったんだがな!」
銃口を向ける。ポインターが部屋を迷う。
ボスの脳天をとらえた瞬間、火を噴く。
ドスン。
音が鈍く響いたかと思うと、銃口が熱くなり、赤く変色をする。
ボスはのたうち回り、痛みを露わにする。
俺は、また次の弾丸を撃とうと試みた。
しかし、ボスは怒り狂い、尻尾を辺りに叩きつけまくる。
そこをまた追い打ちをかけるように、弾丸を二、三発放つ。
パン! チュン!
という、細い音がしたかと思うと、ボスに少しだけ当たった。
「よし。このまま行くぞ!!」
勝てる可能性は低い。ソロでこれを倒せるわけがない。
だから、ここは、彼を救うだけ、それだけを思って、やるんだ!
パン! チュン!
細く、高い音がまた鳴る。
銃口は赤く、煙を噴いている。
「このくそやろおおおお!!」
短剣を相手の目に刺した。
「クギュルアアアア!!」
奇々怪々な音をこだまさせながら、ボスは奥へと消えていった。
短剣は失ったが、銃はある。そうだ。
彼はどこだ?
レンダは一体どこにいる?
「レンダ!! どこだ!! 俺だ、繭村だ!!」
誰の声も聞こえない。
くそっ!!
「レンダ!!」
八条レンダの声は遂に聞こえることはなかった。
何だ。あれ。
「こ、れ……」
これは、レンダの剣だ。
血まみれの剣がそこに落ちていた。
それはつまり、レンダの――。
レンダの死を、表していた。
「このやろぉおお! 出て来いよ!! ぶっ殺してやる!!」
俺は、あの日の、初めてルロイドの街の扉が開き、何にも持ってなかった俺を生かせてくれたレンダの顔を、思い出していた。
「レンダ。嘘だろ……」
くそ。
レンダの剣を持ち上げ、どろっと垂れる血を見つめた。
レンダ。レンダの血なのか。それとも、ボスの血なのか。
もはや、それすらもわからなかった。
俺は、何もすることができなかった。ただ、友人ができたと思ったら、すぐ失ってしまった――そういうことしか、残っていなかった。
「出て来いよ! お前の脳天ぶち抜いてやるぜ!」
銃を連射した。どこかに隠れているはずだ。
この部屋のどこかに。
カラン。
何かが落ちる音が聞こえた。
それは、あの短剣。俺の、短剣だった。
そこか――!
パンパン!! チュン!!
銃を撃ち放つ――。
それは鈍い音とともに、ボスに当たり、ボスはまた、鳴き声をあげた。
「クギュルルアアアア!!」
死んでしまえ!! お前は俺が! 殺す!
うあああああ!!
哀しみの剣尖が、肉を断ち、そこからあふれる血を滑らせ、汚く散った。
「はあ、はあ、はあ。たお……し、た?」
そして、ボス部屋は明るくなった。
倒せたんだ!!
俺が、ボスを倒した……?
困惑と、喜びが入り混じり、俺は手に持っていた汚い短剣を、からん、と落とした。
「くそ……レンダ。すまない――」
レンダが帰ってこないのは、事実だ。俺がすぐに来なかったから。
レンダは、死んでしまったのだろうか。
俺は、そこであまりしたくないことを思いついた。
そこに倒れている第二百九十九層のボス。蛇型のボス。
「これの腹を割けば――」
そう。このボスの死体を割けば、中から出るかもしれないし、出ないかもしれない。
「う、うえ……」
その場で想像したら、吐いてしまった。
吐しゃ物を眺めながら、ボスの腹を蹴る。
「はあ、はあ、はあ……。何だよ、こいつ。弱いじゃん」
ははは……。はあ……。
倒せたというのに、なぜか、気持ち悪さのほうが勝っていた。
こいつのせいで。だが、まだ現実味がない。
俺はゆっくりと、短剣を差し込み、腹を割いた。
ズズズ……ギチチ……。
鱗がこびりついて、気持ちが悪い。
何だこれ。
俺は噴き出る体液を抑えるため、撃ち放ち、その熱く震えるバレルをじゅう、とボスの死体に焼きつけた。
それで、体液は出なくなり、代わりにはらわたが出てきた。
ここで、レンダが入ってなければ……。
そこには何もなかった。びっくりするくらい何もなかった。
ボスは食事をしない。
だから、何もなかったのだ。
じゃあ、あの剣は……?
地面に無造作に置かれている血まみれの剣を遠くに見やる。
それは、明らかにレンダの……いや、違うんじゃないか?
この感じ。何か、違う。
そうだ。これは、ボスの体液だ。
レンダは……生きている!!
それだけでも嬉しかった。
しかし、一体、どこに行ったというのだろう?
第三百層に向かったのか。
それとも――。
第二百九十九層のどこかに……。
俺は、三百層にいると見切りをつけた。
ルロイドの街に戻ると、みんなが待っていた。
「レンダはどうなった……?」
「生きている。だが、どこにいるかがわからない」
「それなら、もうすぐ帰ってくるかも」
「ああ。待とう」
だが、待っても、待っても、レンダは現れなかった。
三百層のどこかにいるのなら、道はわかるはずだ。
だが……。来ないということは、つまり。
「レンダ。どこに行っちまったんだ」
俺が、そう独り言ち、夕闇は辺りを包み込み、一気に夜へと変貌した。
「とにかく、ボスを倒せたことを、お祝いしよう」
アレックスがそう言うと、皆、どこか悲壮感を漂わせながら、のろのろと立ち上がり、無言のまま、宿屋のほうへ向かった。
祝杯はあげられたものの、誰も手放しで喜べなかった。
仲間の消失。
それを頭のどこかで、ずっと考えてしまっているのだった。
レンダは生きている。だが、どこに行ったかが、わからない。
あのボスを倒せたのも、レンダが、命がけで敵の体力を奪ったからだ。
しかし、今、レンダが持っているとしたら、サブの短剣のみ。
生きている可能性は低いと思っていい。
「明日。第二百九十九層の探索を開始する。そこの街に、いるかもしれない」
そう。このダンジョンは各層に街があり、先住民が住んでいる。
これは、昔、地上にあった時に、移り住んだと、レンダから教わった。
ちくしょう。もっと早く行っていれば。
悔やんでも、悔やんでも、仕方がない。
もう、時は大幅に過ぎてしまっている。
「アレックス。あの剣は、取っておいてくれ」
「レンダの……か?」
「ああ。そうだ。それから、明日は、少ないチームで、攻略をしよう」
「わかった。街に行けばきっといるさ」
「だといいが……」
それから、眠れず、うなされ、水を大量に飲んだ。
「ぅっ。はあ、はあ、はあ……。喜ぶことなのに、喜べない。俺は、地上へ行けるだけの力があると、理解しているのに、絶望しか考えられない」
一人、そんなことを延々と呟き続けるのだった。
コンコン。
誰かが、扉をノックする音が聞こえた。
「いいですか?」
それは、茎枝美優のものだった。
「ああ。入れ」
「あの。私のせいで、レンダさんが――」
俺はその言葉に対して、かぶりを振った。
「いいや、違うさ。そうじゃない。君のせいじゃない」
「でも」
「そんなことは考えるな。レンダが一人でやったことだ。仲間を救うために」
元はといえば、俺が外の景色をもう一度見たいと思ったからだ。
ずっと、永久に第三百層のルロイドの街で、暮らしていればよかったのだ。
ずっと、談笑を交えながら、乾杯をし、そして――。
そして、笑顔で、暮らし、寝る。
それで、よかったのだ。
「明日、捜索をする。第三百層の敵より弱いはずだ。そう簡単にはやられない。それに、ボスよりは確実に……」
その時、ポロポロと、彼女は泣いてしまった。
「仕方のないことだ。きっと生きている。そう、考えていくしかない」
大丈夫だ――と、言い聞かせた。
彼女はずっと泣いていた。きっと、自責の念にとらわれてしまっているのだろう。
俺ができるのは、きっと、彼女の涙が枯れるまで、こうしていることだ。
「ごめんなさい」
「大丈夫だ。安心しろ。レンダはきっと、生きて……」
きっと生きて――いるとは、言えなかった。
言い切ることができてなかった。
そして、彼女は一晩中泣いていた。
「もう、いいかな。泣いたなあ、随分」
そう言うことしかできなかった。
「すみません……泣きすぎてしまいました。私は自分のことしか、考えていませんでした。私も、付いていきます、明日」
「え?」
「私も連れていってください。第二百九十九層の攻略」
「わかった」
俺はあっさり言った。
彼女は本気でそう言ったということだ。
それを受け止めることが、俺の贖罪だ。
そして、彼女は横のベッドで疲れたようにぐっすりと寝てしまった。
「俺も疲れた……。倒せたんだよな、俺……」
「大丈夫ですよ……むにゃむにゃ」
寝言か。よかった。
気づけば、朝になっていた。
俺はシャワーを浴びて、首をポキポキと鳴らした。
「朝……なんですね」
「そうだね。君はシャワー浴びないのか?」
「浴びます」
彼女が入っている間、短剣を磨いていた。
「これで、大丈夫なのか」
「上がりました」
「早いなっ!」
「え? そうですか?」
そして、俺たちは広場に集合した。
「今日は、第二百九十九層の攻略をしようと思う。モンスターは基本スルーだ。街を見つける。この一点のみ」
「おう。バラバラか? それとも、一緒に?」
「一緒だ。この前は、バラバラになったことがレンダが一人になってしまった原因だった。だから、今回は一緒に行動する」
「わかった。一緒に行動しよう。で、次のボスはどうする……?」
「次のボスは、倒さない。だが、倒されているかを見る」
「つまり、レンダが上の層に行っているかどうかを見るため、参考にするってわけだな」
レンダが上の層に行くには、少なくとも、武器を手に入れないといけない。
街に来てなくて、特にボスに何もなければ、例えば足跡とかもなければ、少なくとも、二百九十九層にいるということだ。
参考にしかならないが。
「よし、行くぞ」
安全圏まで、かなりスムーズに進んだ。
みんな、慣れていた。階段を一歩ずつ、軽やかに登っていく。
扉を開けて、ボス部屋に入る。死体は蒸発して消えていた。
「レンダの剣はここに落ちていた」
かすれた血の跡があった。
「本当にボスがいない」
「何だよ、俺が嘘ついたって思ってたのか?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ。本当に出れる希望が見えてきたっていうか」
「アレックスは出たかったんだな」
「そりゃあ、そうだ。出たいものは出たい。飛行機に乗りたい。電車に乗りたい」
「はは。俺もだよ。旅行に行きたい。大阪あたりで、お好み焼き食べたいぜ」
「大阪はお好み焼きだけじゃないぜ」
「そんなの、例えば、の話だ」
「そうだな」
いくらでも妄想はできる。無限に喋れるくらいに。
「辛気臭くなってしまったから、そろそろ、ボス部屋を出よう」
ギギ……とゆっくりと開ける。
「二百九十九層の名前は……ウォーレン」
「これ、第百二十一層まで覚えきれないな」
「一個ずつ覚えて、一個ずつ忘れていけばいいんだよ」
「確かに。そうしないと、ぜってえ、こんがらがる」
「でも、三百層のママには、世話になってるから、モンスターがリポップしない程度に、駆逐したら、上に連れていきたいな」
「きっと嫌がるぞ」
アレックスは笑い飛ばして、ごくりと唾を飲んだ。
「ここから新エリアだ。気合い入れていくぞ!」
「おう!!」
そう。第三百層よりは弱いとはいえ、三百層の敵とは、あまり戦闘はしてこなかった。
俺くらいしか、戦闘感は得られていないだろう。
「街がどこにあるかは、フロアマップが重要だ」
俺が第三百層でやっていた方法を言った。
さすがに、地面には書かなかったけれども。
「紙に大体の道筋を描いて、攻略していく。ブラックゾーンである場所が――」
「安全地帯というわけだな」
「そうだ」
それから、全員で動き回って紙に描きまくった。
「街のある場所がわかった。行くぞ」
街にようやくたどり着いた。
「あんたらは、冒険者かい。もう、ボスがここまで倒せたんか」
NPCがそう言った。
いや違う――と首を振った。
「そうか。じゃあ、下から来たのか」
「そうだ。他の冒険者来てないか?」
「え? ああ、一人来たかな」
「な、何!? 来たのか!!」
NPCの肩を掴んだ。それを揺らし、喜びが増す。
「その人は、どこに行った!! ここにいるのか!?」
「そいつは、もう武器をこしらえて、去ったよ」
「へ?」
「たぶんもう、上に行っちゃうんじゃないか」
「は、はあ!?」
「だからもう、いないよ。でも、随分と強そうだったなあ」
「何て、名前だ? 何て言ってた?」
「じょう的な……」
「八条か!!」
「ああ、それそれ」
「生きている。しかも、この街にも!」
だが、レンダはどこに行ったのだろう?
上へ行ったのか?
それは、どうして……。
俺は、喜びと困惑とで、ぐちゃぐちゃになっていた。
あとがき
どうも。
今回もお読みくださり、まことにありがとうございます。
今回は、ボスを倒すシーンからスタートしました。
結構、熱が入ってしまいました。笑
どうだったでしょうか!?!?
結構見切り発車で書いているので、少し急いている感覚はあります。
しかし、ここからようやっとギャグ展開へ行けます!!
今までは割とシリアスでした。
ギャグをタグに入れているのに、ギャグ要素ないじゃん!!
という人も多かったと思います。
次回から、ペースはゆっくりになります。
なぜなら、主人公の繭村の成長があったからです。
彼には自信がついたことでしょう。ボスを倒したことで。
ではでは。
でも、シリアス雰囲気は続きます。
ただ、ギャグ要素というか、笑えるところをできるだけ、自然に書いていきたいと思います。
またぜひ、お読みください。
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